下原敏彦の著作
熊谷元一写真集『黒板絵は残った』(下原敏彦編纂 D文学研究会発行/星雲社発売)2015.5



黒板絵の詩

しもはらとしひこ



わたしがこどもだったころ
エンピツもノートも貴重品だった
平らな地面が画用紙だった
小枝が絵筆のかわりだった

わたしがこどもだったころ
道路はあなぼこだらけだった
踏みならされた白い地面をさがして描いた
線を引くと黒い線がついた
かたい大地は上等のキャンバスだった
わたしは暗くなるまで土の上に落書きして遊んだ

まだチョークも黒板も知らなかった
七色のクレヨンは夢のまた夢
昭和二十八年
わたしは小学校に入学した
そしてはじめて黒板をみた
教室に入ったとき
いきなり目の前に広がっていた
それは誕生前の宇宙にみえた
新しい世界がはじまる
そんな気がした

わたしがこどもだったとき
黒板はあこがれだった
「さくら さくら」
となり組の女先生がきて黒板に字を書いた
暗黒の宇宙に星ぼしが生まれた
あんな黒板がうちにあったら
どんなにかすてきだろう
消しても消しても生まれる銀河


黒板は魔法の画用紙だ
あたまに浮かんだことを
あそこに描いてみたい
わたしのあたまは
その思いでいっぱいだった
それはほかのこどもたちも同じだった

休み時間
こどもたちは黒板にむかった
だれかがこっそり白墨の粉を指先につけた
こわごわとおもいきって線を引いてみた
丸い頭と尾を残して消えた
オタマジャクシのようだ
流れ星のようにもみえた

わーこどもたちは歓声をあげた
おもしろそうだ
こどもたちはいっせいに黒板に向かった


あこがれの黒板が自分たちのものになった
こどもたちは押し合いへしあい並んで
指に白墨の粉をつけて手をのばす
黒板は夜空となった
白墨の線は流星の雨
こながなくなった
こどもたちはつばをつけて描いた
川のような黒い線ができた

チャイムが鳴った
大変だ!
みんな大あわて てんでに
小さい手のひらでこすって消した
よけいに汚くなった
机につくと白く汚れまくった黒板が目につく

叱られるぞ
こどもたちはちじこまった
わたしも落書き仲間だ
心臓がどきどきした
ガラっと戸があいた
男先生が入ってきた

先生はちらっと黒板をみた
ああカミナリが落ちる
わたしはふるえあがった
目をつむった

わんぱくたちもそうおもった
教室はシーンとした
しかしいつまでも静かなものだ
こっそりうす目をあけてみる
男先生はせっせと黒板ふきで
黒板をきれいにしていた
先生は窓の外に手を出して
パンパンと黒板ふきをはらった

へんだぞ
怒っていないようだ
たいしたことではないのかも
まてまて安心するのはまだはやい
そのうちドカンと大爆発が・・・

ところが男先生はこんなことをいいました
「みなさん、黒板に描いてみたいですか」
ちょっとのあいだみんなぽかんとしていました
「描いてみたいですか」
たしかにそういったのです
なんにんかがおそるおそる手をあげました
「黒板になにか描きたい人」
男先生はこんどは力強くいいました
とたんこどもたちは
いっせいに手をあげました
わたしもあわてて手をあげた

「では休み時間、黒板をかいほうします」
「せんせい、かいほうってなんですか」
おりこうそうなこがききました
「じゆうに描きたいものを描いていいということです」
みんないっせににとびあがってバンザイしました
「でも、やくそくしてください」
男先生は大きな声でいいました
「黒板は仲よくつかうこと。まもれないととりやめます」
「はーい」こどもたちは元気にへんじした

最初にならんだのはわんぱくやすばしっこいこどもたちです
おとなしいこ のろまなこはうしろに立った
わたしは興味ない顔をしてとおくからながめた

こどもはあきっぽい
元気なこはすぐに校庭にでていった
のこったわんぱくは廊下で遊びはじめた
黒板があいた
わたしはおそるおそる黒板にちかづいた

ちびた白墨があった
つまんで描いた
白い曲線
おもしろそうだ
まわりをみた
だれもわたしのことなんかみていない
おもいきって描いてみた

なんの絵か自分でもわからない
でもそんなことはどうでもいい
わたしは夢中になって描きなぐった
この日から黒板はわたしの無限のスケッチブックになった
黒板さんありがとう