文学の中の医学 F


詩集 病者・花 細川宏遺稿詩集
 
細川 宏(1922-1967) 著 小川 鼎三、中井 準之助 編  
現代社 1977年 

著者は東大医学部学生のころから将来を嘱望された稀代の秀才で、昭和28年東大助教授、37年、小川鼎三が定年退官したのち、39歳の若さで東大教授(解剖学)となった。しかし、わずか5年後、44歳の若さでがんのため死去した。2年間にわたる死への病床で綴られた詩の数々を、その死後、直接の師と同僚が編纂し、遺稿集として出版した。@ 長編詩「病者」A「花さまざま」(50編)、B「胸の水」その他(44編)、C 最後の日記の4部から構成されている。臨終の間際まで書き続けられた詩の数々には、病苦の率直な表現と一方でそれを医者として直視する現実感覚が交錯している。また、病床に届けられた花々に寄せるまなざしには、最後まで失われることのなかった精神のしなやかさ、ユーモア、他者への思いやりがあふれている。日野原重明氏、日本内科学会をはじめ、現在でも推奨されることの多い一冊である。
                                   

しなう心 しゃぼん玉
       
苦痛のはげしい時こそ
しなやかな心を失うまい
やわらかにしなう心である
ふりつむ雪の重さを静かに受けとり
軟らかく身を撓めつつ
春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて
じっと苦しみに耐えてみよう
僕の身体が
七色のしゃぼん玉にかわって
空気中をふわふわただよいながら
ボシャンボシャンと消えていったら
さぞ楽だろうな



ききょう (さみだれききょう)


ききょうの花がひっそりと静かに咲く
その淡い紫の五弁の花を
病床の僕は黙ってみつめる

長い無言の時が過ぎる


ききょうの花が
愛情のこもった口調でそっとささやく

いたわりと励ましの言葉である
「勇気を出しなさい
へこたれてはだめですよ
さあ、元気を出して 元気をだして」

僕はちょっととまどって眉をひそめ
やはり黙ったまま
今度は少し照れて顔をしかめる
静かなやすらぎと憩いがその心を満たしている

ききょうの花は相変わらず
ひっそりと静かに咲いている