日本大学藝術学部文芸学科文芸研究U 下原ゼミ


  熊谷元一とは何か 
『熊谷元一研究』創刊号に寄せて
 

2010年の晩秋、101歳で亡くなった熊谷元一は、生涯小学校の一教員だった。が、同時に写真家・童画家でもあった。写真家としては、山村の村人を70年近く撮りつづけたことで農村における記録写真の分野を確立した。童画家としては、風化していく山村の風習文化の伝承に貢献した。その前半生は、激動の大正、昭和のなかで時代に翻弄され変転を余儀なくされた人生だった。戦後は、民主主義教育の草創期にあって創意工夫の学校教育を試みた教師人生だった。退職後は、東京に居を移し写真家・童画家として活躍した。

熊谷は、自分の人生を三足のわらじを履いた人生に例えていた。教師・写真家・童画家である。どれも立派に履きこなした。熊谷の仕事は、観察し記録しつづけることにあった。真摯な努力と根気、深い愛着と熱い好奇心でもってひたすら長野県の一山村を70余年にわたって撮りつづけ、描きつづけた。そうして被写体の教え子を見守りつづけた。熊谷が撮った村人の生活、描いた童画、その人生で示した教育。そこには、時代や地域を超えた普遍の懐かしさがある。

2011年3・11の東日本大地震で日本人は、改めて故郷の大切さを知った。記録された熊谷の写真や童画には、失われた故郷の原風景がある。日本人が忘れてしまった何かがある。熊谷元一研究は、その何かを探り、これからの私たちの生活や教育に役立たせることにある。併せて熊谷の人生の謎にも迫りたい。私は、1953年に山村の小学校に入学した。担任は熊谷元一だった。恩師は、なぜ写真家にも、元々の夢だった童画家にもならず生涯一教師として学校教育に人生を捧げたのか。その疑問について、生前、なんどか尋ねたことがある。しかし恩師は、ただ黙して微笑むばかりだった。これからの研究で、明らかになっていければ幸いである。

最後になるが、私は熊谷の代表作品『一年生』の被写体である。勉強も運動も苦手な不肖の教え子だった。故に熊谷元一研究は、私に課せられた恩師の最後の宿題でもある。そう思って熊谷元一研究をはじめることにした。本誌の創刊号をスタートに、この研究誌を日本大学芸術学部文芸学科下原ゼミの学生たちと発行していく所存である。