文学の中の医学 L


心を乗っとられて ある精神障害者の手記

森 実惠 (もり みえ)潮文社 2002 

著者の森実惠さん(仮名)は33歳まで夫と二人の娘と幸福で平凡な生活を送っていました。ところが、義父の死をきっかけに精神分裂病を発症、その後の12年間を精神病者として生きてきました。3度にわたる自殺未遂、離婚、15回以上の転職、坂道を転がるように人生は反転していきました。その中でかろうじてブレーキとなったのが、「詩を作ること」だったのです。本書の大部分は詩から成り、著者自身の手になるカットがそえられています。「精神分裂病」から「統合失調症」と病名が変わり、病気そのものも、医学の進歩により改善されました。けれども、人々が抱く意識は十年前とあまりかわりません、この詩集によって世間の人に精神病者の現状を少しでも理解して欲しい、そう森さんはうったえています。

小さい心 弱い心

小さい心 弱い心で
よかったね
人に迷惑かけること 少ないでしょう

小さい心 弱い心に
ありがとう
人に恋人とられても
人の恋人、とることないでしょう

小さい心 弱い心に
感謝
人にだまされても
人をだますことないでしょう

小さい心 弱い心に

人に裏切られても
人を裏切ることないでしょう

世界中の人が
小さい心 弱い心の持ち主ならば
戦争はないでしょう
犯罪もないでしょう
みんなが小さくて平凡な
小さくて幸福な生涯を
静かに平和に送るでしょう
限りなく死に近い生


限りなく死に近い生を
二十年近く生きてみるがいい
自分が、人間でなく
限りなく、犬畜生に近づいた
限りなく死に近い生を

二十年近く生きていると
万物の霊長である人間の気持ちよりも
むしろ、ふみにじられたゲジゲジや
踏みにじられた雑草や
叩きつぶされた空き缶や
投げ捨てられた紙くずの気持ちの方が
よく わかるようになってくる

私たちの生は より地面に近い
私たちの生は より土に近い
高みにいる高貴な人間たちよ
限りなく死に近づいた生は
閉鎖病棟の中にある
虫けらや紙くずやゴミための気持ちが
そこにはある