ある医学図書館員の軌跡



「コマッタさん」について

2004年4月、あるMLでのやりとりです。MLおよび投稿者のお許しを得て転載します。(下原康子)


S司書(病院図書室司書)

このごろ、コマッタ患者さんの話を耳にします。外来受診中に苦情電話をかけてきて、切ろうとすると怒り出したり、風邪だから次回はご近所の医院へと言うと診療拒否と怒ったり、救急でもないのに救急で受診したり、救急でもないのに予約日以外の日に受診を強要したり。「美容院なら予約時間が過ぎて行ったら断られるのに、病院はそれができない」

「こういう一握りの人のおかげで時間を奪われ、他の患者さんにしわ寄せがいく」とぼやく医師に「めいわく患者対応マニュアル」を作ったらどうですか」と軽く提案したら「じゃ、参考資料集めて」と逆襲されてしまいました。「賢い患者になるために」「上手な病院の掛かり方」など、患者さんを啓蒙する情報はたくさんありますが、医療者がコマッタ患者さんにどのように対応したらいいか、具体的に書かれたのってないものですね。コマッタ患者さんに対して、医療者は逆襲を恐れず文句を言って欲しい、善良な本当に困った患者はそう思っているのではないでしょうか。また、マスコミはコマッタ医師の話題ばかりでなく、時には、コマッタ患者の話題も取り上げて医療者のうっぷんを晴らしてあげて欲しいと思ったりすることもあります。



H医師

救急当直をやっていると、ひどい人もいっぱい来ます。夜中にふらりとやってきて、「1週間前から腰が痛いのでなんとかしろ!」という人。昼間は仕事があって忙しいから夜中に来たという鼻水と咳の患者さん。自分から病院に来たくせに、この病院は待たすから許せん!(しかも実際急患で込み合っていた)と怒り狂って金も払わず他院へ行った人。一生懸命やっている医師や看護師に罵詈雑言を浴びせる人もいます。横で聞いていてほんとに哀しくなることも多々あります。

もちろん、こういった人を叱る、あるいは教育するべきだという気もしますし、時には諭すようなこともありますが、多くの場合はそのままでね。こちらが忙しすぎるということがひとつ。もうひとつは、救急の現場ではこういったどうでもいいような訴えで来る患者の中 に、時にほんものの急患や重症患者まじっていることがあります。だから、救急医療というのはある程度、そういう部分を許容できないとしょうがない んだ・・・という考えが私個人にはあります。

ただ現状はあまりにもストレスフルで疲労困憊です。日本人の「相手の気持ちを思いやる」という良い部分はどこへいったの?と叫びたく なります。医師だって看護師だって、家族もいる普通の人間ですからねぇ・・・。ほんと、医療者のうっぷんをはらしてほしい・・・という気持ちと同時に、上に書い たように、一部の悪人を一般化する、そういった報道をひろめることによって、良質の医療が破壊されていくということに自覚的になって欲しいと思っています。

賢い患者とか上手な医者の掛かり方なども、そういったことの前に人間として当然の 礼節が忘れられていないか?という疑問をもちます。もちろん医療者の方にも、許せないのがいるから、どっちもどっちなんでしょう か・・・。どの業界でもそうなのだと思いますが、現場できちんと頑張っている人が報われるよ うな制度設計を考えて欲しいなと思います。その結果、医療側の質向上の誘因が強まることが、結果的にはすべての人が良い医療 を受けられる状況をつくっていくことになると思うんですけどね・・・。でもSさんのような医療職でない方からコマッタさんの話題を提供していただけたのはすごく嬉しかったです。



M医師

小さなクリニックでは全てのスタッフがクレーム窓口で、私が患者さんに頭を下げる場面もしばしばです。医者が丁寧に詫びて頭を下げると引っ込めていただけることが大半。“切り札”のように登場するようにしています…!?「コマッタ患者さん」とは言いますが、ご当人こそご当人なりに「困った」ことがあったからそういう態度に出るわけで、そこんところをまず汲み取る姿勢が重要かな、と思っています。

「お困りなんですね。不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが当院の事情としては…」とまず謝る。事実(と責任の所在)がまだ明らかでない段階で謝るのは、決して事実や責任に対して謝るのではなくて、相手が不快に思っているという事象に対して謝るわけです。そうすると、相手のトーンも和らぐことが多いようです。

一般に医療者は要求の多い患者さんに対して「他にあなた以上に具合の悪い患者さんがいるんだからあなただけには関わっていられない」という思いをつい抱きがちです。それ自体を安易に批判するつもりはありませんが、その感情を表に出してクレーム対応すれば当然相手の怒りはエスカレートします。それをいかに自分の中で抑えながら真摯に対応できるかでクレーム対応の結果が左右されると思います。

でも医療特有のクレーム対応ってそんなにないと思うんですよね。一般企業向けのクレーム処理本にいっぱい良いことが書いてあると思います。印象に残っているのはホテル・オークラのベテランホテルマンが書いたクレーム処理術の本ですね。(橋本保雄 (著)『ホテルオークラ〈橋本流〉クレーム対応術―お客様の心をつかむ50のマニュアル』)

ホテルなどは「快を売る」職種で、適切な「快」を売り損なった時にクレームが発生する。医療は「不快を軽減する」職種で、ということは患者さんはハナからクレームを言いに病院に来るようなものです。自分の身に起きているクレーム事項をうまく処理してもらえない場合に今度は病院に対するクレームが新たに加わる。二重のクレームを抱えてそれでもなお果敢に病院に物申して下さるわけですから、相応に丁重に対応すべきと言いますか、「この方は二重もクレームを抱えて苦しんでおられるのだな」という気持ちをこちらが持った上で対応する必要があるんじゃないかな、と思っています。それに、クレーム顧客はクレーム対応に満足してくれれば忠実顧客に変身しうるというのは、確かこのMLの発信にありました。Sさんのように医療者の気持ちも患者の気持ちも両方分かっていただける方に「コマッタ患者のうっぷん晴らし」を提案されるのはちょっと淋しいかな、と思ってしまった私でした。



K医師

他のMlでもお話が出たのですが、八戸市「びょういんチャンネル」というホームページが出来ました。主婦の方が一年以上ご自分で医療機関を取材して集めたとのこと。その表紙に、医療機関の受診の仕方を丁寧に説明しています。国民が、もうすでに「これ以上医療サイドに無理を言ったら、我々の受ける医療があぶなくなる」という意識が芽生えているのではないかと思いました。それなのに、いつまでも医師の年収や、医療事故の責めなど、実際の医療現場とはかけ離れている記事ばかりを書きつづける日本のマスコミに嫌気がさしますね。もうそろそろブレーキをかけて、もう少し我々の地域医療の環境を保全する必要があるのではないでしょうか?



N医師

昼間は仕事があって忙しいから夜中に来たという鼻水と咳の患者さん。こういう人は最近特に多いですね。時間外診療では、どうしてこの時刻に病院に来ようと思われたのか、自分は必ず聞くようにしています。患者さんに、ほんとうに時間外受診が必要であるかを振り返って説明してもらう訳です。もちろん、症状が急に悪化して、あるいは心配になってという方もありますが、多くはそうではありません。本音が出てくるまでにはけっこう時間がかかります。何度か、じっくりこういう人とお話しした事があります。

たとえば、不景気でリストラの終わっていない企業もたくさんありますから、風邪ごときで会社を休むと、あっというまに首になるとおっしゃいます。ほんとうに風邪で病院にかかったぐらいで首になった人が周囲にいるのかと聞くと、そんなことはないわけですが、その会社の雰囲気はそう思わせるものなのですね…。そんな会社、長い目で見れば潰れていくだろうと予想はつきますが、外来でそんなこと言っても納得してはいただけません。

現に病院で働く医師自身がしばしば近い立場に置かれていますが、そんな病院辞めたら?と言っても効果はないでしょう。あるいは半日分の営業成績を半日の病院滞在と引き替えるとなると?歩合制なので、バカにならないといわれた事もあります。こういう人は、特定療養費でガバッと頂きたいとも思いますが、いちいちインタビューするのも、ねえ…。昼間受診した場合の機会費用はいくらになりますか、なんて聞きづらいです・・・。あるいは個人事業者なら、親会社やお得意様から取り引きを打ち切られてしまうとおっしゃいます。これもありそうな話ですが、実例があるかと聞くと、そうでもないわけです。

ただし、こういう場合はいずれも、昼間は病院に来られないというのは、患者さんの視線からは文字通りほんとうなのです。医学的な教育効果は期待できません。何とかいい解決方法はないものでしょうか。なかなか思いつきません。また、病院とコンビニの区別が付かない若い人も最近多いのですが、これは終夜営業のドラッグストアでもあれば簡単に解決がつくようにも思います。若くて体力もあるのですから、多くはOTCで充分です。こっちは、まだ広報で何とか解決がつきそうな気もします。以前は全くなかったパターンとして、最初から喧嘩腰の方があります。これは自分にもまだよく分かりません。どなたかご経験はありませんか?



O医師

この間も俺は医者で診てやっているんだという態度の研修医が怒らせた患者の家族をなだめるために30分くらい電話でお話することになりました。私は以下のようにしています。

1.まず話をよく聞いてどこに怒りの原因があるかよく見極める。
2.相手が言った怒りの原因を理解したということを示すために、こういうことで怒っているのですねと確認する。理解しているということを示すことは非常に大事です。
3.怒りの原因によるが、多くの場合少なくとも同情を示す。米国文化では謝罪のことばはあまりいいません。しかし同情するのです。日本文化の場合は謝罪の態度とか言葉が重要ですね。
4.どのような善後策をとるかある程度怒りが収まったところでつたえる。

大抵の場合は上記でなんとかなるようです。



A医師

M先生やO先生がおっしゃっているのは、医療者側に何らかの粗相があって、クレームが出た場合だと思うのですが、これはこれでサービス業として基本的に大切な部分だと思います。ただ、患者さんにはいろんな人がいらっしゃって、このような対応でご理解いただけない場合があります。そこで、「コマッタさん」(おもしろいネーミングですね)もある程度分類して、それに沿った対応を考える必要があるんじゃないでしょうか。私のつたない経験を整理してみたら、こんなところです。ご参考になりますでしょうか。

1)苦痛のため
こういうときは、一刻も早く診察を受けたいため、事務や看護師にはよけい悪態をついたりして、スタッフのひんしゅくをかうことが多いですね。そんな時は診察室で態度が一変して良くなることも多く、よけいマイナスイメージができてしまいます。スタッフには常日頃から「病気が言わせているんだから」と言ってはいるのですが、善意がはねつけられると、スタッフも傷つくので素直になれないみたいです。
対応:自分の人格で対応するのでなく役割を演じることで、コマッタさんの攻撃的なオーラを吸収する。

2)知らないため
ルールを知らないために怒り狂うコマッタさんもたまにはいます。知らないことを指摘し教えるのは簡単なようでいて、コマッタさんの自尊心が傷つくので、なかなか理解できても納得していただくのは難しいようです。そういうときは怒りの半分は知らなかった自分自身に向いているんですけどね。
対応:「申し訳ありませんが...」と悪くもないのに謝りながら説明する(日本人向け)。でも、これらはまだまだ良い方です...次の方たちが大変。

3)VIPカゼをふかせたがる○○長、議員など
これもコマッタさんですよねぇ。どう対応するかは、施設との関係や個人的な関係にもよるので、一概にいえませんが。こういう人に限って、「○○の医者にみせたんだが...」とかいうんですね。確かに「のどをみせてください」とはいいますが、お願いしてみせてもらってる訳じゃないのに何勘違いしてるんだか。
対応:徹底的にリップサービス

4)やくざ・ちんぴら・暴力団
特徴:ルールが通用しない。些細な隙を見つけられるとつけ込まれる。媚びと威圧で要求を通そうとする。
対策:毅然とし、曖昧な態度や言葉は使わない。対応は慎重に、隙を見せない。ただし、診療は丁寧に確実に。通常とは逆に、病気のことだけを念頭に置いて診療する。つきあいは診察室だけとする。(これでかえってヤクザの信頼を得たことがあります)

5)パーソナリティー障害(怒りっぽい、細かすぎる)
特徴:物事を針小棒大にとらえる。言った・言わないの問題が多い。こういう人が意外と多いのでは?私は内科医ですから正確にパーソナリティー障害と診断しているわけではないのですが、常識的な感性が通じないので、宇宙人かと思った場合に上記と診断しております。
対応:本来ならパーソナリティー障害に対する治療的介入も行いながら、受診理由に対する治療も行うべきなのでしょうが、とてもとてもそこまでできません。そこで、受診態度が限界を超してしまい、説明を駆使してもご理解いただけない場合は、「マイ・ルール」と宣言します。これは、「私のところで診療を続けるのなら、これこれは守っていただく必要がある」として、協定をむすぶことです。ルールはたいていは常識的なことです。受診を拒否しているわけではありません。(でも、受診しなくなることが多いかな)



S医師

小児科サイドの視点ですが、なぜか怒っていらっしゃる親御さんは時おりいらっしゃいます。お熱のでた患者さまで救急車を呼んでしまうような方に特に多いという印象はありませんけれども。ただ、痙攣重積の蘇生をしているときに、外来のカーテンを開けて「なんで家の子を早く診ないんだ!」と怒鳴るような方はおりました。

しかし独身時代はともかく、自分の子どもができてからは深夜にお熱38度で駆け込んでくる親にも少しはあたたかい対応ができるようになったと思います。私は自分に余裕があるときは自分の理想通りの対応ができると思っています。このとき、自分のイメージは超一流のホテルマンです。(大阪リッツカールトン級)。

問題は(具体例をあげますと)、外来が長引いて昼食もとれず、クレームを告げている患者よりも緊急に対応しなければいけない喘息発作患者がおり、同時に分娩で生まれたベビーの呼吸状態がおかしいからすぐに来てくれとコールがある、上司はどこかへタバコを吸いにいってしまった、そんなところで「うちの子に5分前から頭痛が起こっているのに診もしないで!」というクレームがきたときににっこり笑って対応できるか、というところにあります。

今のところ、私にはまだできません。また、これをすべての医師ができるように教育することも不可能とはいいませんが、かなりの努力がいると思います。それならば、飛行機のパイロットが乗客の安全のために連続勤務時間を制限しているように医師にも安全限度をみこした労働システムを作成すべきだというのが自論なのです。