文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信 No.413

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2020年(令和2年)12月1日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.413

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
9/29 10/6 10/13 10/20 10/27 11/3 11/10 11/17 11/24 12/1 12/8 12/15 12/22 1/12 1/19    
観察と創作

2020年読書と創作の旅

12・1下原ゼミ

ニュース1  祝 ゼミ雑誌刊行 最速、頑張りました!! 

下原ゼミは、先週2020年度文芸研究Ⅱの成果としてゼミ雑誌『小雪』を刊行した。

印刷所 エックスデザイン(株)

ニュース2  『黒板絵は残った』が新聞コラムで紹介される 11/26

11月26日(木)、信濃毎日新聞の1面コラム「斜面」に写真集『黒板絵は残った』が取り上げられていた。2015年、下原ゼミは「熊谷元一研究」の一環として日芸アートギャラリーで黒板絵展を行った。その後、黒板絵は、下原ゼミでまとめられ1冊の写真集になった。その様子は、先ごろのDVD(長野朝日放送「戦後70年特集」)で観ての通り。 

【斜面】抜粋

◆写真集を編集した日大芸術学部講師の下原敏彦さんは会地小の教え子だ。/黒板絵を「人生の応援歌」にしてきたという。
本日の授業 12・1、今日のゼミⅡ授業は、以下の要領で行います。出版編集室

配布資料 → コピー「もう一つの三島事件」『やまびこ学校』「新聞コラム」課題(1「三島事件」2.「やまびこ学校」3.「子どものとき嫌だったこと」4「一日」)

◇『ひがんさの山』の解答と解説。

四谷大塚2017.10 予習シリーズ6年国語有名私立入試問題(bc問題)2004年刊行『伊那谷少年記』に所収。うさぎ殺しをどうみるか。現代ではどうか。
 
◇「もう一つの三島事件」最近の三島事件報道を鑑み 「ドキュメント三島事件」
◇『やまびこ学校』輪読
  時代は、昭和30年、売春防止法で喧々諤々だった時代の話。

11・24ゼミ報告 対面7名 zoom4名 

対面(大野、鎌田、小原、正村、野島、藤井、又野)
Zoom(宇佐見、長内、研、篠崎)

△正村編集委員、ゼミ誌全員に配布。3冊以内

△自分のゼミ誌作品について、感想。対面7名、ズーム4名

〈 作品報告を聞いて〉ゼミ通信・編集室

近未来、恋、旅立ち等それぞれ創意工夫のある作品でした。もっと書きたかった人、はじめて書いた小説、そんな人もいました。スタートしたばかりです。

課題1.「ゼミ誌の自分の作品について」(テーマ=冬)
     
□長内優紀『雪に会う日』
 
□宇佐見花那『逃避行』

□鎌田 泉『僕の秘密』

【あらすじ】背景みたいな主人公が唯一楽しい時間を過ごせる場所はゲームセンター。そこで出会ったクラスメイトの青井さんとの温かくて歯がゆいお話。
【感想】中学生独特の淡さが好きで、そういうものを書きたいと思っていたので、今回は上手に表現が出来た気がする。が、納得はしていない。

□小原遥夏『自由と共に息をして』

【あらすじ】中学生の女の子は、いとこの大学生のお兄ちゃんに恋をしている話です。
【感想】夏休みに書いてから少し時間が経っているから、今読み返すとなんだかもっと上手に書いたような~と思えます。でも、大人というか大学生だからかいたかなと思います。

□又野沙耶『歌唄いは口を閉ざす』

【あらすじ】メンヘラが手紙を書きます。本当にそれだけの話です。
【感想】書いていた時の自分、気が狂っていたのでしょうか。手紙のような形とはいえ、感情的に成り過ぎたかも知れません。

□正村真一朗『しがないクリスマス』

【あらすじ】北方の地方都市に住む「俺」は家にも学校にも居場所がない。自意識過剰に陥らせ孤立していたが、唯一の息抜きである美術から、偏屈な芸術家と出会う。この邂逅により「俺」は独りで生きていくことを決意する。
【感想】まずは、こうしてゼミ誌が形になったことが、感慨深い。皆さんに心から感謝申し上げます。自分が書いたものは、高二、17歳の鬱屈な懊悩を独白させようと企んだ私小説ですか、余計に書きすぎたと反省しています。かなり推敲したものの、書けど書けど課題が見つかりますね。

□篠崎真桃『名前』

□トギナナミ『喉元過ぎれば』

□藤井智也『おとぎ話』

【あらすじ】男女のラブロマンス。イメージとしては2000年代前半あたり。美しいものが好きなリリイとそれにあこがれる主人公のすれちがいや、男女間の考え方の違いによって変化する関係。
【感想】文体をできるだけ綺麗にすることをこころがけ、中身は何もないが表面上だけを替えたかった。しかし、文芸創作実習に出した方をゼミ誌にまあせばよかったなと思った。美しくて、好きといわれたらうれしい。

□野島 至『寒冬香』

【あらすじ】ちょっと未来の、もしも安楽死法が施行された時代があったら、人は、どんな生き方をする?
【感想】頑張って書いた!!もっとうまく書いたり、いいアイディアもあったろうけど、とにかく書き終わって本になった。えらい!

□大野璃子『epilogue』

【あらすじ】病気を患って先の長くない夫と、それに寄り添う妻。人生の最後をしめくくる一途な夫と、愛し抜いた一図な妻の物語。
【感想】最後に載せたいという気持ちをこめて

課題2.『ひがんさの山』の感想 下原の作品

□大野璃子 命と向き合うという出来事への葛藤に共感した。私もマサオだったら殺さず逃げろと思うかもしれないし、ナタを振り下ろすことはできないかもしれない。

□藤井智也 自分には、なじみのない猟を身近に感じさせるようなもので、面白かった。入試問題にとりあげられるのも、納得するくらい分かりやすかった。

□野島 至 うさぎを追うのはいいが自分で殺すのは嫌だ。よくわかるし、心が痛い。

□正村真一朗 こうした牧歌的な環境を生きてみたかった。北海道の山奥で育った僕としては、懐かしいようなしみじみとした読後感だった。

□又野沙耶 正夫の感情が、忙しくて心配。

□小原遥夏 私も自分の手で動物を殺すってことになったら、怖くなるだろうと思いました。マサオすごいです。

□鎌田 泉 描写が頭に浮かんで読みやすかった。虫を食べる話が気になった。

       ※、冬の薪割りの楽しみは気の中にいるカミキリムシの幼虫をとること。カイコぐらいの大きさで焼いて食べると香ばしくてうまい。

□下原  冬の思い出は、部落の大人たちとうさぎ狩りに行ったことです。いまは、猟師はいないです。部落も限界集落となってしまいました。

課題3.「コロナ禍の、なんでもない一日」

□鎌田 泉 家にいると、食べ物ばかりに目がいく。おなかがいっぱいになるまで食べて
しまう。いつも後から、後悔するのだけど。

□大野凛子 ケガをした友達の話相手になっていた。手だったので作業が思うようにならないと言っていた。一通り会話が終わったら少し痛みが引いたようなきがすると言っていた。心のパワーはすごいかもしれない。

□藤井智也 朝からケンスポのレポートを提出して学校へ向かう。その後、上野へ向かって友達と17時からオムライスを食べる。

□野島 至 ただボーとしている1日があってもいいかなと思って、寝転がった。30分も続かなかった。

□正村真一朗 一昨日、文学フリマに参加してきた。僕が会長を務めるサークルも出店しており、思った以上の売れ行きとなった。来年の文フリに向けて始動しており、やる気と不安がない混ぜになっている。

□又野沙耶 身内のSNSが炎上してておもしろかったです。少しかわいそうでしたが。

□小原遥夏 スーパーに行ったらホウレンソウが安くなっていました。健康的に生きなければと思って買って帰りました。

三島事件とは何か  (『ドストエフスキーを読みつづけて』から)

11月25日周辺のメディアは、三島事件についての報道が多かった。今年は、特に美化された番組が目立った。三島の講演に酔った団塊世代、三島文学に魅了された演劇の若者たち。神格化は、進んでいることに危惧する。
もう一度あの事件は何であったか、観察する必要がある。

事件の推移

この事件は、あまりに有名で、書物も沢山でていることから、いまさらどんな事件だったか、説明する必要もないが、意外と知られていないこともある。三島という作家が若者四人を連れて、市ヶ谷自衛隊東部方面総監部の総監室を占拠し総監を人質にクーデターを要請。自衛隊に呼びかけるも失敗。若者と二人で腹を切って死んだ。これが一般的に知られていることだが、事件があった総監室での推移を知る人は少ない。と、いうことで、時間で事件の推移を追った。(『三島由紀夫死と真実』ストークス著抜粋)

一九七○年十一月二十五日

10時53,4分 市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部正門に三島と若者4人を乗せた車が到着する。車中に日本刀があったが警衛所の隊員、三島を見て咎めず。

11時00分頃 三階建ての二階にある総監室に三佐の案内ではいる。益田総監(57)が迎える。総監室の広さは六㍍×七・五㍍と狭いが天井は高い。外部に通じる場所は、廊下にドア、バルコニーに窓、西側の副長室と幕僚長室にも通じるドア。この日、小春日和。晩秋の陽射しが窓から注いでいた。三島が日本刀を見せると総監は
「立派な刀のようですが、そんなものを、吊って、警察に見咎とがめられませんでしたか。私は規則をよく知らんが、われわれも軍刀は携行しておらんのです」と言う。三島は、芸術品だとごまかす。

11時05分頃 若者たち総監を襲いしばりあげる。バリケードをつくりはじめる。三佐、覗き窓から事件を知り仰天。上司の一等陸佐に報告。二人はドアを開けようとする。開かないので幕僚副長に報告。幹部たち覗いて事件を知る。
11時20分 自衛隊員体当たりでドアを破り、数人の下士官が総監室になだれ込む。武器は木刀一本。陸佐、三島に背中と腕を斬られる。陸曹、右手首が落ちるほど斬られる。さらに一人が両腕と背に三太刀浴びる。あと一人は木刀で防ぐ。一同、総監室から逃げる。自衛隊の幹部たち、非常事態にただただ狼狽するのみ。陸将補は作戦のないまま六人の隊員を引き連れ再び、総監室に突入。武器は棒一本持たず。再び乱闘。自衛隊三人が負傷。森田の短刀を奪うも、またしても七人とも逃げ出す。(短刀を置いてか?)

12時少し前頃 三島と森田、バルコニーに現れる。三島、檄をとばすが野次られ「天皇陛下万歳」を三唱して再び総監室へ戻る。三島、切腹の前に再び「天皇陛下万歳」を三唱。三島、切腹。森田、斬首される。

12時23分 検死官、二人の死亡確認。

「ドストエフスキーを手がかりに」この事件を解く。はたしてそれはできただろうか。世間では三島事件は、いまもって論じられている。信奉者も増えていると聞く。
 しかし、団塊世代の若者が道連れにされた、この事件を思うと、痛ましい気持になる。あの時代、団塊世代の若者には崇高な希望があった。世界を日本をよくしたい。そのために活動したい。そんな意欲があった。べ平連参加も赤軍派もその現れであった。オウムに操られた若者たちをみると今もそれは同じかも知れない。
 死んだ若者は自衛隊員と乱闘の際、短刀を奪われたとある。が、もしかして彼は、奪われた瞬間、ほっとしたのではないだろうか。これで死ななくてもよい。――だが、なんと自衛隊員たちは逃げ出してしまった。「なぜ?!」若者の悲痛な叫びが想像できる。そのときの若者の心中は察するに余りある。若者は、絶望のなかで、まだ一縷の望みを託したに違いない。まだ、時間はある。バルコニーにいる間に、百戦錬磨の特殊部隊が総監室を必ずや奪取してくれると。だが、誰一人来なかった。彼らは、うろたえ小田原評議していただけだった。戦争経験者もいたというのにである。外は大勢の人間の右往左往する騒ぎ、ヘリコプター音やパトカーのサイレンの響き。その喧騒とは反対にあの部屋は湖底のように静まりかえっていたに違いない。もしかして若者は、最後の五分間を振り分けながら扉を蹴破ってくる自衛隊員に賭けたのかも知れない。あの朝、ドストエフスキーが体験した恐怖を感じながらすべてが茶番劇に終わってくれることを祈って・・・だが、結局はドアは蹴破られなかった。
 三島事件は、政治、芸術、性的などなど多面的だが、団塊世代にとっては、よど号犯人たち同様、非凡人思想の挫折を象徴する事件の印象が強い。

黒板絵について

下原ゼミは2015年6月、熊谷元一研究の一環として進めていた黒板絵のまとめを終えた。よって写真集『黒板絵は残った』を刊行し、江古田校舎で黒板絵展を開催した。

下原の落書き「てんぐの怪獣」 1955年(昭和30年)4月9日

読書のススメ

モーパッサン『中短編集』都会編・田舎編・幽霊もの

ドストエフスキー『貧しき人々』現在、ゼミⅣでマラソン朗読会実施中。
卒業までに、この1冊を。強い決意で目下2区を快走し本日3区出発。

ドストエフスキーのススメ2021年生誕200周年を記念して

HP「ドストエーフスキイ全作品を読む会」で検索 興味ある人は覗いてください。

□小説「ドストエフスキイの人々」連載中

□脚本「金貸し老婆とその妹強盗殺人事件裁判」1回~5回公判

読書会は、以下の要領でおこなっています。

読書会開催 偶数月の土曜日 午後2時 ~ 5時 

会場:東京芸術劇場小会議室 池袋西口 徒歩3分

次回は、12月6日(日)小会議室5 午後2時 ~

toshihiko@shimohara.net 携帯090-2764-6052 下原
 

2020年12月1日 下原ゼミⅡ  エッセイ道場 提出課題   名前

エッセイ 書くことの習慣化

課題1.「三島事件」知っていますか。どんな印象か

課題2.『やまびこ学校』感想 

課題3.子どものころの嫌な思い出

.

課題4.. なんでもない一日の記録(コロナ時代を生きる)

 

.

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑