ある医学図書館員の軌跡
日赤図書館雑誌 12(1):19-22 2005



医師の臨床研修と図書室 
−東邦大学佐倉病院図書室の場合−


はじめに


近年、病院図書室が注目される機会として@病院機能評価受審 A患者図書館の開設 B卒後臨床研修必修化 の3つがあります。そのために専任司書を雇用した病院の話もめずらしくはありません。こうした機会に直面したら積極的に関って医学図書館員としての専門性をアピールしていきたいものです。2004年4月より必修化となった卒後臨床研修において、図書室にどのような役割が求められているのかを東邦大学佐倉病院図書室を一つのモデルとして考えてみたいと思います。

卒後臨床研修カリキュラム

サービスの鉄則は相手を知ることです。『臨床研修指導医のためのポケットマニュアル』(2005 第一製薬企画 羊土社)は指導する側のために作られたマニュアルですが、新制度で研修医に課せられた研修や課題を知るのに役立ちます。かいつまんで項目を上げてみましょう。

@リスク・マネジメント A医師としての心得 B医療面接 C身体診察 Dプレゼンテーション E各種書類の書き方 F医療を取りまく問題の認識 G医療チームによる心肺蘇生法 H感染症対策 Iクリニカルパスの考え方と実践 J救急の研修 KEBMの検索と実践 

各科の研修期間は2年間で、内科6カ月、外科および救急(麻酔科含む)6カ月、小児科、産婦人科、精神科および地域保健・医療をそれぞれ1カ月以上ローテーションすることが求められています。

国が定めた病院図書室の役割

厚生労働省が定めた「臨床研修指定病院施設基準」の中に「臨床研修に必要な施設」として「インターネット環境が整備されていて、Medline等の文献データベース検索や教育用コンテンツの利用環境等が整備されていること」とあります。施設名は上げられていませんが、その役割を適切に担えるのは図書室以外には考えられません。

オリエンテーション

私の勤務する病院は大学病院なので、新制度以前から毎年10名前後の研修医を受け入れています。新制度になってもその数に大きな変動はありません。しかしながら、オリエンテーションは2日間から10日間に拡大され、図書室の持ち時間15分から1時間に増えました。図書室の利用説明だけで終わっていたのが、文献検索実習の時間が取れるようになりました。とはいえ、連日のオリエンテーション疲れの見える研修医に1時間の説明で「図書室の重要性」を認識してもらうことはとうてい不可能です。そこで、今年から説明だけに力を入れるのはやめて他の工夫を考えることにしました。

24時間開館

日中、まとまった時間を図書室ですごす余裕のある研修医は少ないでしょう。文献を調べたくて図書館に足を運んでも、閉館していたらやる気も失せしまうかもしれません。当図書室は24時間利用できる体制をとっています。たとえ夜中でも文献データベースにアクセスできます。パソコンの側には箇条書きの「簡単検索手順」を常備しました。閲覧机には当日の新聞とキャンディーを。図書室独自のエアコンも設置してあります。また、奥の書架には、医学関連の一般書500冊とマンガ『ブラックジャック全24巻』と『ブラックジャックによろしく(継続中)』がならべてあります。

臨床研修医ライブラリの設置

当図書室の蔵書は約3000冊ですが、その中から臨床研修医・指導医に利用されそうな図書を一ヶ所に集めました。書架1連分です。医療倫理、医学教育、医学統計学、EBM、診療ガイドライン、外来診療、臨床研修マニュアルなどに関する本です。その下には、一般的に利用の多い『今日の治療指針』『今日の診断指針』『日本医薬品集』。医学辞書、語学辞書も近くに置きました。

基本図書と和雑誌特集

東邦大学医学メディアセンターで毎年発行している「学習用指定図書」は、図書室の収書のための大切なツールです。特に学生の必読指定図書とされている基本図書は予算の許すかぎり購入するようにしています。医学生時代になじんでいるせいか、研修医に人気があります。和雑誌特集も活用されやすい資料です。特集名から検索できるデータベースを提供していますが、直接書架に行って関連雑誌の背表紙から探し出す人が多いようです。ちなみに当図書室では製本していません。

簡単マニュアルの作成

よく聞かれることがらや説明の必要なことがら、文献検索手順などはなるべく文書にまとめておくことにしました。口頭説明より好まれるし、夜間の利用にも対応できます。一枚物の説明書を作成し、複数コピーして常備しておくと同時にホームページにも掲載しています。以下、文書例。

・図書室を上手に利用するために
・文献検索簡単手順(PubMed、医中誌Web、Web of Science、JCR )
・EBM検索手順(PubMed、Cochrane Library))
・ 電子ジャーナルを簡単に見つける方法

EBM検索への導入

2000年2月、厚生科学研究費補助金(医療技術評価総合事業)「EBMを支えるリサーチライブラリアン養成のための研究」班が開催したワークショップに参加しました。始めて聞くEBM、リサーチライブラリアンということばにとまどいを感じながらも、医学図書館員が医療行政に関る役割を求められていることに興奮を覚えたものです。それから5年、今やEBMは医学図書館員の常識と受け取られています。EBMを医療行為実践のための有効な「道具」にたとえるなら、この道具を医療者に使ってもらうようにPRすること、また、直接手渡すのが医学図書館員の役割と考えられます。当然のことながら、EBMの実践は臨床研修の重点項目の一つで、そのためには文献検索技術の習得は必須です。習得のチャンスは「必要に迫られたとき」。その時試して成果が得られたらその快感はやみつきになること請け合いです。「必要に迫られた」研修医をみかけたらEBMに引き入れるよう働きかけましょう。当図書室でEBM検索に役立つツールとして提供・紹介しているのは、Cochrane Library、PubMed(Clinical Queries)、医中誌Web、診療ガイドライン などです。数多いEBM関連図書の中で以下の2冊は医学図書館員向きだと思います。また、医学図書館員による啓蒙的な論文も発表されています。

○図書館員のためのEBM入門 山本和利著 日本医学図書館協会 2001 2000円
○EBMキーワード 名郷直樹 著 中山書店 2005 1800円

図書室で医学新刊書販売

毎週木曜日の午後3〜5時の間、出入りの医学専門書店が図書室の閲覧テーブルに医学新刊書をならべ即席書店を開きます。たいへん好評で、すでに10年間続いています。図書室本来のサービスではありませんが図書室のPRに一役買っていることは確かです。当日は普段より入館者が多く、特に研修医は連れ立って来て指導医や先輩から薦められた本や図書室にある本を自分用に買ったり注文したりしています。図書室にとっても収書のための願ってもない機会です。居合わせた医師に中身を見てもらいその場で購入することもあります。普段は静かな図書室もこの時間だけはにぎやかなひと時となります。

ホームページの活用

2001年1月22日に図書室ホームページを開設しました。以下の3つを目的としました。
@病院教職員に図書室およびインターネットを有効に利用してもらうために 
A地域の医療者、患者、住民が医学専門情報を探すための糸口となるように 
B病院図書館員の日常業務に役立つリンク集として

以下のメニューがあります。

@佐倉図書室情報:利用案内、新着情報、図書室通信エッセイ、耳より情報、検索手順 他
Aおすすめリンク集 「医学文献サーチのために」「診療に役立てるために」
BYASUKOのページ 「ぶんがくの中のいがく」「ある医学図書館員の軌跡」など。
Cピックアプサイト 図書室の日常業務でよくつかうWebサイト表

読書のすすめ

毎年、わずかな予算ながら医学関連の一般書を収集してきました。現在500冊(書架2連)あります。小説、詩、闘病記、体験記、医療問題関連書、などです。書評などを参考にしながら良書の収集に努めています。「限られたられた時間の中で患者さんからいかに多くの情報を得ることができるか」これが医師の腕の見せ所ですが、それは身体的所見だけでなく患者さんの気持を理解することも含まれています。人間観察や人生経験の機会が得られる点において医師ほどめぐまれた職業はそうありません。どんな人でもいつかは必ず体験する老いや病や死について学ぶ学校に毎日通っているようなものです。それを意識するかしないかで、医師としての価値観や生き甲斐に大きな違いが出てくると思います。読書はそのような気持を自然に育ててくれる手短な方法の一つです。医師の卵のころからに読書の習慣をつけて欲しいと願ってホームページに以下のページを作りました。

@新着書紹介:主に一般書を紹介しています。
A文学の中の医学:医学・医療のテーマに繋がる文学的作品を紹介しています。 
B医療者の皆さまに読んでいただきたい本:当図書室の蔵書から選んだリストです。

おわりに

現在、当院では新制度のもとに22名の研修医が育ちつつあります。研修後、彼らがどのような選択をするかわかりませんが、どこへ行っても活用・応用できる情報検索技術と図書室体験を伝授すること、それが図書室に求められている課題だと思います。