ある医学図書館員の軌跡
東京大学先端科学技術研究センター「医療政策人材養成講座」受講申込みに添付した小論文
(2005年8月。受講は許可されなかった)



医療はどう変わるべきか。
〜医療政策への期待 医学図書館員より

下原康子(東邦大学佐倉病院図書室)


医学図書館員である私の「主な立場」は何だろう、としばらく思案し、「医療提供者」を選びました。実際に医療を施す立場にはなくても医療において欠かすことができない「医学・医療情報」を提供する立場にあると考えたからです。

「病気に関する情報」のイメージはそれこそ人によって千差万別です。一般的には、医師の説明、カルテの記載、病院のパンフレット、病気のパンフレット、本・新聞・テレビなどのマスメディアやインターネットの情報、患者会の情報、患者間の情報、健康食品や代替医療、病院ランキング本、ご近所の評判など、でしょうか。

しかしながら、医療者が治療の根拠にしている情報といえば「医学専門情報」です。中身は医学の研究成果や症例報告などで、医学専門図書、医学専門雑誌、医学論文データベースなどに収載されています。医学図書館はそれらを収集・管理し必要に応じて医療者に届けています。私自身、自分や家族の病気について情報を入手した体験から、患者と医療者の情報格差を少なくしたいと願うようになりました。正しい情報には治療効果にも繋がる「内側から人を変える力」があることを実感したからです。

情報弱者の患者にはインフォームドコンセントもセカンドオピニオンもお題目にすぎません。患者の多くは自力で学ぶことで自分を取り戻し前向きになれるのです。同じくらい重要なのが医学の不確実性と限界をなんとなくでも納得すること。それが医療や医療者への理解に繋がると考えています。情報格差は病院の勤務医と開業医の間にも存在します。環境的に文献の調査や入手がままならない医師、また文献を調べる必要を感じないままに第一線で医療活動を行っている医師がいるという事実も見過ごすことはできません。

次の6点を医療政策に期待します。 

1.国内医学文献データベースのインターネット無料一般公開

MEDLINE(PubMed)がお手本です。一見地味ですが予想以上の効果が期待できます。個人ユーザーサービスの敷居が低くなってきていますが、起爆剤としての効果はタダにしないと発現しません。

2.医学図書館、病院図書室の一般公開

情報公開法のおかげで国立大学の図書館の大半が一般に門戸を開いています。しかしながら公開積極度には温度差があります。公開度が低いのは首都圏の私立大学です。

3.患者図書館の設置

病院の新築や改築を機に設置されることが多いようです。喫煙室からの変身もあります。病院評価の一つとして認知されてきていると思われます。今後の問題は質と機能です。医療提供者が一方的に取捨選択した情報が「患者さんのための情報」にすりかえられてはなりません。

4.公共図書館と医学図書館の連携

東京都立中央図書館の「医療情報サービス」と「闘病記文庫」がその先駆けです。

5.国立医学図書館の設立

NPO法人日本医学図書館協会が長い年月をかけその設立に力を注いでいますが実現の見通しは霧の中です
(国立ライフサイエンス情報センター(仮称)推進準備委員会「最終報告書」)

6.医学図書館員が持つ情報検索技術を情報弱者の開業医や一般の人に役立ててもらえるようなサービス