ある医学図書館員の軌跡
医学図書館 42(4) 1995.12



分室のジレンマ
 病院図書室の場合


1.分室の位置づけ


東邦大学医学部図書館には分室が二つある。大橋病院図書室と佐倉病院図書室である。それぞれ、目黒区大橋、千葉県佐倉市にある付属病院の中に設置されている。ただし、組織機構上は病院に属さない。大田区大森の医学部キャンパスにある東邦大学医学部図書館の分室である。図書室の管理、運営、予算、人事これらすべて医学部図書館の管轄下にある。医学部図書館から出張して窓口業務を遂行しているかたちである。分室司書は医学部図書館員の一員であり、病院の職員ではない。このような立場の職員は病院の中で私一人である。

分室のメリットははっきりしている。本館の強力なバックアプが受けられること。日本医学図書館協会加盟館としての恩恵が受けられること。この二つである。分室はその規模、業務、サービスにおいて、他の病院図書室とそれほど違いはないと思う。ただ、情報社会を先んずるための重要な要素、ネットワークとシステムに関しては、有利な立場にいるかもしれない。もっとも、近年、病院図書室ネットワークのひろがりと活動はめざましく、また日本医学図書館協会もその門戸を広げているから、その点では第二のメリットは小さくなりつつある。

2.本館との人間関係

分室の最大のメリットは本館からの支援につきる。もっとも顕著なのが文献複写申込みである。ちなみに1994年度の文献複写申込みは4,666件でそのうち2,699件が本館、435件が大橋図書室、学外申込みが1,532件であった。申込の方法と手順の標準化および簡略化は本館スタッフの知恵と創意の結集で、申込む側の便宜が最大限計られており、とてもありがたい。文献申込み方法はいたって簡単で、利用者が記入した分室の文献複写申込書をそのままFAXで送る。本館では受信した申込書に複写金額を記入し、複写物に添付して分室に送付する。複写物は週2回本院と分院の間を往復している連絡便(車)で届けられる。図書や雑誌の現物を届けてもらうこともできる。昨年は50冊貸出を受けた。OPACが実現すればもっと増加するだろう。

とにかく本館の存在は大きい。だから本館とのコミュニケーションが非常に大切になる。これが分室司書にとってもっともリアルな問題だと思う。ありがたいことに、私は本館に長く勤務してから分室に移動した(移動して4年になる)。本館の建物、施設、雰囲気にはなじみがある。図書係、雑誌係、カウンター係を経験したので、業務内容も知っている。もっとも最近の二年間で機械化が急速に進んでいるので、本館のスタッフの仕事も大きく変化してきている。頭では理解できても具体的なイメージがつかめなくなった。これは不安の一つになっている。

本館スタッフの多くはかって一緒に働いた親しい仲間だ。これが私の宝であり最大の強みでもある。これがなかったら、利用者へのサービスの幅はかなり狭くならざるを得ないだろう。背後に本館スタッフのたのもしい支援をいつも感じているから、「ありません」「できません」「わかりません」を言わないでいられるのである。今後、コンピュータ・ネットワーク計画のもとに本館と分室のシステム化が着々と進められて行くだろう。こういう時期に私はあえて、分室業務を支える上でもっとも重要なのは、本館スタッフとの"人間関係"であると言いたいのである。私自身まぎれもなくこの人間関係に支えられて、日々の仕事を行っている。

3.組織機構のジレンマ

分室の最大のメリットは医学部図書館の分室という組織機構に由来する。しかしながら、一方で最大のデメリットは病院組織に属さないという事情に由来しているのである。このジレンマが分室の最大の問題点だが、これはのがれられない分室の宿命であろう。このジレンマは分室の将来像を考え始めるとより顕著になる。

当図書室の面積は70uだが、四年目にして当初の予定どおり書架が満杯になり、その対処が急務になってきた。図書室の問題を検討する場として、病院内の委員10名(医者6名、看護婦1名、薬剤師1名、事務職員1名、分室司書1名)から成る図書室運営委委員会があり、一年に一回開催している。利用状況の報告と図書予算の当年度購入計画に加え、毎回提出している議題が「書架スペースの確保ならびに図書室の拡張について」なのである。

とりあえずの収納問題も急務には違いないが、私としてはそれよりも図書室のあり方や将来のビジョンについて根本的な議論を展開して欲しいと思っている。しかしなかなかそうした気運が生まれない。図書室が病院組織に属さないことが影響しているのだ、と本館から離れている心細さも手伝ってついひがんでしまうことも、時にはある。しかしながら、私には利用者という変わらぬ味方がついているのだ。彼らの学習・研究への意欲と図書室に対する熱い要望が図書室の将来に反映されないはずはない。病院図書室はそうやって自然に発展してゆくものだと楽観的に考えている。

4.分室の将来像−機能か場所か

正反対の二つのタイプの分室の将来像が思い浮かぶ。一つは情報収集機能を重視した情報図書館。現代はパソコンで簡単に膨大なデータベースにアクセスできる時代である。本館のデータベース構築とLANによるネットワーク化の実現も遠くない。そうなれば、パソコン端末機とファクシミリだけで、文献検索と本館の窓口業務が可能になる。資料の収納に四苦八苦するより、パソコンを主役にした情報図書館の道を選ぶのが賢明な選択かもしれない。

さて、もう一つのタイプは居心地を重視する図書室である。ここで重要なのは場所である。ゆったりとした閲覧スペース、居心地のよいレイアウト、明るく落ちついた雰囲気、座り心地の良いソファー、一人用のキャレル、そして愛想の良い若いかわいい司書がいれば完ぺきとなる。分室を機能と捉えるか場所と捉えるかは先にのべた組織機構のジレンマとも関わりがある。機能は本館に依存し、場所は病院に依存する。さて利用者はどちらのタイプの図書室を望んでいるのだろう。また分室司書の活路はどちらに見いだされるのだろう。

もっとも情報図書館には不安材料がある。パソコンが普及した昨今では、研究室や自宅のパソコンからインターネットに入ることもできるし、MEDLINEの文献検索もできる。個人のレベルで情報収集機能を持つことができるのである。本館ともダイレクトに通信できるようになれば、分室の取次ぎも必要なくなる。こうなると分室の存在意義はなくなるし、図書館員もいらなくなる。(かなり極論だけど)。

本音を言うと、私は機能重視で論じられがちな図書室の場所としての復権を望んでいるのだ。人間にとって情報も大事だが、場所はもっと大事だと思う。分室司書は情報収集機能に長けたプロであることが要求されるが、それと同じ位居心地のよい雰囲気づくりに心を配るサービスのプロとしての自覚も必要だと思う。若くもかわいくもない私としては、せめて親切だけは心がけなければと常日頃自分に言い聞かせている。(これが案外しんどい)。 機能と居心地のよさを兼ね備えた図書室が分室の理想像であることはいうまでもない。