文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信 No.408

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2020年(令和2年)10月20日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.408

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
9/29 10/6 10/13 10/20 10/27 11/10 11/17 11/24 12/1 12/8 12/15 1/12 1/19 1/26   
観察と創作

2020年読書と創作の旅

10・20下原ゼミ

10・6ゼミ報告  対面8名、zoom2名、10人参加

 10月13日(火)ゼミは、対面8人、ズーム2人でした。この日の配布資料は、以下のコピーでした。1.テキスト「にんじん」2.提出課題「4日間家族観察の感想」。
この日、対面とズーム参加者は以下10名の皆さんです。(順不同 敬称略)

鎌田泉  藤井智也  又野沙耶   野島至  篠崎真桃  小原遥夏

研菜々美 正村真一朗  zoom 参加は長内優紀、宇佐見花那  

ゼミ雑誌について

・編集委員、小原遥夏さん、正村真一朗さんからの報告とゼミ誌制作方針

・原稿収集 → 順調 ほぼ全員提出済み。来週から赤入れ見通し。

・制作方針 → 目次について 年代順か内容か 挙手4-5で年代順が有利だが…

・表紙 → 構想中、来週にも

・印刷所は、まだ。

・ゼミ雑誌制作計画書(編集委員) → 出版編集室(事務室)に提出
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
社会観察 いま児童書が人気 10/16(金)NHK番組「ネタドリ」 

長引くコロナ禍、どんな本が読まれているのか。テレビで、そんな番組があった。子供ものから一般書まで、書店での売れ筋は、意外や意外、児童書だとのこと。絵本がよく読まれているらしい。自粛、巣もごりが関係あるのだろうか。
一番人気は、ミヒャエル・エンデの『モモ』だという。時間を泥棒される。その出来事が、楽しい思い出を奪うコロナと似ているのかも。
※ミヒャエル・エンデ(1929-1995)『モモ』(1973年、初版発行)
児童書人気と関連あるかどうかは知らないけれど、いま『鬼滅の刃』という漫画本が爆発的に売れているという。映画もあってこの土日、映画館は満員だったとニュースで報じていた。

テレビ観戦 第97回箱根駅伝予選 日大、まさかの落選

17日、立川市の陸上自衛隊駐屯地内で箱根駅伝予選会が行われ46大学が参加した。今年シード落ちした日大も再起をはかったが18位とふるわなかった。今年まで89回の出場を誇ったが今後は第100回大会を目指して0からの出直しに期待したい。

追記10・6ゼミ報告 宇佐見花那 (『范の犯罪』判決 「前期大学生活感想」)

『范の犯罪』判決

〈有罪〉、故意であれ事故であれ、量刑の程度に差こそあれど過失致死ないし殺人の罪に問われると思いました。

前期の大学生活の感想 

あっという間だったように思います。
家が遠方のため通学時間がないことで余裕ができるかと思いきや、普段通りにあるバイトや昨年より多い課題で、自分で管理しなければならない時間が多く大変でした。

※10・6裁判は、全員が「有罪で実刑」、控訴はありませんでしたので裁判は閉廷とします。

追記10・13ゼミ報告 コロナ禍に寄せて(対面で8名が輪読 オンライン参加)

長い自粛生活、人間観察といった観点からは、しっかりできたのではないでしょうか。家族といえども個々です。様々な面があると思います。にんじん一家は、どんな性格の人たちの集まりでしょう。
ジュール・ルナールの『にんじん』をテキストにしました。普通家族にみえるこの家庭に問題点はあるのか。はじめに「めんどり」「しゃこ」「犬」「いやな夢」の場面を観察した。

ルピック家の家族観察

ルピック家 →  郊外の一戸建て、畑もある 暮らしは中流上、5人家族。
ルピック氏 → お父さん セールスマン、亭主関白
ルピック夫人 → お母さん 口やかましい
フェリックス → お兄さん 中学3年生ぐらい 性格 長男の甚六 
エルネスチーヌ → お姉さん 中学2年生ぐらい 性格 調子いい
にんじん → 主人公、小学校4~5年 性格 わんぱく坊主
オノリーヌ → 家政婦(67)
ピムラ → 犬の名前
家畜 → ニワトリ、うさぎ

参加者(対面・zoom)の見方は以下の通り

□篠崎真桃 zoom

家族の観察 感想

「めんどり」
家政婦が鳥小屋の戸を閉め忘れたことにより、一番下のにんじんが閉めに行くことになったが、小学生の子供が怖がっていることを無理やりやらせるのはおかしい。途中まで誰かがついていくか見ていてあげるべきだ。姉が一緒にいてくれたのはほんの少しだけで、結局一人にさせていて、扱いがひどい。またにんじんに対して「もう大きいのだから」などと言っているが、それなら、上の兄弟の方が大きい。そして戸を閉めてきたのにお礼の一言もない。おかしい。

「しゃこ」
残酷な仕事をやらされているが、「情け知らず」や「楽しんでやっている」など言われていてかわいそうだ。すきでこの仕事をしているわけではないのに。でも、本当に悲しさなどの感情がないように読み取れる部分もあって、不思議に思った。

「犬」
犬を殴ったり蹴ったりしていて、ひどいと思った。にんじんは命令される前に様子をうかがいに行ったが、それは行ったふりで、ここで親への反抗が読み取れた。性格が変わってきているのかなと思った。

「いやな夢」
小学生なのにいびきをかくのが不思議だった。もしかして父親がかいているのではないか。それにイラついて夫人がにんじんのお尻をつねっている。もし本当ににんじん本人がいびきをかいていても、つねるのはよくない。そして父親もその虐待行為に気づいているが、面倒だから分かっていないふりをしているのではないかと思った。

□研 菜々美 
 
「めんどり」
めんどうな事を末っ子に押しつけるというのは現代でもまあまあある事だとは思うが、それにしても家族が皆にんじんに無関心というか、つめたすぎる印象を受けた。

「しゃこ」(やまうずら)

にんじんは責任感が強いのか、「他人の役に立たないと家族でいられない」という強迫観念にしばられていると思う。そしてそれを利用するだけして感謝しないどころか嘲笑する家族という構図。

「犬」
短気というひと言で片づけるには行きすぎだと思う。しかし、すぐ怒り面倒を子どもに押しつける親の姿をみて育ったら子供もおのずとそうなってしまうものなのかもしれない。

「いやな夢」
  
現代で言う「ネグレクト」「虐待」に相当する行為だと思う。にんじんから家族への親しみは感じるが家族からにんじんへの愛は一切伝わってこない。全体的に家族というよりは契約関係とでも言うような義務感や一定の距離感を感じた。子どもを産んだのは両親なのだから、しかるべき教育をし、愛をもって接するべきだし、犬を飼うと決めた以上責任をもって命を対等に扱うべきである。
にんじんの性格は、「わんぱく坊主」と説明されていたが、作中で、彼に年相応のむじゃきさや子供らしさを感じる場面がなかったのも、この家族に違和感をもった理由のひとつかもしれない。

□野島 至   何か変だ。

「めんどり」
特に異常はない。普通の家族。
「しゃこ」
しゃこの扱いも親や環境によるもので、多少違和感はあるが、許容範囲である。

「犬」
犬がうるさいことにたいして過剰なしつけではあるが、その時代や環境によるものかも、完全な黒でないグレー。

「いやな夢」
子供に痕が残る暴力。虐待、ダメ絶対アウト。

□正村真一朗 何か変だ。

「めんどり」
ここまでは普通かもしれない。好ましいことではないが、「にんじん」も「ルピック家」の他の人間も、これで成立している。決して珍しくは、ないように思う。健全ではないにせよ。

「しゃこ」
ここから異様になってくる。「にんじん」がこのような子供に育ってしまったのは、明らかにルピック家のせいだろう。にんじんの承認欲求を感じる。少しかわいそうでもある。

「犬」
こんどは、にんじんを養護できない。ルピック家が短気で残忍であることが、疑いようもなくなってしまった。

「いやな夢」
翻ってこちらはにんじんが受けている扱いは明らかに虐待だろう。そうして4篇を通して読んでみるとにんじんはどこかかわいそうなところがあるけれど、にんじんを含めたルピック家の全員があまり褒められた人間ではないように感じた。

□又野沙耶

「めんどり」
容姿だけでつけたあだ名で自分の子供を呼ぶ親に違和感を感じた。にんじんが他の兄弟よりも格下として扱われているようにみえる。

「しゃこ」
子供にやらせるには、あまりに危険な行為だと思った。慈悲のなさは遺伝かもしれない。

「犬」
犬に対する暴力が理不尽。家畜と同等の扱いをしている。

「いやな夢」
行きすぎたしつけ。暴力でしか仏事を教えることができないのだろうか。

□藤井智也  何か変だ。

にんじんが迫害されているように思えた。多分、この子のなかでは、この家族が普通なのだろうが、現代を生きる僕たちには変にみえた。それは誰も自分以外のことを信用していないからなのではないか。

「しゃこ」
前の「めんどり」はにんじんが、ふびんな奴だという印象しか受けなかったが、にんじんもにんじんもある種狂った人間なのだと思った。親ゆずり、環境によるものが人間形成の場で影響されている。

「犬」
犬に向かって「夢をみたんだ」というのが特に「印象的」。なぜその言葉を選んだのかが気になった。

「いやな夢」
前のにんじんの言葉に裏付けができたと思った。やっぱりにんじんの狂ったところは環境によるものが大きい。

□鎌田 泉

「めんどり」
家族の中で差がうまれているところがおかしい。年下だからではなく皆でサポートしあうのが、家族ではないのか?それが普通になってしまっている現状はちょっと問題があると思う。

「しゃこ」
人が嫌がることをあえてやらせる、というところがおかしい。にんじんなら良い。わんぱくで活発ならというのは理由にならない。

「犬」
犬といっても家族であるので、暴力をふるうのはおかしい。生きものに暴力、禁止。

「いやな夢」
いびきはしょうがないことであると思うし、体の調子を心配するのが正しいが、自分の気持ちで人を傷つけ、痛めつけるのは理不尽だ。

※全体を通すと虐待を行っている家庭だと思う。姉も兄もおなじように育ったから、それが
おかしいと気づいていない。(泉)

□長内優紀

「めんどり」
面倒事をにんじんに押しつけていて、そもそもにんじんという愛称も良くないもののように聞こえる。

「しゃこ」
にんじんの仕事が一番大変なのはわかるが、癇癪を起したようにしゃこの頭を蹴飛ばしたのは恐ろしいと思った。ただ幼い子供のこういう行動は家庭環境が原因だと考えられる。

「犬」
ピムラが唸りはじめただけで怒り、暴力をふるう家族が恐い。にんじんはサボりが上手。

「いやな夢」
自分のこどもの尻に血がにじむほど爪を立てるのはやり過ぎだと感じた。夫にウソをついているし、しつけにとどまらない悪いことだと理解しているのなら尚更。

□小原遥夏   何か変だ

「めんどり」
自分の子供にたいして平等なたいどでないところがおかしいと思う。

「しゃこ」
しゃこを殺すってきっとすごく大事というか一番大事な役割だと思う。なんでにんじんにそれをやらせているのかわからない。

「犬」
犬が吠えているだけで怒ってたらすごくつかれるだろうなあと思います。

「いやな夢」
いびきが気になるならマスクでもさせたら良いと思う。そもそも解決策を探さないことがおかしい。

これまでの児相、教育委員会には

ルピック家の4場面の感想に時代ギャップを感じた。「何か変だ」が全員の見方、感じ方だった。が、最近の虐待事件報道にみる児相・教育委員会の報告は違うようだ。

〈ルピック家は、父親、母親ともに厳格で口うるさいが、教育熱心。子供たちのめんどうもよくみている。普通より、しっかりした家庭〉

場面、場面の感想と意見

「めんどり」
なぜ末っ子のにんじんに行かせるのか。これは家族の問題というより、封建制度の名残といえる。現代は少子化で、財産も公平に分割する。教育も愛情も平等になった。しかし、戦後間もない頃までは違った。次男三男は、戦前なら兵士か移民、それとも丁稚奉公。うまく婿養子になれればしめたものだが、生涯「お婿さん」と呼ばれて暮らすことになる。長男は、すべての財産をひきつぐと同時に親の面倒もみる、という使命もあった。こうした時代背景を考えるとルピック家の家庭風景も、変に思わなくなってくる。
家父長制度は、フランスにもある。その家で一番偉いのは父親、次に偉いのは後を継ぐ長男と相場はきまっていた。母親は、その制度の守り神といえる。長男は、「お兄い様」と呼ばれて、別格の扱いを受けて育った。「長男の甚六」なにもしないでおっとりした子供をそう呼ぶ。封建時代では長男と二男は雲泥の差。歴史をみればわかる。
「しゃこ」
いまではゲームに勝つことが男の子の勲章のようなものだが、当時の子どもは、野生の生きものを、殺せるかどうかが自慢の証だった。殺しは、だれもが嫌う作業だ。ルピック氏は、鉄砲で撃ち落とすことはできるが、殺しはできない。にんじんは、殺しができる。つまりこのときばかりは、ルピック家で英雄になれるということ。
「犬」
現代は、空前のペットブームである。夕方になると犬を連れた人たちが大勢、散歩している。犬は、ほとんどが、人形のような小型犬。家犬だ。時代の流れによって犬の扱いもちがってきた。昔は、犬といえば番犬が主流だが、よく吠える犬は、うるさいと蹴飛ばされても異常とおもわなかった。
「いやな夢」
いびきがうるさいと母親に、つねられる。これも昭和からみればたいした問題と思えない。家族の人数が多いと、どうしても生存競争となる。

10・20本日のゼミ

10月20日のゼミは、出版編集室にて、以下の要領で行います。

■ゼミ雑誌作成についての報告と話し合い。

■児童文学作品観察 試験問題実施

今年は、児童書がよく読まれているという。が、児童書とは何か。普通の文学作品として考察できるのか。子供時代の体験を書いた作品が、童話作品とみられた。高校入試の国語問題として採用されたので、童話作品の試験問題を観察してみる。

☆平成20年度埼玉県立高校入試第二次入試試験問題の実施。採点してみる。

■先週のつづきでルピック家の観察を行います。

本日の観察は、以下の四場面です。輪読で

「失礼ながら」「尿瓶(しびん)」「うさぎ」「つるはし」

「失礼ながら」の謎を議論する。難解な行為、果たして真相は。

書くことのススメ 書くことを習慣に

エッセイ道場「なんでもない一日」「子ども時代の思い出」

【10月の読書のススメ】

北條民雄『いのちの初夜』

toshihiko@shimohara.net 「下原ゼミ通信」編集室

ドストエフスキーのススメ2021年は生誕200周年

■1821年10月30日にモスクワで生まれる。
 
マリンスキイ貧民病院付属ペトロパウロ教会戸籍簿

1821年10月30日。貧民病院の住宅内に幼児誕生、一等軍医ミハイル・アンドレエヴィチ・ドストエーフスキイの男子フョードルなり。司祭祈祷を捧げ、番僧これに随う。11月4日洗礼。名付け親は母マリヤの従妹の夫、母の父親、母の姉、侯爵夫人、これなり。
河出出版D全集別巻

※同じ年の5月5日、はるか西の孤島セント・ヘレナで、世界史に名を残す英雄ナポレオンが52歳の生涯を終えた。

ドストエフスキー作品の「読書会」紹介

2021年は、ドストエフスキー生誕200周年です、記念すべき節目の機会に読んでみませんか。ドストエーフスキイ全作品を読む会では、以下の活動をしています。

HP「ドストエーフスキイ全作品を読む会」で検索 興味ある人はのぞいてください。

読書会は、以下の要領でおこなっています。

読書会開催 偶数月の土曜日 午後2時 ~ 5時 
会場:東京芸術劇場小会議室 池袋西口 徒歩3分
次回は、10月31日(土)小会議室7
8月読書会で5サイクル終了、処女作『貧しき人々』に入る前に「私とドストエフスキー」の報告です。報告希望者は、お申し出ください。

投稿は「読書会通信」に掲載します。

toshihiko@shimohara.net 携帯090-2764-6052 下原

 2020年10月20日 下原ゼミ  エッセイ道場 提出課題   名前

【家族観察】前回のつづき

□にんじん一家の「失礼ながら」「尿瓶」「うさぎ」「鶴はし」を観察する。
   
「失礼ながら」私は、こうみる。

「尿瓶」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「うさぎ」

「鶴はし」

                                裏面可

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑