ある医学図書館員の軌跡
全国患者図書サービス連絡会会報 2009;15(4):69-71



情報本と闘病本:患者図書室の資料について



はじめに

「患者・家族にも医学専門情報を」医学図書館員時代に培われた信念です。定年退職後思いがけず千葉県がんセンターに開設された患者図書室「にとな文庫」で働くという機会に恵まれました。早いもので今年の5月で足掛け3年になります。運営、予算、人員、サービス内容もほぼ定着し組織の中でも認知されてきました。もっとも、何よりも重要なのはこのサービスが歓迎されているか、また、どのように利用されているか、ということです。想定内のことも想定外のこともいろいろありました。ここでは、患者図書室における資料について述べてみます。

1. 患者・家族の一言から

以下はにとな文庫における患者・家族からの一言です。

「末期がんの夫はそのことを認めず何も知ろうとしません。私が代わりに勉強しています」

「病気(死)を受け入れることができるようになる本を教えてください」

「知るのは怖い、でも知りたい。勇気を奮い起こしてやっと来ました」

「知ることによって自分に起こったことも何も特別なことではないのだと思えるようになりました」

「がんにならなかったら全く関心なく過ごしていただろうに、こんなに勉強したことはありません」


これらの声を聴けば、患者図書室が「患者・家族にも医学専門情報」をストレートに適応できる場ではないことは明らかです。患者・家族は本の助けを借りながら自力で混乱した気持ちを整理していく過程で「情報」を「知恵」へと変貌させていきます。「情報提供」ということばがおこがましく感じられます。

2.本の選定

改めてある重大なことに気づきました。それは「患者・家族に提供する本や情報を選び評価する」これこそが司書に求められている最大の役割であったということです。まさに灯台元暗し、文献検索以前に「本の選定」が先決なのでした。世間の人は「本のソムリエ」として司書を評価しているのです。選書は患者図書室の質を決定づけます。小規模で乏しい予算の図書室であればあるほど選書が重要になります。まずは収書方針から。にとな文庫では「最新の正しいがん情報」(情報本)と「闘病を励まし支える読み物」(闘病本)を収書の両輪にしました。情報本は専門書と一般書に分かれます。前者は医学専門書、看護学専門書、看護学雑誌など。後者は主にがんとその治療について書かれた一般向けの本です。闘病本は闘病記、死生学、医学・医療関連の良書、「生老病死」を考える読み物などです。

3.情報本


「情報本」はメンテナンスが欠かせません。「癌取扱い規約」と「各種のがん診療ガイドライン」は医療スタッフへのアピールも意識して常に最新版を揃えておきます。「情報本」の重要な部分を占めている「看護学書」と「看護学雑誌のがん特集号」の選定に関しては看護系図書館司書に相談したり、当センターのナースに推薦してもらったりします。選定に苦慮するのが一般書の「情報本」です。なじみやすく人気があるので外せない資料ですが選書の判断には悩みます。著者や出版社、新聞や雑誌の書評などを参考にして選びます。話題になっている代替医療の本の所蔵を聞かれることがありますが、特定の治療を薦めている本の選定は要注意です。返却時の感想は参考になります。「役に立った」「感銘を受けた」「知りたかったことがわかった」「わかりやすい」などの一言が寄せられた本には注目します。シリーズであればWebで確認したり同じ著者の著作を調べたりしてその後の選定の参考にします。

4.闘病本

「闘病本」は闘病記に限りません。「生老病死を考える本」はすべて「闘病本」です。小説、絵本、マンガなども含みます。ちなみに最近人気のある「闘病本」は多田富雄著『寡黙なる巨人』で、これはがんの闘病記ではありません。この本に感銘を受けた数人の方が次に同じ著者の名著『免疫の意味論』を貸し出されました。「この本を読んだおかげでがんの告知を冷静に受けとめることができた」これはある本を読んだ患者さんの一言です。「がんになるのもまんざら悪くない、こういう本に出会えたのだから」と言った人もいました。本のチカラが実感できるこのような場面が患者図書室の醍醐味です。闘病本の選書は偏りが出ないように努めてはいますが選定者の個性が出ているかもしれません。

5.生活情報と代替療法

患者・家族のリクエストの中には「最新の正しいがん情報」と「闘病を励まし支える読み物」の両輪から外れるような情報要求が案外に多いことがわかってきました。それは「退院後の生活に関する情報」「緩和に関する情報」「代替療法に関する情報」などです。より具体的には、食事、健康食品、サプリメント、温泉、在宅療養、介護、緩和ケア、家族、副作用、排泄、痛み、うつ、漢方、免疫療法、リハビリ、運動、リンパ浮腫、ストーマケア などです。こうした関連の本は一般書でも数多く見うけられますが当図書室では医学・看護学・介護学の専門書から優先して選定しています。「××(民間療法の名前)について知りたいのですが」百戦錬磨の患者さんや家族からこの質問が出るたびに返事に窮します。現在、書架一棚分の補完・代替医療の本がありますが、その中の数冊は悪徳商法から身をまもるための検証本の類です。

6. パンフレット

医学図書館員時代は扱ったことがなかったパンフレットが今では欠かせない資料になっています。外来に来られた患者・家族が最初に手にする活字情報かもしれません。幸いなことにがん診療連携拠点病院には国立がんセンターが作成した各種がん等の約50種のパンフレットが送られてきます。図書室前のパンフレットスタンドで配布していますが補充にいとまがないほどの売れ行きです。パンフレットが呼び水になって図書室を訪問される方も少なくないようです。

7. 文献検索・雑誌論文

2007年度に医中誌Web及びPubMedで文献検索を行ったのは10件でした。支援センタースタッフの依頼3件、患者さんの事例7件(7人)です。患者さんは全員男性でそのうち2名にはPubMedの抄録を提供しました。英語堪能でWebの海外がん情報にも詳しいお一人はPubMedの何たるかをすぐに理解し「さっそく家で試そう」と喜ばれました。文献検索の事例はサービスの普及とリピーター利用者の増加に伴い確実に増加しつつあります。雑誌論文でしか見出し得ない情報が求められているのです。「患者・家族にも医学専門情報を」という主張が的はずれではなかったことを実感し自信が持てました。必要に応じて的を得た専門情報をさりげなく提供していこう、改めてそう決意しました。最後に忘れてならないのはこのサービスに必要な文献データベース、医学雑誌、相互貸借が当センターの病院図書室から提供されているということです。病院図書室との連携は患者図書室の情報機能を支える必須条件の一つです。