ある医学図書館員の軌跡
図書館ニュース No.276  1996.1



インターネット時代の病院図書室


お正月に親戚と会った時、インターネットを使っているとつい自慢気に口にしてしてしまいました。使っているといったって、電子メールとたまに電子ニュースを読む(それも日本語)だけ。インターネットの世界はまだまだ扉のむこうです。海外旅行もしたことがないし旅客機にも乗ったことがない私には、コンピュータネットワークが世界中を一瞬で結びつけるなどと言われても、すごいというよりなんだか恐い感じがします。有識者はインターネットのことを大航海時代や産業革命に匹敵する世界規模の革命であると言っています。それを聞くとますます不安になって、どこか山奥にでも隠れたくなります。そこで死ぬまで一冊の本だけを読んですごしていたいと思ってしまいます。

こうしている間にも巨大な情報空間が急激に増殖し、その中で実際には会ったこともない人同士がコミュニケーションを交わしています。予測のできないもう一つの地球を人類は作りあげようとしています。モノであふれかえった現代の日本。情報もモノのように量ではかられ、値段がつけられます。本当に知りたいことは別にあるような気がするのですが、それが何なのかわからなくなっています。人類がインターネットに託す夢とは何でしょう、思い描く未来とはどのような世界なのでしょうか。そこでは本当の自由と安全が保証されるでしょうか。差別がなくなり、弱者が幸せになれるでしょうか。人々のこころが結ばれ、共感が生まれるのでしょうか。

新年早々、図書館員という情報の水先案内人でありながら、泣く子も喜ぶ天下のインターネットに疑問を呈するなどという大胆不敵。いったいどうしたのでしょう。そのこころは、@天の邪鬼根性で流れに竿さしてみたかった A本音を言えばパソコンが苦手なので、その口実にしたまで。実際こういう人にかぎってちょっとでも体験すると、あっというまに「伝導者」になってしまうそうです。現に田舎の親戚に自慢したくらいですから。

さて、(急に医学図書館員の顔になって)新年初頭にあたり「コンピュータネットワーク時代における佐倉病院図書室の役割」について考えてみることにしましょう。医学部図書館の分室とはいえ、むしろ分室だからこそコンピュータネットワークに一層の関心をはらい、乗り遅れないようにしなければいけないし、それによって積極的に存在をアピールする必要もあるわけです。

医学部図書館では1994年からMEDLINEのネットワークによる提供とインターネットのゲイトウエイサービスを始めています。ID登録者もだんだん増加しているようですが、佐倉の利用者が少ないのは私のPR不足ではないかと少し反省しています。もっとも、まだ通信環境が充分ではないということもありますが。先日、医学部図書館が行ったID登録者へのアンケートの中に「ネットワーク上でやりたいこと」という質問がありました。その回答の中に「文献複写申込をネットワーク上でやりたい」「医学中央雑誌もネットワーク上で検索したい」という回答があって、なるほどと思いました。どちらも遠からず実現できそうな感じがします。MEDLINEはすでにネットワークで提供されていますから、この二つが実現したあかつきには、図書室利用者のみなさんは文献検索と文献複写申込みをご自分のパソコンでできるようになります。

ところで、この二つの業務は現在図書室サービスの二本柱です。これが資料の乏しい分室の存在理由であり、また分室司書として私の誇りを支えてくれているのです。分室司書としては仕事がなくなってしまうわけで、これは一大事です。今後の活路をさがさなくてはなりません。ひと昔前の田舎の公共図書館の受付係のように本の番人にもどるのも悪くはないなあ、そうだ、いっそのこと、管理のめんどうな図書や雑誌を買うのはやめにして図書室を喫茶室にしましょうか。そこに勝手に使えるパソコンを数台設置してイギリスのパブのような雰囲気にします。私の仕事はといえばおいしいコーヒーを入れること。もちろんご要望があれば検索の指導もします。コーヒーのおいしい入れ方をマスターすることを今年の目標にしなくては。

インターネットはまるで魔法のランプのようです。ちっぽけなパソコンをデパート、学校、会社、会議場、遊園地、美術館そして大図書館にも変えてしまいます。けれど図書館の雰囲気や居心地は作ることができません。コーヒーサービスはともかく、私は病院図書室はまずは居心地のよい場所であって欲しいと思うのです。病院にはそういう場所が必要ではないでしょうか?

昨年末、わが家の大掃除は結局さぼってしまいましたが、図書室は模様替えを実施しました。70uの広さのマッチ箱を横にふたつ並べたような細長い部屋で、居心地のよいコーナーづくりが難しいのですが、パソコンや閲覧机の向きを変えたら以前よりはずっと感じがよくなりました。スウェツの新しいオレンジ色のポスター(グランマ・モーゼスの絵)を貼って新年の雰囲気になったとご満悦の私です。みなさんぜひいらしてください。

佐倉病院と同じく佐倉病院図書室も今年で5周年を迎えます。資料のない図書室で、まがりなりにもサービスができたのは東邦大学図書館ネットワークのおかげです。図書館スタッフのみんさんとの人的ネットワークがとりわけありがたくいつも感謝しています。また2度の入院で患者として佐倉病院にお世話になりました。そのおかげで病院のさまざまの部署を知りいろいろな職種の方と出合うことができました。貴重な体験でした。はげましていただいた皆さんへの恩返しのためにも少しでも診療や研究のお役に立ちたいと思っています。また、病院で出会った患者さんたちをはじめ病気に苦しむ多くの人々のことをいつも考えながら日々の仕事をしたいと考えています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。