文学の中の医学 G


それでも人生にイエスと言う
 

V.E.フランクル 著 山田邦男、松田美佳 訳  
春秋社 1993年 1,700円 


『夜と霧』(原題:『強制収容所における一心理学者の体験』)の著者であり、実存分析(ロゴセラピー)の創始者であるフランクルが、アウシュビッツから解放された翌年にウィーンの市民大学で行った三つの連続講演を収めたのが本書である。解放後の生々しい体験を、これまた精神的混乱の最中にある一般市民に向けて、平易なことばで情熱的に語りかけている。



私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが私たちに問いを提起しているからです。私たちは問われている存在なのです。人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない、答を出さなければならない存在なのです。
人生が出す問いは、瞬間瞬間、その人その人によってまったく違っています。生きる意味の問題は、まったく具体的に問われるのでなければ、誤った取り上げかたをしていることになります。それは、具体的な「ここと今」において問われるのでなければなりません。

第二章の「病を超えて」の中で、ある若い男性の素晴らしい業績が語られています。(一部省略)

彼は多忙な広告デザイナーでした。ところが、悪性で手術もできない重篤な脊髄腫瘍のため、手足は麻痺し、それまで彼の人生を意味のあるものをしていた活動的な生活ができなくなりました。この人はどうしたでしょうか。病院で横になって、猛烈に読書に取り組みました。ラジオで音楽を聴き、他の患者さんひとりひとりと活発に会話をかわしました。
こうして彼は自己のうちに精神的な世界を取り入れることによってそれでもなお人生を意味のあるものにし、人生が出す問いに答えたのです。ところが病気が進行して、書物を手にすることができなくなり、ヘッドホーンの重みにも耐えられなくなり、他の患者と話すことも困難になりました。こうしてこの人はまたもや方向転換を強いられたのです。創造的な価値実現の世界からも、体験によって価値を実現する世界からも去らなければならなかったのです。それが病気に制約された人生最後の日々の状況でした。けれどそういう状況でもまだ、意味を手に入れることができたのです。まさに、そういう状況に対して彼がとった態度によって、「人生の問い」に答えることができたのです。彼は自分の命があと数時間しかないことを知っていました。私(フランクル)はちょうどそのとき、その病院の当直医としてこの人の午後の回診をしなければなりませんでした。ベッドのそばを通りかかったとき、彼は私を呼び寄せ、苦労しながらこう伝えました。

「午前の病院長の回診のとき聞いて知ったのですが、G教授は私の死ぬ直前の苦痛を和らげるため、死ぬ数時間前にモルヒネを注射するよう指示されたのです。私は今夜でおしまいだと思います。だから今のうちに注射をすませておいてください。そうすればあなたも宿直の看護婦さんに呼ばれ、わざわざ私のために安眠を妨げられずにすむでしょうから」と。

この人は人生の最後の数時間でもまだ、まわりの人を妨げずにいたわろうと気をくばっていたのです。まぎれもなく死ぬ数時間前のことです。ここに素晴らしい業績があります。職業上の業績ではないにしても、人間らしい無比の業績があります。この人が今でも現役で職業活動を送っていたら、もっとすばらしい広告デザインを発表できたでしょう。けれども、どんなすばらしい広告デザインも、世界中で一番立派な美しい広告デザインもこの人が死ぬ数時間前のふるまいに現れている業績にはかなわなかったでしょう。人間はあらゆることにもかかわらず、困窮と死にもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命のもとにあったとしても、人生にイエスと言うことができるのです。