文学の中の医学 M


読書の秋に - 神谷美恵子をめぐって  

秋の夜更けのしみじみとした読書にふさわしい3冊をご紹介します。3冊ともに、ハンセン病と向き合い「なぜ、わたしたちでなくあなたが? あなたは代わってくださったのだ」と書いた聖なる人、神谷美恵子に纏わる本です。1冊目は本人の著作で後の2冊は著作の中で紹介されている無名の詩人の作品集です。
 
極限の人 − 病める人とともに
 
神谷 美恵子 著 ルガール社 1973

本書の第一部は「極限状況における人間の存在−癩療養所における一妄想症例の人間学的分析−」という論文です。論文なのに、まるで一篇の美しい物語を読むようです。妄想のある一人のらい患者が主人公。「じつにいい奴」「何か気高いところを持った性格の持ち主」「変り者だけど人格者」と友人たちから一様に尊敬されているこの人物の唯一困ったところと言えば、まったく医療を受け付けないこと。「治療を受けるな」という神の声が聞こえるからというのがその理由。一方で人がいやがる労役はすすんでおこなうのでした。第二部はらいと精神障害の両分野にまたがる随筆が収めてあります。
 
光る砂漠 − 第一に死が

矢沢 宰 著 沖積舎 1995

著者は八歳で腎結核と診断され右腎臓摘出手術。十二歳で左の腎臓にも結核発病。病院に付設された養護学校を経て県立高校に入学しますが、再発し復学を夢見ながらも昭和41年、21歳で永眠。14歳ころから日記と詩作を開始。

死後ベットの間から発見された絶筆

小道がみえる、白い橋もみえる
みんな 思い出の風景だ
然し わたしがいない
わたしは何処へ行ったのだ?
そして わたしの愛は?
 
島の四季 志樹逸馬詩集

志樹 逸馬 著 編集工房ノア 1984

著者は13歳でハンセン病と診断され、多摩全生病院に入院。3年後に神谷美恵子が診療していた長島愛生園に移ったころから詩作を始めた。

  種 子

ひとにぎりの土さえあれば
生命はどこからでも芽をふいた
かなしみの病床にも
よろこびの花畑にも
こぼれおちたところが故里