熊谷元一研究
熊谷元一研究 創刊号 特集:熊谷元一とはなにか ゼミU 2014
熊谷元一さんの偉業
永田浩三
私は現在、大学でメディア社会学科というところの教員をしているが、日本でメディア社会学の第一人者は誰かと問われたら、熊谷元一さんの名前をまずあげたい。熊谷さんは、長野県阿智村の出身。岩波写真文庫の「一年生」で知られる写真家で、童画家でもある。去年暮れ、101歳で惜しくも亡くなられた。
私は熊谷さんにぜひお目にかかりたくて、ご自宅に伺った1か月後の死だった。写真文庫「一年生」は、熊谷さんが小学校の教員をしていたときの作品だ。当時始まったばかりの校内放送の時間のことだ。5分後、10分後と、だんだん子供たちの集中力が途切れ、ざわざわし始めるようすを見て、熊谷さんはシャッターを切った。当時貴重だったコッペパンをまるごと頬張る少年や、あそびけんか、黒板いっぱいの落書きもある。どれも思わず微笑むものが多い。
熊谷さんは地域にも目を向けた。村がどうすれば豊かになれるか、社会学的分析を行い、その結果をもとに、村の人たちのアクションにつなげた。2つの地域でパーマをかけた女性の割合に差があることをつきとめ、現金収入と嫁の地位との関係について考察した。まるで宮本常一のようだ。
熊谷さんは退職後、東京・清瀬に移られたが、そこからまたなんと半世紀の長きにわたり、亡くなる少し前まで、写真を撮り続けた。年中行事だけでなく、空の雲が面白いかたちをしていたら、それも撮る。市会議員のポスターの変遷にも目を向けた。
すごいのは、当時の阿智村の一年生と60年にわたって交流を絶やさず、集まりをもったことだ。卒業生たちはみな熊谷先生を慕った。私も、直接いっぱいお話を伺いたかったが、それはもはやかなわない。熊谷さんが残されたとんでもない数の写真は、日本人がどのように生きてきたのかを考える上で、何より貴重な宝だと思う。ぜひ、その全貌を整理し、みなが共有できるようになることを願う。
永田浩三(1954年生まれ) 日本の社会学者・ジャーナリスト・武蔵大教授、元NHKプロデューサー「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」などを手がける。ETV特集『核をめぐる対話?大江健三郎・大石又七?』は、ギャラクシー月間賞を受けた。