ある医学図書館員の軌跡
第10回医学図書館員研究集会論文集 1975



医師の要求と医学図書館


1.医師は医学図書館を信頼しているか。


医師は医学図書館に何を望んでいるのだろうか。具体的にはいろいろあげられるだろうが、その前に医師と医学図書館との関係について考えてみたい。 医師が医学図書館に何を望むか、ということが重大なテーマになるのは、医師に対する個人的、社会的要求が他のどの職業にもまして強いからである。人の生命にかかわる職業であってみれば当然である。医師はこの要求に応えるべく努力しなければならない。そのために学習し、研究をする。では、医学図書館はどうすべきか。医師の要求に応えるべきである。あたりまえのことのことだが、これが忘れてはならない出発点なのだ。「はじめに建物ありき」といったイメージの強い図書館ではともするとこの初心を忘れそうになる。医師は人々を癒し、生命を救うためにこそ、学習し研究をするのだから、医学図書館としては医師から多く要求されることを喜ばなければならないし、それどころか、もっと利用してください、要求してください、と言うべきなのである。しかしながら、一つ気になることがある。というのは、医師はいったい医学図書館をどう思っているのだろう?ということなのだ。要求するには信頼が前提になるが、医師は医学図書館もしくは医学図書館員を信頼しているだろうか。信頼までいかなくとも好意的にみているだろうか。またどのくらいの認識をもっているのだろうか。これは具体的な要望をうんぬんする以前の大問題だと思われる。

2.例えば開館時間の延長

具体的要求の一例として開館時間への要望がある。現在、日本医学図書館協会加盟館の中でもっともおそくまで閉館しているところでも午後8時までである。アメリカの医学図書館の事情を知っている利用者が口をそろえて感心するのはその開館時間の長いことである。平日で8:00−12:00 Midnightが一般的であるというから、資料が充実しているとか、館員が有能だとかいう以前にまずうらやましいと思うのは当然だろう。必要なときにすぐ利用できること、これがなんといっても先決なのだ。その上である程度の資料が備わっていれば、それだけでも重宝であるという印象は与えるだろう。深夜まで明るい図書館の窓のイメージはたのもしくなつかしい。しかし今の日本の医学図書館はこのもっとも素朴で具体的な要求にも応えていない。もちろん難題があることは確かだし、医師の側の要求も全体としてはまだそれほどでもないということもあるかもしれない。しかし方向としてはそうあるべきなのである。深夜営業をしなければ収益があがらないとわかればそうするのが当然なのである。開館時間を延長し、資料を整えただけではもちろん十分ではない。次が本番、有能な医学図書館員の登場である。

3.医学図書館員は全員が窓口

医学図書館員は自分が窓口であるという意識をもつことが大切なのではないかと思う。窓口といっても貸出や出納の窓口だけではない。情報提供とレファレンスの窓口なのである。カウンターだけが窓口なのではない。業務内容にかかわりなく図書館員は全員が窓口なのだ。窓口には「わかりません」という返事はありえない。何らかの回答が必ずあるはずだ。もちろんその回答にはピンからキリまであるわけだが、何かの返答が必ず聞けるということは、信頼への最低条件だろう。

4.医師はどうやって医学情報を得ているか

医師は医学情報をどうやって得ているのかを知ることから始めよう。図書館で文献検索をするというのは少数派である。多いのは、先輩から聞く、雑誌の孫引き、身近にある本や和雑誌特集記事、Reprintの交換、等。Index Medicus の存在を知らない医師も少いとはいえない。このような医師が医学図書館員の存在を意に介さないのも無理はない。自分なりの検索方法を持ち、文献カードを作成するなど、文献整理の方法を工夫している医師もいる。こうした医師は図書館をよく利用するお得意様なのだが、こういう利用者でさえ図書館に対して消極的な要求しかしない。しないというよりできないと思っているという方が正しいかもしれない。医学図書館に対する認識不足とばかりは言えない。図書館の意義を充分に認めてはいても利用して満足せず、かといって期待もしないとしたら、これはどうしたって医学図書館員のせいである。図書館員の顔が開かれた窓口ではなく閉ざされたドアに見えるからである。その閉ざされたドアの背後には医師にとって、ひいては患者にとって宝物の情報がひかえているにもかかわらず。文献検索の方法、便利なレファレンス・ツール、雑誌に関する情報、文献の整理方法、こういったものは医師にとって必須の情報である。医学図書館員が、日常的に扱っているこれらの情報の入手方法を医師が知らないとしたら問題である。医学教育にも問題がある。学生時代に「医学情報学」といった類の科目が必須須課目として修得していたなら、その後の文献検索に要する時間は、はるかに短縮されたはずである。医師の時間のロスは個人的ロスにとどまらない。社会的損失である。

5.相互理解への道

医学図書館界では図書館相互の交流や協力については比軟的注目され、努力もはらわれている。しかし、実際に接する利用者であるところの医師との交流の方は、それほど問題にされない。相互の理解が足りない。医学図書館員は医学界の状況やトピックに注意すべきだし、同様に医師は医学図書館界の情報やその動向を自分たちに関係のある情報として関心を持つようになるべきだ。相互の交流をはかるものとして雑誌という手段がある。医学図書館関係者むけに発行している雑誌『医学図書館』を医学界においてもポピュラーな雑誌に変貌させることはできないだろうか。医師にとって有益な情報が掲載されているにもかかわらず、まったく読まれていない。医師に記事を執筆してもらうとか、彼らに向けた記事を掲載するとかの工夫をすれば注目されるようになりはしないだろうか。雑誌が医師と図書館との情報交換の場になればよいと思う。また、医学図書館を利用できない地方の医師や開業医に、雑誌を通して有益な情報を提供したり、啓蒙的な働きかけしたりすることも医学図書館員の役割だと思う。