ドストエーフスキイ全作品を読む会
読書会通信 No.107 発行:2008.4.4
トリビアリズムで読む『悪霊』
山田芳夫
ドストエフスキー作品を語る場合、登場人物、思想的背景、比較文学等で論じられ、重厚で深刻な側面を論ずることが多い。そのような評論・解説の類は枚挙に暇が無く、本会員も数限りなく接してきたと思われる。
今回、あえて瑣末な事柄(トリビア)にスポットライト当て、別の側面から「悪霊」を読んでみた。取上げたい項目は多々有るが、時間的制約から今回は下記の項目となった。しかしこの論法を進め、今後ともドストエフスキー作品のトリビア的雑学項目を増やして行きたいと考えている。
1. 題名
「悪霊」(ロシア語でБесы)と言う題名は、英語では「The Possessed」、「The Devils」、または「Demons」と訳されている。翻訳すると、それぞれ「憑かれた人たち、狂人ども」、「悪鬼ども、極悪人ども」、「悪鬼ども、邪悪な人たち」となるだろうか。また「The Possessed」、「The Devils」は定冠詞Theが付いているので、特定な複数人物を指したネーミングであるが、「Demons」は定冠詞がないので不特定な複数人物を表している。
英語圏では一般的に「The Possessed」が用いられている。「The Possessed」とネーミングしたのは、英国のロシア文学翻訳家Constance Garnett(1861-1946)であると言われている。後のドストエフスキー学者は、オリジナルの翻訳が不正確であると言い、ロシア語Бесыは「憑かれた(Possessed)人たち」よりはむしろ、「憑かれている(Possessing)人たち」のほうがより正確であると言っている。
ちなみに中文では「群魔」と翻訳され、「The Devils」「悪鬼ども」に近い。なおフョードル・ドストエフスキーは、英語ではFyodor Dostoevsky (Dostoyevsky, Dostoievsky, Dostojevskij, Dostoevskiなどのバリエーション有り)、中文では費奥多爾・陀思妥耶夫斯基(日本語読み;ヒオーダジ・ダシタヤフシキー)と書く。
<おまけ>
1)「陀思妥耶夫斯基」構成漢字の意味 陀;斜めに延びた地形、思;おもう、妥;おだやか、耶;疑問の意を表す助詞、夫;おとこ、斯;ばらばらに切り離す、基;もとづく
2)「陀思妥耶夫斯基」映像的解釈; 斜めに延びた坂に、一人の男が穏やかに思索している。自分に基づく疑問をばらばらにしながら。
3)著名人の中文表記
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ/Lev Nikolayevich Tolstoy/列夫・尼古拉耶維奇・托爾斯泰(タクジシタイ)、
アルベルト・アインシュタイン/Albert Einstein/阿爾伯特・愛因斯坦(アインシタン)、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン/Ludwig van Beethoven/路德維希・凡・貝多芬(バイターフン)、
マリリン・モンロー/Marilyn Monroe/???・梦露(ボウロー)
2.死に逝く人達
「悪霊」は実に12人もの登場人物が、死んで逝く。これらの人々はどのような理由で死んでいくのか、下記リストにまとめてみた。
人物 分類 死に方
レビャートキン大尉(40歳前後) 他殺 喉をかき切られ、服をつけたまま長椅子の上で発見された。「牛でもバラしたように」おびただしい血が流れていた。犯人は証拠隠滅のため放火するが、完全には炭化せず目的を果たせなかった。
マリヤ・レビャートキナ(30歳) 他殺
体じゅうナイフで「めった突き」され戸口の床の上に転がっていた。殺される瞬間、目を覚まして犯人(フェージカ)と格闘したと思われる。死後放火に遭う。
レビャートキンの女中 他殺 犯人と格闘し、脳天をたたき割られた。死後放火に遭う。
リザヴェータ・ニコラエヴナ(22歳) 他殺 レビャートキン殺害後、マヴリーキーと一緒に一家を見に行き、そこで群衆に「スタヴローギンの情婦だ!」と言われ撲殺される。マヴリーキーは助かる。
フェージカ 他殺 ピョートルと別れた翌朝、町から7キロ離れた村道分岐点で他殺体として発見される。警察は、フェージカとフォームカが共謀してレビャートキン一家を惨殺し、その後仲間割れしたフォームカがフェージカを殺害したと疑っている。
シャートフ(27、28歳) 他殺 エルケリとトルカチェンコに押さえつけられ、ピョートルが額にピストルを発射した。死体の足と首に重さ8キロの石をそれぞれ縛りつけ、池に沈めた。(午後7時過ぎ)
キリーロフ(26、27歳) 自殺 ピョートルが仕掛けたピストル自殺。弾丸は右のこめかみから頭蓋骨を貫通して、左の上端から抜けていた。床は血と脳味噌のしぶきが散っていた。(午前2時過ぎ)
ステパン氏 (53歳) 病死 聖書売りソフィアと旅の途中、ウスチエヴォ町で病気となる。臨終にワルワーラ夫人とダーリアが駆けつけ、看取られながら死ぬ。
マリイ・シャートワ(25、26歳) 病死 男児出産後精神不安定となったところに、キリーロフおよび夫の死のショックが重なり重体となる。3日後に死亡。
新生児イワン 病死 ニコライとマリイ・シャートワの間にできた男児。風邪をひいて、母親マリイより先に死ぬ。
ニコライ・スタヴローギン(25歳) 自殺 ダーリアに誘惑の手紙を送った後、スクヴォレーニシキの家の屋根裏部屋で首つり自殺。ワルワーラ夫人とダーリアが発見。
マトリョーシャ(12歳) 自殺 ニコライに凌辱された後、「神様を殺した」とうわごとを言うようになり、納屋で首つり自殺する。
ニコライと関係があった6人の女性のうち、マリヤ・レビャートキナは斬殺、リザヴェータは撲殺、マリイ・シャートワは病死、マトリョーシャは自殺と、4人が死ぬ。その死に方もそれぞれ異なり、作者の犯罪や人間の凶悪性をいかに文学的に表現するか、執拗なこだわりが見えてくる。
3.アシスとガラテア
下巻P312: ニコライがドレスデン美術館で見た「アシスとガラテア」が、ドイツ田舎町の旅館で見た夢に、「黄金時代」として出てくる。「・・・・私が夢見たものは、単なる実感にすぎなかった。けれど私が目覚めて、生涯に初めて涙に濡れた目を開いたとき、私はなおも目に浮かべていたのだ・・・・」(ニコライの台詞)
1) 作者; クロード・ロラン(Claude Lorrain、仏1600-1682)
作品: 「アシスとガラテア」(Landscape with Acis and Galatea)1657年作、100x135 cm、ドレスデン美術館蔵
クロード・ロランはシャンパーニュ地方出身。少年期からイタリアへ行き、生涯のほとんどをローマで過ごした。ニコラ・プッサンと同時代人。そして、プッサン同様、生涯のほとんどをローマで過ごし、フランス古典主義を成立させた。ロレーヌ地方出身だったので、「ロラン」という。本名はクロード・ジュレ。12歳のころ、両親を失う。プッサンよりずっと早くにローマに行き、菓子職人の見習いをしていた。プッサンとロランは、互いを尊敬しあい、仲がよかった。ロランは、スペイン国王をはじめ、ヨーロッパの君主などからの注文が入るようになり、名声が高くなった。すると、偽作が出回るようになってしまう。ロランは自分の作品の模写を作り、保存することにした。それは後に『真実の書』と名づけられた。
2)ギリシャ神話。 海のニンフのガラテアは、海神ネレウスの娘でネレイデスの1人。オウィディウスの『変身物語』によれば、ガラテアはシチリア島で川のニンフの息子である青年アシス(羊飼い)と恋に落ちた。しかし、かねてよりガラテアを恋慕していたキュクロプスの怪物ポリュフェモスがこれに嫉妬し、巨石を投げつけられ、アシスは殺される。死んだアシスの血はエトナ山のそばを流れる川となった。
3)「クロード・ロランと理想風景展」; 1998年9月15日から同年12月6日まで、国立西洋美術館で開催された特別企画展。絵画79点、素描25点、版画20点の計124点の出品で、日本で始めての大規模なクロード・ロラン展だった。彼の代表作である、「デロス島のアエネアス」、「上陸するシバの女王のいる風景」等が展示され、光に満ちた空気、永遠に屹立する建物、平凡で穏やかな人間や動物たち、正に理想郷を再現した風景がそこにあった。しかし「アシスとガラテア」は含まれていない。図版で見るとわかるのだが、右手の雲は光を遮り、断崖の怪物ポリュフェモスや海岸のニンフの視線は主人公を無視し、アシスとガラテアを覆うテントは彼らの運命を象徴するかのように力が無い。一言で表現すると、他の代表作と比べ全体的に暗く、不安要素に満ち、理想郷とは言い難い。
ドストエフスキーは何故この絵に魅入られ、「黄金時代」と呼ぶのか。そう言えばホルバインの「死せるキリスト」も、画家の作品では異色の作であり、代表作に含まれないのが通説である。これらのことからドストエフスキーの絵画を見る姿勢、審美眼が窺い知れるような気がする。すなわち、美しく幸福に満ちたもの、正義や理想などの「神の世界」ではなく、むしろ心の弱さ、不安や嫉妬・邪悪など、「生身の人間」をテーマにした絵画により関心があったのではないか。
キリコ、フリーダ・カーロ、マグリット、ダリ、福沢一郎など、20世紀シュルレアリストの絵画を見たら、きっと喜ぶに違いない。
<おまけ>
ヘンデルは歌劇/オラトリオとして、モーツァルトはヘンデルのオラトリオを田園劇(K566)バージョンとして、それぞれ「アシスとガラテア」と言う曲を作曲している。
4.シスチィナのマドンナ
上巻P296: ユリア夫人の言葉。「・・・私、あの絵(シスチィナのマドンナ)の前に2時間も座っておりましたけれども、がっかりして引き揚げましたわ。何も判りませんでしたし、大変に驚かされましたの。カルマジーノフさんも、不可解な絵だとおっしゃっていますわ。いまでは、ロシア人もイギリス人も、みんな駄作だと申していますのね。あの絵をあれだけ褒め上げたのは、ご老人ばかりですわ。」
ドストエフスキーは自身の書斎に「システィナのマドンナ」の複製を飾り、生涯これを愛でるほどの気に入りようだったので、ユリア夫人の言葉は作者の本心ではないことは明らかである。またさりげなくカルマジーノフ(=ツルゲーネフ)批判も行っている。
「白痴」ではムイシュキンがこの絵について賛美を表しているが、「悪霊」では批判している。物事を多面的に捉えるばかりか、相反する考えを同時に内包する作者の気質がここでも現れている。
5.ゼラニウム
下巻P303; マトリョーシャの隣部屋の窓に、たくさん鉢植えで置いてある。
『一般的に「ゼラニウム(Geranium、和名;ゼニアオイ)」と呼び習わしている植物は、フウロソウ科(Geraniceae) ペラルゴニウム属(Pelargonium) のことです。なぜペラルゴニウムといわずにゼラニウムが通称として定着したかというと、以前はゼラニウム属(ゲンノショウコ属)に属していたからです。あとでペラルゴニウム属として独立したということですね。マーサ・スチュワート(Martha Stewart、米国、1941- )のゼラニウム特集を読むと、ヴィクトリア時代にかなり品種の改良がされてしまっていて、今現在それらを系統的に分類するのは実際難しい・・・と書いてありました。』(Website「香りのする花の庭へようこそ!」から引用)
上記文章の「ヴィクトリア時代」、つまりヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年に品種改良が盛んに行われていたとある。「悪霊」が出版されたのが1872年だから、ロシアにおいてもゼラニウムがポピュラーとなり、ドストエフスキーの身の回りでも良く見かける花だったことが判る。
ドストエフスキーが見たゼラニウムは、どんな品種で何色なのか定かでは無い。古くから親しまれ最も一般的なゾナール(Zonal)種とすれば、丸い葉に色の濃い輪のような帯状の模様が入り、花色は白から赤までのピンクのバリエーションが豊富な花である。しかしゾナール種は葉の香りが強く、その成分に虫を寄せ付けない栽培上の利点があることが知られている。だとしたらスタヴローギンが見た「赤い小さな蜘蛛」が這い回るゼラニウムは、ゾナール種ではなく別種(アイビーリーブド種、ファンシーリーブド種、etc.)なのかも知れない。
6.赤い蜘蛛
下巻P308: マトリョーシャ自殺完了までの15分間、ニコライが待機している時に、ゼラニウムの葉の上に見る。
クモの一般的印象は、その容姿から不気味な印象を与えることと、害虫(ハエ、ガ、ゴキブリなど)を退治する益虫であることで、善悪両面的な印象が付きまとう。(ドストエフスキー的節足動物!)
「赤くて小さな蜘蛛」から直ちに思い出されるのは、セアカゴケグモである。元来熱帯、亜熱帯地方で見かける毒グモであるが、1995年に大阪、神戸などの港湾都市で相次いで発見された。その後、越冬するのが確認され、寒冷地でも生息可能であることがわかった。
体長はメスが10mm、オスが3~5mm程度と小さいが、神経作用の猛毒を持つ。「ゴケグモ」の名前の由来に関して、毒性が強いため、噛まれた時の死亡率が高く、奥さんが後家になる、という俗説が知られている。実際には、ゴケグモ類の英名「widow spider」 そのままの和訳で、ゴケグモ類はオスの体がメスに比べて非常に小さく、交尾後にオスがメスに共食いされることに由来する。
落日の陽光の中で、ゼラニウムの葉に赤い蜘蛛を見たスタヴローギンには、赤=血・火事・混沌、蜘蛛=邪悪・忌み嫌われている己・生命への渇望・快楽、ゼラニウムの花=愛・美への憧れ、葉の緑=平和・静寂、落日=自殺・崩壊、陽光=神、などの錯綜するイメージが去来したことだろう。部屋の一隅の何気ない光景にも相反する事象が見られ、戦いとカオスが内包されている。しかし、それを見ている人物(スタヴローギン、読者)には調和が取れた静謐な光景であり、遥か昔から未来に渡って何百万回も繰り返される光景であることを確信している。このことは人間の営みを神の視点から見て、「そはよし」と言っていることに他ならない。
「赤い蜘蛛」を眺めているスタヴローギンの場面は、彼を取り巻く問題やカオスに絶望・苦悶している人間としてのスタヴローギンと、永遠なる調和を見つめ「そはよし」と言っている神としてのスタヴローギンが、同時に描かれている。
7.ショパン「水の精」
下巻P94; 祭の日、カルマジーノフが朗読する物語に出てくる。「・・・・その時ふたたび霧が渦巻き、ホフマンが現れ、水の精がショパンの曲を口笛で吹く。・・・・・」残念ながら水の精が吹いた曲は何であったかは判明しないが、ショパンには「水の精」という標題を持つ曲があるので、ここではこの曲について述べてみる。
「水の精」とはショパン作曲バラード第3番変イ長調作品47(1841年完成)のことである。
この曲は他のバラードと同じくパリに住むポーランド人の詩人ミッキエヴィッチの詩に想を得たものである。ここで下敷きにされた詩は「水の精オンディーヌ(Ondine)」と言う詩で、それは「ある夜、湖のほとりで会った女に男が求愛するが、女は男の操なるものを信じようとせず、去ってしまう。次に女が現れたときは水の精の姿で男を誘惑した。男は惹きこまれるように彼女について行くが、追えども届かず、彼は果てしなく水の精を追い続けなければならない・・・」といった内容のものである。
曲は女が男に愛の確認を求める動機に始まり、左手が男の声で愛を誓う。続いて男も女に同じように問い、女も同じように愛を誓う。第2主題では二人は手を取り合って歩んでいるようである。だがこの二人の上に展開部でドラマが起こり、解決は永遠の彼方に消えて行く。愛らしくも激しい一篇のドラマである。
ショパンは1836年(26歳)マリア・ヴォジンスカヤに求婚するが、翌年ヴォジンスキー家から一方的に婚約が破棄される。1838年ジョルジュ・サンド(George Sand、当時34歳)との交際が始まり結核治療の目的で、マジョルカ島に2人で半年間滞在するが悪化する。1839年から、冬はパリ、夏はノアンのサンドの別荘で暮らすが、1847年(ショパン36歳、サンド44歳)交際が破局する。
若い頃のドストエフスキーは、当時のロシア文学青年と同様にジョルジュ・サンドの熱烈なファンであり、サンドとショパンのロマンスも知っていただろう。またカルマジーノフ(=ツルゲーネフ)の朗読に、ショパンや「水の精」を登場させたのは、ツルゲーネフのロマン主義や子供のころ溺れかけたことがある事実を皮肉ったと思われる。
ドストエフスキーは、ショパンのどの曲が好みなのかは判らない。レコードやCDが無い時代、音楽を聴くことはコンサートに出掛け、生演奏を聴くことにほかならない。当然聴く曲目や回数も限定されるので、音楽を聴く態度も思い入れも今とは比べ物にならないと想像される。「水の精」をどんな気持ちで聴き、「悪霊」に登場させたドストエフスキーの真意はいかばかりのものか。
<おまけ>
下巻P88; レビャートキンの詩の中に、ジョルジュ・サンドの名前が2回出てくる。
8.オベール「フラ・ディアボロ」
上巻P304; レンプケ(新知事)少年時代のおどけぶりとして、この曲の序曲を鼻だけで演奏したエピソードを披露している。
「フラ・ディアボロ」とは、フランスの作曲家オベールの喜歌劇。オベール(Daniel Francois-Esprit Auber 1782~1871)は、フランスの19世紀前半に活躍した作曲家で、オペラやオペレッタを50曲以上も作曲した。
今となっては、スッペ同様、いくつかの序曲がCDになっている程度しか知られていない。浅草オペラでは「フラ・ディアボロ」は公演回数こそ少なかったものの、「ディアボロの歌」は人気を博した。世界初演は1830年にパリで、日本初演は1919(大正8)年3月に旭歌劇団とオペラ座による日本館合同公演で行われた。徳山璉の甘みのある歌い方に人気が有ったと言われている。
9.ルーブリ通貨
物語に出てくるルーブリ通貨について、場面と金額について下記表にまとめてみた。1ルーブリの貨幣価値は明確には判らないが、生活用品や衣食住などから類推すると1ルーブリ=8,000円(1コペイカ=80円)程度と思われる。
金額 円換算 内容
400ルーブリ 320万円 ステパン氏領地の森林伐採権(未払い)。ベルリン旅行の小遣いに当てたいと思っている 100ルーブリ 80万円 ワルワーラ夫人が匿名で、病後のシャートフに送ってやる 200,000ルーブリ 16億円 リザヴェータ・ニコラエヴナ(22歳)名義の資産 15,000ルーブリ 1億2,000円 ワルワーラ夫人がダーシャに与えようとしている結婚持参金。そのうち8,000ルーブリはステパン氏の借金返済に使用される 1,200ルーブリ 960万円 ワルワーラ夫人がステパン=ダーシャ夫妻に与える年間生活費 1,000ルーブリ 800万円 ピョートル・ヴェルホーヴェンスキーの領地収入、しかし新制度になってからは500ルーブリに減少した 15,000ルーブリ 1億2,000万円 ステパン氏所有の領地価値 15コペイカ 1,200円 レビャートキンがリプーチンに無心した金 300ルーブリ 240万円 レビャートキンがニコライからもらった金 100ルーブリ 80万円 米国にいたシャートフがロシアへ帰るため、ヨーロッパの友人(ワルワーラ夫人)から借りた金 15ルーブリ 12万円 レビャートキンの燕尾服の値段(自己評価) 4コペイカ 320円 マリヤ・レビャートキナが教会に駆け付けた馬車代 500ルーブリ 400万円 飢饉救済のために、ワルワーラ夫人が慈善団体に寄付 10ルーブリ 8万円 ワルワーラ夫人がマリヤ・レビャートキナに恵んでやる 20ルーブリ 16万円 レビャートキンがワルワーラ夫人の上記好意にお返しする 100ルーブリ 80万円 シャートフがスタヴローギンに借金返済を申し込む 3ルーブリ銀貨 (24,000円) フェージカがニコライに、レビャートキンとマリヤを殺す計画を提案。その手付金として無心する 偽50ルーブリ 40万円 レビャートキンがフランス製偽札をコロワーエフ(溺死)に渡す 12ルーブリ 9万6,000円 ニコライが泥のなかに撒き散らした金。フェージカが這いつくばって、これを拾う 50ルーブリ 40万円 フェージカが教会荒らしを行い、振り香炉、鞍帯などを売却して得た金 1,500ルーブリ 1,200万円 フェージカがニコライに提案する、レビャートキンとマリヤ殺人の報酬金 15ルーブリ 12万円 新裁判制度; 貴族への侮辱罪で請求される罰金 13,000ルーブリ 1億400万円 レンプケ38歳の時、パン屋の叔父から相続した遺産 15ルーブリ 12万円 ユリヤ夫人取り巻き連中で、陸軍中尉夫人がトランプ賭博で負けた金額 400ルーブリ 320万円 自殺した青年(19歳)の遺書にある理由。「蕩尽」した金額で、姉の嫁入り支度金も含まれる。 5ルーブリ金貨 (4万円) セミョーン聖人に追い払われる商人が寄進した賽銭 3,000ルーブリ 2,400万円 ステパン氏がワルワーラ夫人から受け取る年収金額。内訳;年金=1200、住宅費+使用人費+生活費=1500、臨時費=300ルーブリ 80コペイカ 640円 ワルワーラ夫人曰く、今までステパン氏が貧しい人に恵んだ金額。 1,500~2,000ルーブリ 1,200~1,600万円 ピョートルがニコライから引き出そうとしている活動資金。ニコライは拒否する 1,600~1,800ルーブリ 1,280~1,440万円 ニコライ曰く、ワルワーラ夫人がステパン氏に代わってピョートルに渡した金 1,500ルーブリ 1,200万円 ニコライがフェージカに支払う予定の、レビャートキンとマリヤの殺人委託金で、この事実によりピョートルがニコライを征服しようと企んでいる。(ニコライがピョートルの謀略を暴く) 15ルーブリ 12万円 ドミートリ・ドミートリッチが、ステパン氏にトランプで負けた金で未払いになっている 42ルーブリ 33万6,000円 ステパン氏が差押えられた後、彼が持っていた有り金。35ルーブリはチョッキの隠しポケット、7ルーブリは紙入れに入れた 100,000ルーブリ 8億円 パリから招かれた有名女優の年収 40コペイカ 3,200円 シュピグリーン工場の労働者が、レンプケに要求する金額 20コペイカ 1,600円 養老院の婦人(タラプイギナ)が暴動を見て、「何てまあ恥知らずな!」と言って唾を吐いたために「笞刑」に処せられた。新聞がこれに抗議して募金を募り、筆者も行った金額。しかし後日タラプイギナと言う婦人は実在しないことが判明した 3ルーブリ 2万4,000円 祭の入場券。シャンパン代も含まれる 90ルーブリ 72万円 祭を企画する家庭教師達に渡す謝礼金 300ルーブリ 240万円 ワルワーラ夫人が、祭の切符代として支払った金額 約200ルーブリ 約160万円 レビャートキンが死の前日、酔っ払って見せびらかせた金。殺された時、賊に奪われる 230ルーブリ 184万円 ピョートルが、レビャートキン殺害の前日に、リプーチンを介して彼に与えた金。ニコライの秘密を守るため、レビャートキン一家をペテルブルクへ送り出した 1,500ルーブリ 1,200万円 フェージカが、彼に支払われるべき殺人委託金が未払いであることを、ピョートルに告げる。フェージカがピョートルの謀略を批判する 2,000ルーブリ 1,600万円 フェージカがペテルブルクに着いたら支払う、とピョートルが約束する金 35(=30+5)コペイカ 2,800円 マリイ・シャートワがシャートフの家に駆け付けた馬車代。マリイが30、シャートフが5コペイカ払う 80コペイカ 6,400円 マリイ・シャートワの全財産。薪、お茶を買うためにシャートフに与える 1ルーブリ 8,000円 シャートフがキリーロフから借りる 15ルーブリ 12万円 シャートフがリャムシンから25ルーブリで買ったピストルを、10ルーブリ値引きして買い取らせようとした。(未だ一度も撃っていない) 7ルーブリ 5万6,000円 リャムシンがシャートフに用立てした金。 1コペイカ 80円 シャートフ殺害時の合図のため、リプーチンが買い求めた粘土細工の玩具の笛 40ルーブリ 32万円 ステパン氏持参の全財産 50コペイカ 4,000円 ステパン氏がハトーヴォ村まで乗せてもらう馬車代 5コペイカ 400円 ステパン氏が百姓夫婦に注文するウオッカ代。 35コペイカ 2,800円 聖書売り(ソフィア・マトヴェーヴナ・ウリーチナ;34歳)が売っている聖書1冊の値段 3ルーブリ 24,000円 ステパン氏が行こうとしているウスチエヴォまでの旅費(汽船代) 1万2,000ルーブリ 9,600万円 ニコライがスイス・ウイリ州に帰化し、ダーリアと暮らすために用意してある財産 35ルーブリ 28万円 貧乏な小役人の月給でニコライが盗み、取巻き連中との酒盛り代になる 5ルーブリ 4万円 ニコライが借家を引き上げるとき、家賃の他に主婦(マトリョーシャの母親)に与えるチップ
10. ドストエフスキーが好きな数字
上記「ルーブリ通貨」では、金額に関連する項目が57回書き表されている。作者がものの値段を決める際、具体的な値段がある場合はその値を付けるが、そうでない場合作者の好みが無意識に、数字に反映されると思われる。ドストエフスキーはどんな数字が好きなのかを、調べてみた。数字をグルーピングするため、例えば5、50、500、5000などは「5」として、0以外の数字を有効とし桁数は無視した。 数字は16種類あり、それぞれの出現回数は以下のようになる。
数字 出現回数 数字 出現回数
15/ 12回
8 / 2回
1 / 8回
7 /1回
5 / 8/回
9/ 1回
3 / 7回
13 /1回
2/ 6回
16/ 1回
4/ 5回
18 /1回
12/ 3回
23 /1回
35 /3回
42/ 1回
「1」や「5」が多く現れるのは常識的な選択であるが、「15」が最多数であること、ラッキー「7」が1回しか使用されないのは特異な選択である。作者はなぜ「15」が好きなのか、また「7」が嫌いなのか今後の課題としたい。
11. ピョートル・ヴェルホーベンスキーの風貌
上巻P178: 「・・・それは年の頃27、8ないしそれ前後の、中背というにはやや背が高く、白っぽい感じの薄い髪を長めにのばした、口もとと顎にほとんど目に立たぬほどの縮れたひげ生やした青年であった。服装はこざっぱりして、流行にもかなっていたが、瀟洒な趣はなかった。ちょっと見たところ猫背でずんぐりした感じだったが、実際には猫背の気むずかし屋どころか、むしろさばけた男だった。人づきの悪い男のように見えながら、その実、後になって町の人たちみなが認めたように、彼の物腰はたいへん作法に適っていたし、話にも無駄がなかった。
彼は醜男というのでは決してなかったが、その顔はだれにも好かれなかった。彼の頭は後頭部のほうに長く伸びていて、両側から押しつぶしたような恰好になっていたので、そのために顔がとがって見えた。額は突き出ていて狭かったが、顔の造作はちまちましていた。目は鋭く、鼻は小さくとがっていて、唇は長く薄かった。顔の表情には病的なところがあったが、それはそう見えるだけのことだった。両頬の頬骨のあたりに妙に干からびたような襞が走っていて、それが彼の顔つきに回復期の重病人のような感じを与えているのだった。しかし実際には、彼は健康そのもので、体力もあり、これまでに一度も病気をしたことがないほどだった。
彼はひどくせわしそうに歩いたり動き回ったりしていたが、かといってどこへ急いでいるわけでもなかった。おそらく彼はものに動ずるということがなく、どんな事態に直面しても、どういう席に出ても、ふだんとまったく変わらないのだろう。たいそうな自信家だが、自分では少しもそれに気づいていないふうである。
彼はまたひどく早口に、急きこんだ調子で話をするが、そのくせ自信たっぷりで、立板に水の話ぶりだった。態度がせかせかしているのと対照的に、彼の考えは平静で、明確なまとまりをもっており、この点がとくに目立った。物言いは驚くほど明晰で、彼の言葉は、選別されていつでも蒔けるようになっている粒ぞろいの種子のように、淀みなくすらすらとまき散らされていた。この話しぶりは、最初のうちは耳に快いのだが、そのうちに鼻についてくる。というのは、その物言いがあまり明晰なためと、彼の言葉がつねに用意のととのったビーズ玉のように思えるからである。しばらく聞いているうちに、彼の舌は何か特別な形をしているにちがいない、異常に細長く、色が真っ赤で、その先端は恐ろしくとがっているうえに、たえずひとりでにくるくると巻きあげられるのにちがいない、といった気持になってくるのである。・・・・」