ドストエフスキー作品メモ

フョードル・カラマーゾフ殺害事件当日の4兄弟の動き


編集:下原康子
典拠:江川卓訳 『カラマーゾフの兄弟』第5編〜第7編


1860年代後半、晴れ渡った8月末のある日、カラマーゾフ一家がゾシマ長老との会合のため、僧院に集まった。フョードル・カラマーゾフ殺害事件が起こったのは、その3日後のことである。事件当日の4兄弟の動きを以下にまとめた。



イワン

午前9時ごろ 

イワン出発。

(フョードルは、イワンにチェルマーシニャ行きをくりかえし頼んでいた。この日は、朝早くスメルジャコフから「あの方が、必ずいらっしゃるとお約束なさいました」と聞いていたので、とりわけ、イワンの出発を喜んだ)

別れ際にイワンはふいにスメルジャコフに「どうだ、チェルマーシニャに行くんだぜ」と言う。「してみると、賢い人とはちょっと話してもおもしろい、と世間でいうのは本当でございますね」とスメルジャコフは応じる。

イワンは、午後7時ごろモスクワ行きの列車に乗車した。



アリョーシャ


朝〜夕方 

アリョーシャのいる僧院では早朝から異臭に気づきはじめ、午後3時ごろにはさわぎになっていた。フィラポント神父がやってきて、騒ぎは夕方まで続く。アリョーシャにあいまいな奇妙な一瞬が訪れる。彼は動揺し泣く。アリョーシャが求めていたのは奇蹟ではなかった。世界でいちばん敬愛する<顔>が恥ずかしめられたことで、彼の心は無残に傷つけられていた。

夕方 

アリョーシャは僧院を抜け出す。木陰の地面に突っ伏しているのをラキーチンにみつかる。ラキーチンに誘われてグルーシェンカの家に行く。グルーシェンカから一本のねぎの話を聞き、心が生き返る。そのときグルーシェンカは5年前に棄てられたポーランド将校の迎えを待っていた。やがて迎えが来てグルーシェンカはモークロエに向かう。

午後8時前後 ラキーチンと別れたアリョーシャは、町を出て、野原をぬけて僧院にむかう。

午後9時〜夜半すぎ 

アリョーシャは午後9時ごろ僧院に戻る。祈り。ガリラヤのカナの夢。夢の中にゾシマ長老が現れてアリョーシャを祝宴に招く。そして「自分の仕事をはじめるのだ」と言う。目覚めたアリョーシャは、星空の円天井の下、大地を抱きしめ接吻する。この三日後にアリョーシャは僧院を出る。



ドミートリィ


午前9時ごろ 

ドミートリィ、朝9時ごろ目覚める。仲介人の男はすでに目覚めてはいたが、またしても酔っぱらっていた。ドミートリィはサムソーノフに騙されたことを知る。気落ちするあまり怒りもわかない。通りかかった辻馬車に乗せてもらって町に帰るとその足でグルーシェンカのところへいく。

昼前〜午後

ポーランド将校からの使いを待っていたグルーシェンカは、ドミートリィを厄介ばらいするため「今からお金の計算をするのでサムソーノフの家まで送ってちょうだい、夜までずっといるつもりだから、今夜12時に迎えにきて」と言ってドミートリィをだます。

人を信じやすいドミートリィは、グルーシェンカを送り届けたあと、下宿にもどり、一時の間合わせのための金の工面に頭をめぐらす。官吏ペルホーチンを訪ね決闘用ピストルを担保に10ルーブリ借りる。それから、ゆうべ変わったことがなかったかを聞くために隣家のマリヤを訪ね、スメルジャコフがてんかん発作で寝込んでいること、イワンが旅立ったことを聞き込む。この時点でのドミートリィの計画は、ホフラコワ夫人から借金をしてから、あずまやでの見張りに戻り、夜11時半になったらサムソーノフの家にグルーシェンカを迎えに行く、というものだった。

午後7時半〜 

ホフラコワ夫人を訪ねる。彼女はドミートリィを嫌っており、彼の願いにまったく耳をかさず逆に金鉱堀りをすすめる。失望のあまりドミートリィは通りに出て、胸の<あの場所>を叩きながら泣き出す。そこにサムソーノフのところの女中が通りかかる。彼女からグルーシェンカは今朝早く来たけれどすぐに帰ったことを聞いたドミートリィは逆上してグルーシェンカの住まいに押し入る(グルーシェンカがモークロエに向かった15分後のことだった)。女中のフェーニャはグルーシェンカの行方を明かさない。ドミートリィはテーブルのうえにあった銅の杵をひっつかみ走り去る。

夜8時ごろ 

ドミートリィはフョードルの屋敷の裏手にはりめぐらされた石塀をのりこえて庭に入る。窓からフョードルを盗み見する。グルーシェンカの姿は見えなかったが、疑念に耐えられず窓から合図のノックをする。フョードルが窓を開け首を突き出してグルーシェンカの名前を呼ぶ。ドミートリィはフョードルへの嫌悪がつのり銅の杵をつかみだす・・・・・

(後日、法廷で、ドミートリィは「親父は僕の顔を見分けて悲鳴をあげ窓の傍からとびすさりました。そのとき、だれかの涙のおかげか、母が神に祈ってくれたのかわかりませんが、僕は窓のそばからとびのいて塀の方に逃げ出しました」と語った)

ちょうどその時、腰が立たなくなり、薬草酒をいっきに飲んで寝込んでいたグリゴーリイが起き出してくる。庭へ出る木戸の錠をかけていなかったことを思い出し、庭に足を踏み入れた時、主人の寝室の窓が開いているのに気づく。

(後に法廷で大きな争点になった部屋のドアについては、この時点では開いていなかったのだが、グリゴーリイは「開いていた」と証言し、決してゆずらなかった)

グリゴーリイは、走り去る何者かの影を見て追いかける。そして、壁を乗り越えようとする男の足にしがみつく。その男は案の定、ならず者の親殺しだった。「親殺し」と叫んだとたん、老人は雷に打たれたように倒れる。

8時20分ごろ 

ドミートリィは血だらけのまま、グルーシェンカの住まいに押し入り、フェーニャからグルーシェンカが<最初の男>との再会のためモークロエ(村)に行ったことを聞き出す。

8時半〜9時ごろ 

ペルホーチンの家に行き、ピストルをとりもどす(自殺を決意していた)。ペルホーチンはミーチャの血まみれの手に虹色の百ルーブリの札束がにぎられているのに気づく。ミーチャは、 アンドレイが御するトロイカにシャンパンや前菜を積み20キロ離れたモークロエに向かう。

11時半ごろ 

飛ぶように疾走するトロイカがモークロエに到着。

「大気はさわやかで、澄みきった空には大きな星が輝いていた。それはアリョーシャが大地に倒れ伏して、永久にこの大地を愛すると狂ったように誓いつづけた、あの同じ夜であり、ことによると同じ時刻かもしれなかった」



スメルジャコフ


午前11時ごろ 

イワンが発って2時間後にスメルジャコフは穴倉の階段から転げ落ちてんかん発作を起こす。彼は離れにあるグリゴーリィとマルファの部屋の隣の小部屋に寝かされる。

夕方

夕方になってフョードルは医者を呼ぶ。医者は病人の発作は重く、極めて厳しい状態にあると言う。

夜8時すぎ 

(後にスメルジャコフがイワンに告げた事件の夜の真相)

スメルジャコフはわざと低い声で呻きながらドミートリィが来る(彼にはその確信があった)のを耳を澄まして待ち受けていた。フョードルが叫んだような声が聞こえた。その少し前にグリゴーリィが突然起き出して庭に出ていった。ふいにわめき声が聞こえて、あとは静まりかえった。スメルジャコフはがまんしきれず、起き上がってフョードルの部屋に行き窓からのぞく。フョードルは「やつが来て、逃げて行った!グリゴーリィが殺られた」と叫ぶ。

庭のすみの塀のわきにグリゴーリィが意識を失って倒れていた。スメルジャコフはその場で何もかも一挙にけりをつけようと決心する。グルーシェンカが来ている言ってドアを開けさせようとするが、フョードルは警戒して開けない。しかし、窓の合図のノックには反応した。スメルジャコフは部屋に入って、茂みのところにグルーシェンカがいると言ってフョードルを窓の傍に誘う。窓から身を乗り出したところをうしろから脳天めがけて鋳物の文鎮を打ち下ろす。フョードルは悲鳴もあげずに崩れ落ちた。

スメルジャコフは返り血をあびていないか調べたあと、文鎮をぬぐって元のところに置き、聖像絵のうしろから封筒を取り出し、金を抜き取って封筒は床に捨てる。部屋から出て、そのまままっすぐにリンゴの木のところに行き、前から手筈を整えていたとおり木の洞に金を隠す。グリゴーリィが生きていればドミートリィが来たことの証人になるので好都合と考え、一刻も早くマルファに発見させるためベッドにもどって呻きはじめる。スメルジャコフは、翌朝、病院に運ばれる前に本当の発作を起こし、その後2日間は意識不明になった。



第一発見者マルファの証言


起き出したマルファは庭からの呻き声を聞きつけ塀のわきに倒れたグリゴーリィを発見。また、主人の窓の灯に気づき、開いた窓からのぞいて血に染まって倒れているフョードルの姿をみつけた。マルファは近所の助けを求める。彼らは部屋の入口が開いているのを認めたが、面倒を恐れて、すぐに警察署へ通報した。