ある医学図書館員の軌跡
臨床研修指導医のためのポケットマニュアル 2004 
(編集:畑尾雅彦 企画:第一製薬 発行:羊土社 2004.4) 
 P.222-223 第8章 研修医指導に関る声E 図書館司書より



情報検索の技術」の重要性 −薬害エイズの教訓−


医師に医学情報を提供することの重要性を身にしみて感じ、医学図書館員という仕事の専門性に目覚めたきっかけになった事件があります。薬害エイズ事件です。1990年代、連日のようにこの事件が報道されていたころ、見覚えのある医師がテレビで「危険を知ってクリオ製剤に切り替えたので、私の患者からエイズ感染者は出ていません」とコメントしていました。医学図書館でよく見かけていた小児科の医師でした。

1995年、遅ればせながらMEDLINEで厚生省エイズ研究班が設置された1983年に絞って「エイズと血友病」の検索を行ったところ、32件の記事がみつかり、Lancet, Annals of Internal Medicine, New England Journal of Medicineなどの有力誌に発表されていたことがわかりました。(MEDLINEは遡及してindexingされるので現在検索すると77件に増えています)HIV訴訟において「当時はまだエイズの原因がはっきりしていなかった」とする国・製薬会社に対し、裁判所の所見は「当時すでに血友病患者のHIV感染は血液製剤によるものと見るのが科学者の常識になりつつあった」というものでした。MEDLINEの検索結果を見ればどちらが正しかったかは一目瞭然です。

これほど重大な情報が、当時それをもっとも必要としていた医師と患者に届かなかったのは一体全体なぜでしょう?すぐ手が届くところに人の命を救える情報があったにもかかわらず、役立てることができなかった医学図書館員にも責任の一端があるかもしれません。現在、インターネットにより情報検索の環境は一変しています。MEDLINEの無料公開は画期的でした。(医学中央雑誌もそうあってほしいものです)

一方で膨大かつ玉石混交の情報の中から根拠のある情報を選び出すのは一苦労です。そのようなとき“情報検索の技術”があれば貴重な時間を節約できます。自力で解決方法をみつけることもできるし、僻地に行っても情報弱者にならずにすみます。医療現場で疑問が生じたときこそ“情報検索の技術”を習得し実践するチャンス。そして病院図書室の出番でもあります。図書室には三種の仁義、パソコン、ブック・ファクシミリ、複写機を。それから専任司書を常駐させて欲しいものです。国内文献検索データベース“医中誌Web”または“JMEDPlus”の導入は必須。EBM検索のためのデータベース(Cochrane Library、Best Evidence、UptoDateなど)もお薦めです。また、24時間利用できる体制が望まれます。