ある医学図書館員の軌跡
佐倉図書室通信 No.120/ 2002.9
寄稿エッセイ:忘れえぬ人々 H



ながらみとの出会い

和城 聰


ダンベイキサゴ(ながらみ)
毎年冬が終わりに近づくと、今年は庭のどのあたりに何本きゅうりを植えようか、なす、とうもろこし、えんどう豆、トマト、スイカ、サッマイモ、その他には何を植えようか、収穫を楽しみにあれやこれやと考え始めます。春もまじかになると庭を耕し、鶏糞・油粕などの肥料を鋤きこみ、フィルムを張り、2週間後に家族みんなで種を蒔き苗を植え、その後も風除け、添え木と結構腰の痛くなる作業が続きます。しかし、自分で作った野菜の収穫の喜びとそのうまさを思えば楽しい汗です。家庭菜園の悩みは虫と水。家族が食べるものなので虫が食べた分は虫の食い扶持と思い、殺虫剤は散布せず、できるだけ手で取ります。一悩みは水。都合良く時々雨が降ってくれれば良いのですが、朝晩の水撒きはなかなか大変です。

自分で井戸が掘れないかとインターネットを探したら「自分で出来る打ち抜き井戸の掘り方http://www3.ocn.ne.jp/~marchan/)というホームページをみつけました。自分でも掘れそうなので、早速準備し掘りはじめました。すぐに掘れると思って始めたのですが、意外と土は手強く、井戸が深くなるにつれ土は掘れるけれど、パイプが1日10〜15p位しか降りない日が続きました。なぜパイプが降りないのか考えてみました。深くなると周囲の土の圧力が高くなり、掘って空洞になった箇所に土が入ってくるために、パイプが降りないのだろうと推測し、少し掘っては早めにパイプを押し下げてみることにしました。すると予測が当ったのか、以後は順調にパイプが降りていきました。こうして、昨年の夏の初めから掘り始めた「手掘り井戸」は、大晦日の朝に手押しポンプを据付けやっと完成しました。さっそく呼び水をしてポンプを押してみると、重い手ごたえとともにやや砂交じりの水がポンプから流れ出てきました。氷が張るほどの寒い朝でしたが、バケツに溜まった井戸水に手を入れるとたいへん暖かく、釣瓶で井戸水を汲んだ子供の頃が思いだされました。

簡単な手掘り井戸について紹介しましょう。まず、縦にパイプを埋め、パイプの中を堀り器で突き中にたまった砂を掻き出します。するとパイプの底に空洞ができるので、そこにパイプを降ろすという作業の繰り返しで掘り進みます。深さ8m直径75oの井戸を掘るために、地面を突いた回数約7,600回、延べ作業時間33時間、吐出水量1回約10リットル。水質検査では飲んでも体に害はないが、飲まないほうが良いとのことでした。それにしても自分で我が家専用の井戸を掘るのはとても楽しいものです。井戸を掘っている最中、砂と一緒に小さな貝やそのかけらが多数出てきました。種類や形はさまざまで特に色が赤、白、黄、茶、ピンク、マーブル、半透明等々たいへんきれいです。その量は1リットルの牛乳ビン3本ほどもありました。

『千葉県自然誌』で見ると、私の足の下は北端の飯岡から南端の東浪見まで延長約60km、幅約10kmにおよぶ日本有数の「九十九里海岸平野」とあります。九十九里浜の成立ちは次のように説明されています。約2万年前ごろには氷河期のピークが過ぎ、氷が溶け始め次第に海水面が高くなり、約一万年前の縄文海進まで海岸が後退していき、約6,000年前に現在の千葉県の地形が生まれました。その後、海は後退し飯岡の屏風が浦や房総半島の岩石海岸の侵食土の堆積により浜が形成され、大きな川のない地域に出来た極めて珍しい海岸「九十九里浜」ができあがりました。出てきた貝は6〜4千年前に生まれ育ったもので、ながらみ(ダンベイキサゴ)、ヌノメアサリ、オキアサリ、ムシロ貝、ホタル貝、カバザクラ貝、オダマキ貝、マンジュウ貝、ヒオウギ貝、ベニオウギ貝、ヤカドツノ貝、カラマツ貝、フジノシオ貝、朝鮮ハマグリ、ウスハマグリ、カワアイ、カニモリ、コブシガニ、カニの爪、カンザシゴカイ、カシパン、ゴカイ等の巣痕や砂岩その他たくさん掘り出されました。数千年前の貝との出会いに興奮しましたが、貝にとっては数千年という時間など短いもので、進化もさほど進まず、形は現在の貝とほとんど同じとのことでした。

今の井戸は1回10リットルと吐出水量が少なく野菜や庭木への水撒きには不便なので、パイプの口径を100〜120o、深さ12メートルくらいの井戸をもう1本違う掘り方で掘ろうと考えています。計算上は約3〜4倍の水量を得られ、深く掘ると天然ガスが含まれ肌に良いとの評判の「ガス水」が出そうなので、汲み上げポンプも電動井戸ポンプにしようと思っています。汲み上げた水も、野菜や庭木の水撒きだけではなくトイレ、風呂、洗濯、防災用の貯水と色々使い道が広がって行きそうな気がします。今度もたくさんの貝と出会えることでしょう。楽しみ楽しみ。 (佐倉病院 経理課)