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ドストエーフスキイ全作品を読む会読書会 2021.12.14


フョードル・カラマーゾフ殺害事件裁判

 脚本 下原敏彦 
 監修 下原康子

【参考・引用】 
亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』光文社文庫(第十二編 誤審)
原卓也訳『カラマーゾフの兄弟』新潮文庫(第十二編 誤審)




フョードル・カラマーゾフ殺害事件裁判

日時: 一八六八年十一月三日 午前十時

法廷: スコトブリゴニエフスク町(家畜追い込み町)裁判所

登場人物

裁判長 
検事 イッポリート
弁護士 フェチュコーヴィチ
書記
廷吏

【被告】 
ドミートリー(ミーチャ)元退役陸軍中尉

【証人】
アリョーシャ ドミートリーの弟
イワン アリョーシャの兄
カテリーナ ドミートリーの元許婚
グルーシェニカ ドミートリーの恋人
グリゴーリー カラマーゾフ家の老僕  
マルファ グリゴーリーの妻 
ラキーチン 神学生
トリフォーン 宿屋の主人
スネギリョフ 退役二等大尉
モスクワからきた医学博士 鑑定人
ゲルツェンシトゥーベ医師 鑑定人
ワルヴィンスキー医師 鑑定人




正十時。裁判長、陪審判事、名誉治安判事各三名入廷。検事、弁護士入廷。陪審員十二名入廷。
満席の傍聴席、シーンと静まり返る場内。被告ドミートリー入廷。まっすぐ正面を見据え、元軍人らしい足どりで被告席に向かい着席する。

書記 開廷します。

裁判長 これより退役九等文官フョードル・カラマーゾフ殺害事件の裁判を行います。書記は事件概要を述べてください。

書記 本件の概要を述べます。今年、九月二日夜八時頃、スコトブリゴニエフスク町内にある地主カラマーゾフ家で殺傷事件が発生した。被害者は、当家の主人フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ(五十五)と当家の老僕グリゴーリー(七十)である。主人フョードルは、寝室で鈍器のような凶器で頭部をなぐられ即死。犯人は、主人の部屋から三千ルーブルを奪って逃走した。床の上には、上書きのある破られた封筒と、封筒が結んであったらしい細いバラ色のリボンが投げ捨てられていた。老僕グリゴーリーは、逃げる犯人を塀で追い詰めたが、鈍器(後に、小道に捨てられていた銅の杵と判明)で頭部が割れるほどなぐられ、重傷を負って気絶した。大量の返り血を浴びた犯人は、複数の人に目撃されている。警察は、数名の証言からカラマーゾフ家の長男を重要参考人とみて捜査を開始した。近郊モークロエ村の宿で被疑者が愛人とジプシー旅芸人一座と宴会しているとの情報を得て、翌日の明け方近く、緊急逮捕した。事情聴取で容疑者ドミートリーは、老僕への傷害は認めたが、父親フョードル殺しについては今日に至るまで強く否認している。以上が、本事件の概要であります。

裁判長 裁判に入る前に本件の証人を紹介してください。

書記 本裁判の証人及び鑑定人を紹介します。アリョーシャ、イワン、カテリーナ、グルーシェニカ、グリゴーリーとその妻マルファ、ラキーチン、トリフォーン、スネギリョフ、モスクワからきた医学博士(鑑定人)、ゲルツェンシトゥーベ医師(鑑定人)、ワルヴィンスキー医師(鑑定人)です。欠席者は、現在パリにいるミウーソフ、病気のホフラコーワ夫人、マクシーモフ、そしてスメルジャコフの四名です。このなかで、スメルジャコフ氏は、先ほど死亡したとの知らせがありました。自殺とのことです。

被告 犬にふさわしい死にざまだ!

裁判長 被告は、言葉を慎みなさい。陪審員は全員出席していますか。

廷吏 はい、十二人(役人四人、商人二人、農民と町人六人)全員出席しています。

裁判長 では裁判に入ります。はじめに、被告ドミートリーにたいして人定質問をおこなう。

被告 ドミートリー・フョードロヴィチ・カラマーゾフ。二八歳です。退役陸軍中尉、現在は無職です。

裁判長 この町に来た目的は何か。

被告 この町は、わたしのふるさとであります。三歳まで過ごしました。目的は、モスクワで亡くなった母の遺産の正当な取り分を受け取るためです。

裁判長 検察は起訴状を読んでください。

検事  起訴状を読みます。本町出身、退役陸軍中尉ドミートリー・フョードロヴィチ・カラマーゾフ(二十八)は、今年九月二日、夜八時頃、愛人捜索と金銭強奪目的で、かねてより不仲にあった実父のフョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ(同町三丁目)宅に侵入し、父親フョードル・カラマーゾフ(五十五)を鈍器のような凶器で殴り殺害。部屋にあった三千ルーブルを奪った。父親と息子は、一人の女性をめぐって三角関係にあり、金はその女性との遊行費に必要だったとみられる。容疑者は、逃げる際、老僕グリゴーリーに見つかり、塀を乗り越えようとしたが、両足にしがみつかれ「父殺し!」と騒がれたため、彼の頭頂部を用意してきた凶器の銅の杵でなぐって重傷を負わせた。現場近くの小道で杵が発見され、モローゾワ家の台所から被告が持ち出したものであることを料理番の老婆とその孫の女中が確認した。二人は被告の血のついた衣服についても証言している。また、官吏ペルホーチン氏は被告が血の付いたルーブル紙幣を握っていたことなどを証言している。その後、容疑者は、奪った金で愛人と、彼女のとりまきや、宿にいた旅芸人一座と宴会をひらいた。その最中に郡警察によって逮捕された。警察調書に鑑みて、本件は、その計画性と惨忍性によって、また、親を親とも思わぬ行為および育ててくれた老僕に対する恩を忘れた所業によって、人間社会において断じて許し難い犯罪であると断定する。よって当局は、被疑者ドミートリーを父親殺人罪と、老僕傷害罪で起訴するものである。

裁判長 被告は、起訴状にあった罪を認めますか。

被告 酒と放蕩の罪は認めます。怠惰と乱暴狼藉の罪も認めます。しかし、わたしの敵であり、父である老人の死に関しては無実です!父の金を強奪したとされる件に関しても、とんでもない、無実です。ドミートリー・カラマーゾフは、卑劣漢であっても、泥棒ではありません!

裁判長 本件は、一殺人事件ではありますが、ロシア全土から注目されています。父親殺しという重罪を裁く裁判だからです。いかなる動機から被告は、父親を殺害するにいたったのか。慎重に裁かなくてはなりません。これより検察側、弁護側より証言がありますが、証言者は、宣誓して事実を正直に述べてください。なお、被告の兄弟たちは宣誓なしで証言することを許可します。

裁判長 では、事件はどのようにして起きたのか、発見されたのか。まず事件当夜の状況を、詳しく報告してください。

検事 本事件は、被害者宅で働く老僕の夫婦が直接の目撃者、通報者となっています。はじめにこの二人の証言を求めます。

グリゴーリー あの晩は腰痛に効くという薬草酒をいっきにのみほしまして、ぐっすり寝込んでおりました。夜中にふっと目が覚めて、庭の木戸の鍵をかけていなかったことを思いだしましたので。マルファは高イビキでした。スメルジャコフは、夕方、癲癇発作で倒れてからずっと隣の小部屋で身動きもせず寝ておりました。庭におりて、ふと、フョードル様の部屋を見ると、窓が開け放たれております。真夏でもないのに何故だろうと思いました。

検事 ドアはどうでしたか?主人の部屋のドアは開いていましたか。

グリゴーリー 開いていました。

検事 先を続けてください。

グリゴーリー とつぜん目の前の暗闇を人影が走り抜けていったのです。わしは夢中で追いかけ、男が塀を乗り越えようとしたとき、飛びついて両足にしがみつきました。

検事 男の顔は見ましたか。

グリゴーリー 心配していた予感があたってしまいました。わしは、大声で、「父殺し!」とさけびました。そして、それっきり気をうしなったのでございます。脳天を堅いものでなぐられたのです。

検事 被害者とのご関係をうかがいます。

グリゴーリー 夫婦ともども長くおつかえしております。

検事 被告に対する養育はどのようなものでしたか?

グリゴーリー ミーチャさまに対する扱いは、それはひどいものでした。まともな教育をお授けになりませんでした。わしたち夫婦が面倒をみなかったら、きっとシラミにたかられるままになっていたでしょう。それに、母方の領地の件につきまして、ミーチャさまをだましたことも、父親としてあるまじき行為です。

検事 裁判長に申し上げます。被害者が被告に対して未払い金があったという根拠を明確に示す証言や書面は存在しておりません。

検事 グリゴーリーさん、犯行現場を見てもいないのに、なぜ被告を父殺しと言うのですか。

グリゴーリー 前の日、食事中にミーチャさまがいきなり飛び込んできて、フョードルさまをはげしくなぐりつけて、殺してやると叫んだからございます。

裁判長 その日には証人も被告になぐられている。本件でまたひどい目にあった。きっと、被告を恨んでいるであろう。

グリゴーリー そんなこと、とっくの昔に許していますよ。

裁判長 次に弁護側が訊問してください。

弁護士 グリゴーリーさん、被害者は、ある目的から三千ルーブルを部屋に隠しもっていたといわれます。被告にはその三千ルーブルを強奪した嫌疑がかけられています。長年、被害者に仕えていた証人は、そのことを知っていましたか。三千ルーブルの入った封筒を見かけたことがありますか。

グリゴーリー わしは、見たことも聞いたこともありません。

裁判長 予審における複数の証言でも「聞いたことはあっても、見たことはない」ということであった。

弁護士 証人にうかがいます。予審での証言からも明らかなように、あの晩、あなたはお休みになる前に腰の痛みをとろうとして、パルザム酒、といいましょうか、いわゆる薬草酒を腰に塗ったそうですが、その成分はどういうものですか?

グリゴーリー サルビアの葉っぱが入っております。

弁護士 サルビアの葉だけですか?ほかに何か思いだせませんか?

グリゴーリー オオバコも入っておりました。

弁護士 その他、もろもろというわけですね。で、それらを全部、ウオッカにひたすわけですね?

グリゴーリー ひたすのはスピリッツです。(法廷にかすかな笑い)

弁護士 なるほど、スピリッツにつけている。それで、背中を摩擦したあと、ボトルの残りの分を、あなたの奥さましか知らないありがたいお祈りといっしょに、飲みほされた、そうですね?

グリゴーリー 飲みほしました。

弁護士 どのくらいの量でしたか?およそで結構ですから。ウオッカグラスに一杯、二杯?

グリゴーリー コップで一杯ぐらいでしょう。

弁護士 コップ一杯もね。コップで一杯半くらいあったかもしれませんね?

グリゴーリー ・・・・・。

弁護士 純粋なスピリッツをコップで一杯半、なかなかけっこうな量ですよね、どうです?庭に通じるドアどころか「天国の門が開いている」ところも見られそうじゃないですか。

グリゴーリー  ・・・・・。

(廷内に忍び笑い)

弁護士 あなた自身、はっきりとはしないのではありませんか?あなたが庭に通じるドアが開いているのをごらんになったあのとき、あなたは寝ぼけておられたのではないですか?

グリゴーリー ちゃんと立っておりましたよ。

弁護士 それだけでは、寝ぼけていなかったという証拠にはなりませんね。たとえばです。あの瞬間、だれかに、そう、たとえば、今年は何年かと質問されたら、あなたは答えられましたか?

グリゴーリー そんなこと知るもんですか。

弁護士 では今年が紀元何年か、キリスト降誕から数えて何年にあたるかご存じですか?

グリゴーリー ・・・・・。

弁護士 それにしても、ご自分の手に指が何本あるかはご存じでしょう?

グリゴーリー (大声ではっきりと)わしは奴隷にひとしい人間ですから、お上がわしをからかうおつもりなら、がまんせねばなりません。

裁判長 弁護士は、より適切な質問をおこなってください。

弁護士 わかりました。(上品に一礼して)これで訊問は終わります。

裁判長 被告は、いまの証言について何か言っておくべきことはないか。

被告 ドアのことをのぞけば、みんな本当です。櫛でシラミをとってくれたことに感謝しています。殴ったのを許してくれたことも感謝しています。老人はこれまでずっと正直者でとおしてきましたし、親父にたいしてもプードル犬七百匹分くらい忠実でした。

グリゴーリー わしはプードルじゃあない。

被告 それならこのぼくがプードルなんです。この言葉が侮辱的なら、ぼくがそれを引き受けて、老人に許しを請います。ぼくはケダモノでした。老人に対して残酷でした、イソップじいさんに対してもやはり残酷でした。

裁判長 イソップって、だれのことです?

被告 あのピエロですよ・・・親父です。フョードル・カラマーゾフのことです。

裁判長 被告は、言葉使いにもっと注意するように。

検事 つぎに、第一発見者となった妻のマルファさんの証言を求めます。

マルファ わたしはぐっすり眠っておりましたが、とつぜん悲鳴のような叫びを聞いて飛び起きました。てっきりスメルジャコフの叫び声と思いました。夕方ひどい発作をおこして寝こんでおりましたから。夫を起こそうとしましたが、夫がおりません。庭の方からうめき声が聞こえたので、行ってみると、なんと夫が脳天から血を流して倒れていたのでございます。「殺した、父親を殺しやがった!」と、わめいております。そのとき、ふと、ご主人さまの部屋の窓が開いたままになって光がもれているのに気がつきました。とんでいってのぞきこんだら・・・恐ろしい光景でした。ご主人さまが床の上にあおむけに倒れていたのです。白いシャツの胸元が赤く血に染まっておりました。

検事 ドアは開いていましたか?

マルファ 
鍵はかかっておりませんでした。隣家の住人三人を呼んで、町の警察に知らせました。その晩、わたしたち四人は事情聴取を受けたのでございます。

検事 つぎの証人はラキーチン氏です。

ラキーチン カラマーゾフ家のことは何もかも知っています。彼らの経歴もすみずみまで知りつくしています。

検事 あなたは、三千ルーブル入りの封筒を見たことがありますか?

ラキーチン それについては、ミーチャから聞いただけで、よくは知りません。

検事 では、被害者が領地を清算するに際して被告に何かしら借りがあったということは?

ラキーチン それも知りません。

検事 あなたは、この事件にかんする論文を雑誌に発表されるそうですね。本事件をどのように見ておられるのですか?どちらに分があると思われますか?

ラキーチン あの、わけのわからないカラマーゾフ気質にかかっては、あの連中のどっちが悪いかなんてだれにも答えられやしませんし、だれがだれに借りがあるなんて計算できるはずがありませんよ。なにしろ、一家のだれひとり、自分の立場を理解することも、決めたりすることもできないんですから。

弁護士 あなたは、ここの教会本部から出ている、『今は亡きゾシマ長老の生涯』という冊子をお書きになった、あの、ラキーチン氏でおられますね。

ラキーチン そうですが。

弁護士 あれはじつに深い、宗教的な考えに満ちたご本ですね。長老に対する敬虔な思いにあふれる、みごとな献辞のついているあのご本、わたしもつい最近読ませていただき、大きな感銘を受けたしだいです。

ラキーチン あれは別に出版するために書いたわけじゃないんです。それがあんなふうに活字になってしまって。

弁護士 そう、あれはすばらしいものです。あなたのような思想家なら、どんな社会現象にも非常に幅広く対応できるでしょうし、ぜひそうしていただかなくてはなりません。ですが、わたしとしては、ここでぜひ、あなたにおうかがいしたいと願っていることがありまして。

ラキーチン 何でしょう・・・。

弁護士 あなたは、スヴェトロワ(グルーシェニカの姓)というお嬢さんと、懇意になさっているそうですが、今日、証人として出廷しているグルーシェニカさんのことでよろしいですか。

ラキーチン (狼狽して)いえ、はい、そうです。が、ぼくとしては、知人全員に対して責任をもつことはできませんよ。ぼく自身まだ若いですし。

弁護士 あなたが、あの若くて美しい女性との交際に興味を持たれたとしても不思議はありません。最後にひとつだけおうかがいしたいことがあるんです。

ラキーチン な、なんでしょう?

弁護士 あなたは事件の日の夜、カラマーゾフ家の三男のアレクセイさんをスヴェトロワ嬢の家に連れていきましたね。

ラキーチン は、はい。

弁護士 そのとき、報酬として二十五ルーブルをスヴェトロワ嬢から受け取ったかどうか、その点を、あなたご自身の口からお聞きしたいのです。

ラキーチン あれはジョークですよ。どうして、そんなことにあなたが関心もたれるのかわかりませんね。わたしはジョークのつもりで受け取ったのです。あとで返すつもりでした。

弁護士 ということは、受け取られた。しかしまだ返しておられない、今の今まで。それとも返されたんでしょうか?

ラキーチン くだらない。そういう質問にはお答えできません。もちろん、返しますとも。

被告 (ラキーチンの背中に怒鳴る)ベルナール野郎!

裁判長 静粛に。被告は何か言っておきたいことがあったら言いなさい。

被告 ラキーチンは、おれからも金を借りていきやがった!見下げ果てたベルナール野郎だよ。あの出世主義者、神様など信じているもんか。死んだ長老までだましやがって!

裁判長 被告は言葉をつつしみなさい。つぎの証人は。

検事 二等大尉スネギリョフ氏です。

スネギリョフ (泥酔状態で出廷)証言を拒否します。

検事 事件前、居酒屋「都」で被告からひどく暴行されたと訴えておられましたね。

スネギリョフ あの方のことはもうどうでもようございます。イリューシャがいけないと申しますので。神さまが向こうで償いをしてくださいますでしょう。

弁護士 誰が話しちゃいけないと言ったのです?だれのことをおっしゃっているのですか?

スネギリョフ イリューシャです。息子です。「パパ、パパ、あいつはパパをずいぶんひどい目に会わせたんだね!」石のそばでそう申しました。今は死にかけているのでございます。

(スネギリョフ、いきなり声をあげて泣き出す。廷吏に連れられて退廷する)

裁判長 次の証人は。

検事 被告が逃亡した先のモークロエ村の宿の主人です。被告が人を集めてドンチャン騒ぎをしたというのは事実ですか?

トリフォーン ほんとうです。旅芸人一座も加わって大変な騒ぎでした。

検事 散財は、どれほどでしたか?

トリフォーン 三千ルーブルは下りませんよ。ジプシー女たちにばらまいた分だけでも、べらぼうな額です。いいですか、わたしどもの村のシラミだらけの百姓どもにまで、最低でも二十五ルーブル札をくれておりました。それ以下ってことはありません。もうくすね放題でございましたからね。いったん盗みを覚えた連中が、だまって手をこまねいているはずがないでしょう。うちの村の連中は追いはぎも同然でしてね、良心のかけらもありゃしませんよ。村の娘っ子までが、がっぽり懐に入れるんですから!あれ以来、うちの村はすっかり大金持ちですよ。

(弁護士はトリフォーンおよび次の証人のポーランド人のちょろまかしを指摘し、かれらを道義的にあばき、鼻を明かした)

裁判長 被告の精神状態を知るために医学鑑定した医師たちへの訊問を行います。最初は、この町の医師ベルツェンシトゥーベ医師です。

町の老医師 被告の知的能力が正常でないことは、おのずと診断されることです。被告の異常性は、被告の過去の数多くの行動のみならず、今、この瞬間ですら認められます。

裁判長 というと?いま、どこにその異常性が認められるのですか?

町の老医師 被告が、この法廷に入ってきたときの様子をごらんになられたと思います。被告は奇妙な態度をとりました。

裁判長 どのような態度ですか?

町の老医師 兵士のようにまっすぐに前進し、視線を正面にじっと見据えたままでした。

裁判長 そこのどこが異常に思えるのですか。

町の老医師 被告は、何といってもたいへんな女好きですから、正面を見るのではなく、奥方たちが座っている傍聴席のある左手に目をやるべきだったのです。

裁判長 被告が入廷するとき婦人方の方を見なかった、そのことが異常だったというのですか?

町の老医師 そうであります。要するに、いつものようではなかったということです。わたしの診断は、以上であります。

裁判長 次はモスクワから来られた高名な医学博士です。

モスクワの医学博士 被告の精神状態は尋常ではありませんでした。それも非常に高いレベルで。医学的データから推して、被告はすでに逮捕の数日前から明らかに病的な心神喪失状態にあったとみられます。かりに犯行を犯したとすれば、ほとんど無意識のうちに、つまり自分を支配している病的な精神的熱中と戦うすべを持たない状況での行為ということになります。

裁判長 心神喪失ですか?

モスクワの医学博士 彼の行動は、ことごとく常識と論理に反しております。診察の時、彼は何とも説明しがたい据わった眼差しをしておりました。唐突に笑い出したり、不可解ないらだちを示して、突然「ベルナール」とか「エチカ」といった奇妙な言葉を発したりしました。特に、話が三千ルーブルのことになると、異常な興奮をみせました。これは、偏執狂の兆候であります。

裁判長 ほかに付け加えることはありますか。

モスクワの医学博士 被告は、性格的には無私無欲の人間です。しかし、わたしは自分の目で見ていないこと、つまり犯罪そのものや悲劇全体についてお話することは何もありません。付け加えるとしたら、さきほど、この町の鑑定人は、被告が入廷するさい、まっすぐ目の前ではなく傍聴席の奥方たちに目をやるべきだったと証言しましたが、わたしの意見では、左の奥様方ではなく右の方を見るべきだったと思います。

裁判長 なぜですか?

モスクワの医学博士 今やすべての希望が託され、その人の弁論によって自分の運命が左右される弁護士をこそ、目で探し求めてしかるべきであると、私は主張いたします。

裁判長 三人目のお若いワルヴィンスキー医師の鑑定をお聞きします。

ワルヴィンスキー医師 わたしが診るかぎり、被告は、今も昔も完全に正常な状態にあります。たしかに逮捕前の彼は神経がひどく高ぶった状態にありました。しかし、彼の状態は、「心身喪失」など何ひとつ含むものではありません。入廷したさい被告は、右と左のどちらかを見るべきであったかという件については、わたしの意見では、被告はまさに被告本人がじっさいそうしたように、正面を見据えてしかるべきです。なぜなら、正面には今や自分の運命を宣告する裁判長と裁判官たちが座っておられたからです。

被告 おみごと、やぶ医者!まさにそのとおり!

町の老医師 (思いがけなく)この気の毒な青年は、もっと比較にならぬほど、素晴らしい運命に恵まれることもできたはずです。なぜなら、この人は少年時代にも、それ以後も心の立派な人だったからです。わたしはそれをよく知っています。

裁判長 何をもって?

町の老医師 今、思い出しました。証言してもよろしいでしょうか。

裁判長 証言を許可します。

町の老医師 被告は、まだ小さな子どものころ、父親に裏庭にほうり出されて、はだしのまんま、ボタンがひとつしかないズボンをはいて走り回っていました。わたしは四五歳で、この町にきたばかりでした。子どもの母親は、ケチで女狂いの夫に愛想をつかせて若いツバメと駆け落ちしたと聞いていました。わたしは、その子がかわいそうになって、くるみを一袋買ってやったのです。その子はたいそう喜びました。そのうちどこかに連れて行かれたのか、見かけなくなってしまいました。それから二十三年が立ち、ある朝、わたしの診察室へいきなり颯爽とした若者が入ってきたのです。そして、笑いながら、「ぼくは、いま、あなたに、あのときのくるみ一袋のお礼をいうために来たんです」と言いました。わたしは、あのときのかわいそうな子を思いだしました。その若者は、あのときのくるみ一袋の感謝を忘れず、そのお礼をいいにきたんです。わたしは、思わずだきしめて泣きました。彼も泣いていました。彼は感謝を知る青年です。

被告 (突然、叫ぶ)いまも泣いています、ドイツ人先生、あなたは神さまのような人だ!

検事 裁判長、裁判をすすめてください。 

(その他にも数人の検察側の証人訊問があったが、被告に不利な証言が多かった)

裁判長 次の証人は、カラマーゾフ家の三男、アリョーシャさんです。

検事 あなたの兄さんはどんな人ですか?

アリョーシャ 乱暴で、情熱にかられやすいところはあります。しかし同時に高潔で、誇り高く、寛大で、求められれば自分を犠牲にすることができる人間です。でも、最後の数日は、一人の女性をめぐる父との諍いのために、堪えがたい状態になっていました。

検事 被告は金と愛人を奪う目的で父親を殺したと思いますか。

アリョーシャ 兄は殺していません。

検事 三千ルーブルという金額への固執については、二人の女性に関係がありますか?

アリョーシャ そのことはわかりません。

検事 あなたのお兄さんは、父親を殺そうと思っていると、少なくともあなたに言ったことがありますか?無理にお答えにならなくてけっこうです。

アリョーシャ 直接そう言ったことはありません。

検事 間接的にはあるのですか?

アリョーシャ 父親への個人的憎しみについて、ミーチャはこのぼくに一度だけ話したことがあります。

検事 何と?

アリョーシャ 悪くすると、嫌悪の念が限界に達した場合、父を殺すことになるかもしれない。そうなることを恐れている。そう言っていました。

検事 あなたはそれを聞いて信じましたか?

アリョーシャ 信じたと言うのがこわいのです。でも、ぼくはいつも、ぎりぎりの瞬間になれば、ある種の高潔な感情が、必ず兄を救ってくれると確信していましたし、実際に救ってくれたのです。なぜなら、父を殺したのは兄ではないのですから。

検事 わたしはあなたの信念の誠実さを、無条件に、また不幸な兄上に対する愛情といささかも混同することなく、心から信じています。しかし、はっきり申し上げますが、あなたのお考えは非常に特殊であり、検察側が集めたほかのすべての証言と矛盾するものです。だからこそ、あなたにくどくどおたずねしなければならないのですが、いったいどういう材料にもとずいて、そういう、兄上の無実に対する、それどころか、すでに予審でずばり名ざしされた他の人物が有罪であると、強く確信するようになったのでしょうか?

アリョーシャ 予審では、ただ質問に答えただけです。

検事 でも、彼の名前をあげているでしょう? スメルジャコフと。

アリョーシャ ぼくは兄の言葉として、彼を名ざししたのです。ぼくは兄が無実であると確信しています。だから、兄が殺してないとすれば・・・。

検事 スメルジャコフというわけですね?でもどうしてスメルジャコフなんですか?どうしてあなたはそのように、あなたのお兄さんが断固無実であると信じておられるのです?

アリョーシャ ぼくは兄を信じないわけにはいきません。兄がぼくに嘘をつかないことを知っているからです。顔つきで、彼が嘘をついていないとわかりました。

検事 顔つきだけですか? 証拠はそれだけなんですか?

アリョーシャ ほかに証拠はありません。

検事 では、スメルジャコフが犯人だということについても、あなたのお兄さんの言葉と顔つき以外、ほかにどんな小さな証拠もないわけですか?

アリョーシャ ええ、ほかに証拠はありません。

検事 これで検察からの訊問は終わります。

弁護士 証人におたずねします。あなたが、被告から父親を憎んでいるとか、殺すかもしれないといっているのを聞いたのは、いつですか?

アリョーシャ はっきりとはおぼえていません。が、たった今、わたしは、あることを思いだしました。あの夜、修道院へ帰る途中、兄に会いました。そのときミーチャは「おれには自分の名誉を回復する方法がある。その方法はここにある」と言って自分の胸、それも胸の上の方をたたきました。そのときわたしは、兄は自分の良心のことを言っているのだと思いました。同時に、わたしは、心臓は反対側だし、それにもっと下の方なのに、と思ったことをよくおぼえています。そうです、あのとき、兄は胸よりもっと上の、首の下の方をたたいていたのです。兄は、そのとき、例の千五百ルーブルを縫い込んだ、あの香袋をたたいていたのかもしれません。

被告 そうなんだよ!そうなんだ、アリョーシャ。あのとき、おれはその香袋をたたいていたんだ!

アリョーシャ (興奮して)そうなんです!兄はあのとき、恥辱の半分は、半分だけなら、今すぐにでも取り除けるんだ。でも、それを実行する力のないことが、おれにはわかっているんだ、と叫んだのです!

弁護士 あなたは、お兄さんが自分の胸の上の辺をたたいたことを、はっきりおぼえておられるんですね?

アリョーシャ はっきりおぼえています。心臓はもっと下なのに、と思ったことも、よくおぼえています。兄は、千五百ルーブルを返す決心がつかないで、泥棒と見られてもいいとまで思ったことを、自分の生涯のもっとも恥ずべきこととみなしていたのです。ああ、この負債は、どんなにか兄を苦しめたことでしょう!

裁判長 よろしい。被告は、この証言について何か言うべきことはありませんか?

被告 アリョーシャの言うとおりです。アリョーシャ、ありがとう!

裁判長 つぎの証人は。

検事 カテリーナさんです。あなたが、被告の許嫁というのは真実ですか?

カテリーナ はい、そうです・・・。あの人がわたしを見捨てるまで、ですが・・・。

検事 事件の三週間前、あなたは被告に三千ルーブルを預けて、お身内に郵送してくれるよう頼みましたか。

カテリーナ はい、頼みました。でもすぐに郵送してもらおうと思ったわけではありません。

検事 なぜ被告に頼んだのですか?

カテリーナ あの人が、たいへんお金に困っている、そんな予感がしましたので。ひと月以内に送ってくれるようにという約束で、あの三千ルーブルを預けたのです。あの人が、あのお金のことであんなに苦しむ必要はなかったのです。

弁護士 三千ルーブルと言えば大金です。許嫁とはいえ、なぜ預けたのですか?

カテリーナ あの人がお父さまからお金を受け取りしだい、すぐに送金してくれるものと、かたく信じておりました。(急に挑発的な様子になって)それに、わたしは、あるとき、あの人から三千ルーブルよりずっと大きなお金を、お返しできるあてもないのに、借りたことがあるのです。

弁護士 それは、この町ではなく、あなた方が知りあいになられた向こうの町でのことですね。

(カテリーナは、ミーチャが彼女の窮状を救うためにポイと投げだした五千ルーブルや、「額を地につけるほどの最敬礼」のエピソードを語る。カテリーナはこのことを弁護士に隠していた)

弁護士 (カテリーナに深々と一礼して)人助けのため、高潔な気持ちから、なけなしの五千ルーブルを投げ出せる男が、その同じ人物が、その後、三千ルーブルを強奪する目的で、夜中に父親を殺すなど、どうみても理屈にあわないことです。

被告 (カテリーナの方に両手をさしのべながら、泣き声で)カーチャ、どうしてぼくを破滅させるんだ!これで判決は下った!

裁判長 つぎの証人は。

検事 グルーシェニカさんです。

検事 証人は被告の父親と、どのようにして親しくなったのですか?

グルーシェニカ つまらないことですわ。あの人がわたしにつきまとうようになったのが、わたしの責任でしょうか?でも、こんなことになったのは、みんなわたしが悪いんです。わたしはあの二人を、老人もこの人もからかったんです。その結果、二人をこんな目にあわせてしまった。すべてわたしのせいで起こったことです。

検事 あなたは、お金の入った封筒を見ていますか?

グルーシェニカ いいえ。ただ、あの老人のところに三千ルーブルの入った封筒があるという話を「あの悪党」から聞いてはいました。

検事 いま、あなたが言われた「あの悪党」とはだれのことですか?

グルーシェニカ 下男のことです。自分の主人を殺して、昨日首をくくったスメルジャコフです。

検事 そのような断固たる告発には根拠があるのですか。

グルーシェニカ 根拠なんて、そんなものありません。ドミートリーさんが自分の口でそう言ったんです。あの人を信じてあげてください。あの人を破滅させたのは、なにもかもあの女が原因です。

検事 「あの女」とはだれのことですか?

グルーシェニカ あのお嬢さんです。ほら、そこにいるカテリーナさんですよ。あの人にはほんとうの羞恥心っていうものがまるで欠けているんです。そうなんです。

裁判長 証人は言葉を慎むように。

検事 モークロエ村で被告が逮捕されたとき、証人は、別室から駆け込んできて「みんなわたしが悪いんです。一緒に罰してください」と言いましたね。大勢が聞いています。わたしも見ていました。あのとき、あなたは、被告を父殺しの犯人と確信していたわけですね。

グルーシェニカ あのときの気持ちはおぼえていませんけど、みんなして、あの人が父親を殺したと叫んでいたので、そう思ったんです。でも、ミーチャが自分は殺してないといったとき、わたしはすぐにあの人の言うことを信じました。そして、いまも、それを信じています。

弁護士 さきほど検察側の証人ラキーチンさんが証言をされました。ラキーチンさんは、しばしばあなたの家に出入りしておられましたが、どんな用事で来られていたのですか?

グルーシェニカ 彼は、わたしのところにお金をせびりにきていたんです。ひと月に三十ルーブルは渡していました。

弁護士 よくわかりませんが、あなたとラキーチンさんのご関係は?

グルーシェニカ 彼はイトコなんです。わたしの母と彼の母は姉妹なんです。でも彼がだれにもいわないでくれというので黙っていました。

裁判長 最後の証人は、イワンさんです。体調が悪いというので一番さいごになりました。宣誓なしの証言が許されています。黙秘してもさしつかえありませんが、証言したことは、すべて良心にしたがったものでなくてはなりません。

イワン (いきなりゲラゲラ笑いだして)で、まだほかにありますか?

裁判長 あなたは・・・もしかすると、まだあまりご加減がよくないんじゃありませんか?

イワン ご心配には及びません、裁判長。わたしは十分に健康ですし、二、三、面白い話を聞かせてあげられますよ。

裁判長 何か特別の情報をお持ちなのですか?

イワン いえ・・・べつに。特別な情報など持ち合わせておりません。

裁判長 お父上とお兄さんとの貸借関係についてなにかご存じですか?

イワン まったく知りません。そんなことにかまけている暇はありませんよ。

裁判長 お見受けしたところ、まだお加減が悪そうですね。お気持ちは理解できます・・・。

イワン 裁判長殿、下がらせてください。体調がひどくすぐれなくて。

イワン (帰りかけて再び証言席に戻り)裁判長殿、わたしは、あの百姓娘と同じでしてね・・・「行きたきゃ、行くし、いやなら行かねえ」ってやつですよ。

裁判長 あなた、何がおっしゃりたいのです。

イワン (ふいに札束をとりだして)ほら、金です・・・そこの封筒に入っていた金がこれですよ。

裁判長 どうしてこの金があなたの手に入ったんです・・・そもそも、あの金だとしての話ですが。

イワン スメルジャコフから受け取ったんですよ。昨日です。わたしはやつが首を吊る直前に立ち寄りましてね。親父を殺したのは、あの男で、兄じゃありません。あいつが殺し、わたしが殺しをそそのかしたんです・・・親父の死を望まない人間なんているもんですか。

裁判長 あなたは正気で言っているんですか?

イワン 正気に決まってますよ・・・まったく卑劣にも正気でしてね。あなた方や、ここにいる・・・豚さんたちと同じくらいにね!(突然、傍聴席を振り返って)期待していたくせに、みんなびっくりしたふりをしていやがる。父殺しがないとなりゃ、みんな腹を立てて、ご機嫌斜めで帰るんだ。たいした見世物じゃないか!

アリョーシャ (突然立ち上がって)兄は病気なんです!せん妄症なんです。兄の言葉を信じないでください。

(カテリーナは、はじかれように席を立ったものの、恐怖に身じろぎもせず、イワンを見つめる。ミーチャも立ちあがり、ゆがんだ微笑をうかべてむさぼるようにイワンを見つめ、耳を傾ける)

イワン 安心してください、わたしは狂ってなんかいない、たんに人殺しなだけだ!人殺しに雄弁を求めてもだめですよ・・・

裁判長 証人、あなたのおっしゃることは不可解で、この席では許されないものです。できるならば、気持ちを鎮めて、もし、本当に言うべきことがあるのなら、話してください。あなたのその証言を、いったい何によって裏づけられるのですか?

イワン じつは証人がいないことが問題でしてね。まさか、犬畜生のスメルジャコフが、あの世から証言をよこすってこともないでしょうし。証人はいないんです、一人をのぞけば、ですが。

裁判長 その証人とは、だれです?

イワン 尻尾のあるやつですよ、裁判長。きっと、そのあたりにいますよ。ほら、そこの証拠品をのせた机の下あたりに・・・。ああ、何もかも実に愚劣だ!

(廷吏、飛んでいってイワンの腕を押さえにかかる。イワン暴れる。法廷大混乱)

裁判長 静粛に、静粛に!(廷吏に)この証人をどうして出廷させたのだ。

廷吏 一時間前に医師の診察を受けて、正常だったものですから。それに、証人自身がぜひとも証言したいと申しましたので。

(法廷、やっと静かになる)

カテリーナ (突然、泣き叫んで)わたしはもうひとつ証言しなければならないことがあります、今すぐ、今すぐに!ここに手紙が、手紙があります。手にとって読んでください。すぐに、早く!これはあの人でなしの手紙です。あの、人でなしの!父親を殺したのは、あの男です。すぐにわかります。あの男が父親を殺してやる、と書いているんです。

裁判長 カテリーナさん、気持ちを落ち着けてください。新事実が提出されたので、再訊問を行います。カテリーナさん、落ち着かれましたか?

カテリーナ 大丈夫です。十分お答えできます。わたしがこの手紙を受け取ったのは、犯行の前日です。あの人が料理屋「都」でこの手紙を書いたのはさらにその前の日のことですから、つまり、これは犯行の二日前に書かれ手紙なんです!

裁判長 (手紙をうけとって、書記に)読んでください。

書記 はい。「イワンさえ出かけてくれたら、きっと親父を殺す」などと書かれています。

裁判長 被告は、この手紙を書いたことを認めますか?

被告 ぼくのです、ぼくが書きました!酔ってなければ書かなかったでしょう!

検事 カテリーナさん、被告は、なぜあなたにこの手紙を書いたのでしょうか?

カテリーナ あの人は許嫁のわたしのことを憎んでいたからです。わたしに三千ルーブルの借金をしながら、あの淫売のあとにくっついて行かずにはいられなかったからです。

被告 そのとおりだ、カーチャ、この卑劣漢を軽蔑してくれ!おれはそうされても仕方ないんだ!

裁判長 被告に告げます。もうひとことでも言ったら退廷を命じる。

カテリーナ あの人はわたしにお金を返すつもりでいました。でも、あの売女のためにもお金が入用だったのです。現に、父親を殺しても、やはりわたしにお金を返さず、女を追ってあの村に繰り出していって、お金をみんな遊興につかって、そこで捕まったのですもの。この手紙、注意して読んでください。そのまま、計画書になっているんです!

裁判長 あなたは、どういう動機から、これまでこの手紙を、これほどの証拠を隠して、まるで違った証言をしていたのですか?

カテリーナ ええ、そうです、わたし、さっきは、嘘を申しました。名誉と良心にさからって、ずっと嘘をついていました。そう、わたしがお金を預けたのはあの人を試すためだったのです。あの人もそれがわかっていて受け取ったのです。ああ!あの人はわたしを、あのとき、お金のためにあの人の足元にひざまずいたときから、ずっとわたしを軽蔑していたんです!

被告 (突然叫ぶ)カーチャ! ぼくたちはいろんなことで、憎みあっていた。でも、ぼくは誓っていうよ。ぼくは憎みながらも君のことを愛していた。それなのに君はそうじゃないんだ!

カテリーナ あの方、イワンさんのことです。あの方はずっとご自分を苦しめてらしたんです。自分も父を嫌っていたし、死を願っていたかもしれないとわたしに告白して、お兄さまの罪を軽くしたいと望んでおられました。あの方は二度スメルジャコフのところにいらしたのです。犯人が兄でなくスメルジャコフだとしたら、自分も有罪かもしれないとまで、おっしゃいました。そう、とても深い、深い良心に苦しんでおられたのです。ここ数日は、わたしの家に座ってらしても、うわごとばかり言っておられました。昨日スメルジャコフが死んだことを知って、たいへんなショックをお受けになり、気が狂ってしまわれたのです・・・それもみな、その人でなしのせいですわ、その人でなしを救おうとなさってのことなんです!

(カテリーナはヒステリーを起こし、連れ出される)

グルーシェニカ ミーチャ、あの毒蛇があなたを破滅させたのよ!

(グルーシェニカはとり押さえられ連れ出されそうになったが、必死でミーチャの方にもどろうとする。ミーチャも叫び出し、彼女の方に突進しようとした。二人は押さえつけられる)

傍聴席のざわめき。

裁判長 静粛に!静粛に! 証人は、勝手に証言しないでください。泣き叫ぶのはやめてください。これで、すべての証人の尋問を終わります。休廷します。

休廷時間は約一時間。

その後、夜八時から検事論告。
弁護士の弁論。
被告の発言。

夜中の一時ごろ、陪審員が退席して休廷となる。

陪審員は一時間の協議の後、再び入廷。

裁判長 (最初のいちばん重要な質問)被告は、強奪の目的で計画的に殺害したのであるか?

陪審員長(一番若い官吏)はい。有罪であります。

(そのあとのすべての項目に対して、有罪ですという返事がくり返された。いささかの情状酌量もなかった)

被告(突然立ち上がり)神とその恐ろしい裁きにかけて誓います、父の血に関してはぼくは無実だ!カーチャ、君をゆるすよ!兄弟よ、友よ、もう一人の女性に慈悲をかけてやってください!

(第十二編 誤審 おわり)