ある医学図書館員の軌跡
第15回医学図書館員研究集会論文集 1981


目録の機械化と目録係



はじめに


目録の機械化と一言でいってもその内容にはさまざまのとらえかたがある。機械に弱い勉強不足の私が目録の機械化ということで最初に思いうかべたのは、目録の機械化というより目録業務に付随したいろんな作業の機械化であった。たとえば図書の装備、カードのローマナイズ、とりわけファィリングである。じっさい目録係の仕事は目録カード作成だけではない。カードをつくると同じくらい、あるいはそれ以上の時間をその付随作業にさかなけれはならない。じっくり資料の内容をたしかめたくてもそれがぜいたくな望みのようにさえ思われる。作業は量的で、それでいて手がぬけず時間の短縮ができない。いきおい質的な目録業務にしわよせがくる。ベテランなら早いのがとりえとばかりに目録・分類はスピードアップの傾向にある。これが数年間、医学図書館の目録係であった私自身のいつわらざる実状なのである。私が機械化によせた期待は作業を軽減し、本来の目録業務に十分な時間をさきたいという単純なものであった。

ところが「第15回医学図書館員研究集会」に参加したり、その後レポート提出しなければならないこともあって目録の機械化に関する文献をひろい読みしたところによると、目録の機械化とは私が期待していたようなものではなく、なんだかもっと複雑でむずかしい方面の機械化のようである。そのうちにこれは単なる知識や技術の問題ではすまされない、図書館員の専門性に深く関わる重大事であることがだんだんわかってきた。

「目録とは何か」そして「図書館とは何か」こういった本質的な疑問を機械化はひきずりだしてきた。機械と相性の悪い古いタイプの図書館員は、機械化を目前にして危機に瀕しているといって言いすぎではないと思う。この危機をのりきるためには機械化を当然のものとして受け入れる用意がなくてはならない。大ざっぱでよいから機械化についてのイメージをもち、素朴でもよいからアイディアをもち、まがりなりにもコンピュータを操作できるという自信をもち、図書館員としてのプロ意識を失わないようにつとめること、これが目録係が来るべきコンピュータ時代に生き残る道ではないだろうか。これはまさに私自身に課せられた問題なのである。このレポートを機に初歩的、概念的な知識ながら、現時点で機械化について知りえたことをまとめ、最初の足がかりにしたうえで今後の目録係のあり方を考えてみたいと思う。

T. 目録業務機械化の問題点

図書館業務は管理的業務と情報的業務の二種類にわけて考えられるが、これは図書館業務の機械化を考えるとき便利なわけかたである。参考業務や文献検索が情報的業務で、資料の整理に関するものが管理的業務といえる。管理的業務の多くは図書館の専用電算機で比較的容易に機械化できる。しかし情報的業務は専用電算機ではあきらかに限界がある。ところで目録業務は管理的業務だが、情報的業務といえる側面ももっている。実際に目録に記載されている書誌データは管理というより情報の意味あいの方が重要なのである。大学・研究図書館の機械化の現状をみると目録が一番遅れをとっている。その理由としては次のことがあげられる。

1.入力データの標準化の問題
2.漢字処理の問題
3.人員・経費の問題(遡及入力の場合)
4.目録係の再教育
5.トータルシステムとの関連

こうした問題をみると目録業務の機械化が他の業務の機械化におくれをとるのは仕方がないようにも思える。しかしそれとは別に、図書館システムの中で目録業務だけははじめからのぞくという考え方がある。つまり近い将来ネットワーク基盤の集中処理システムによるオンライン検索やMARCによるカード打ち出しが可能になったとき、それを利用して自館の目録を作成しようという考え方だ。集中目録作業については機械化以前からくりかえしいわれてきた。医学図書館協会では従来からUnion Catalogue of Foreign Books in the Libraries of Japan Medical Schools(以下UCとする)の編集が行われてきているが、1980年よりこのUCをコンピュータで編集し月刊版で発行するようになった。今後は、このUCデータファイルがオンライン目録のデータベースとして利用できるようになるだろう。

U. 目録業務の本質

集中目録システムを利用して目録業務が機械化された時、目録係の仕事がどう変化するか、これは深刻な問題である。手づくりの目録をつくる職人であった目録係の適性は機械化に対処できるのであろうか。目録係の専門牲は機械化の中でも生き残れるのであろうか。目録業務の本質は機械化に移行しても変化しないものだろうか。ここで原点に帰り考えなおしてみなくてはならない。ところで目録業務の本質とはいったい何か。私は@データ認識、A内容の把握、の二つをあげたい。そしてこれは機械化の場合も本質であり続ける。むしろ今まで以上にこの本質が目録係の専門性を裏づけるものとして要求されてくる。コンピュータ検索の最大の利点の一つはアクセスポイントが豊富なことだ。従来の目録カードではとうてい不可能な多様な検索が可能である。しかしこれもデータ入力のいかんにかかっている。データ認識の正確さや内容把握の奥行きの探さが標準化という問題をともなって要求される。機械化によって目録係は今まで以上の質の向上を求められてくるといえる。

V. UCの展望と問題点

UCの機械化が医学図書館の集中目録システムヘの期待を担っているといってよいと思うが、機械化は最近実施されはじめたことでもあり、数多くの問題をかかえていることは想像できる。じっさいUC編集を担当している館がかなりのご苦労をなさっているという話はよく耳にする。機械化以前のUCならともかく、オンライン目録のためのデータベース作成という意味をもつ事業が一館の負担にかかっているという体制は、再考すべき時期ではなかろうか。現在のところ各医学図書館の目録係が日常業務のなかでUCとかかわっているのは、受け入れた洋書のタイトルページとCIPデータのコピーをおくることにおいてのみである。日常の目録業務はUCとかかわりないところで従来どおり続けられている。こうした状況にあっては、誠実な目録係がUCに注意を払うよりも自館の目録の使われ方のほうに心をくだくのは当然であるともいえる。しかしオンライン目録実施への機は熟しつつある。近い将来UC編集の体制もかわるかもしれない。目録係は自館の目録の充実と集中目録システムへの協力を日常業務のなかでうまく処理することが必要になるだろう。

W. オンライン目録とカード目録

オンライン目録が利用できるようになったら各館ごとのカード目録は必要なくなるかと言えばそうはいいきれない。カード目録にはオンライン目録にない利点がある。up to dateであること、検索が手軽で費用がかからないことである。特定の図書の所蔵をたしかめたいときオンライン目録にたよるのはおおげさだしタイムラグの懸念もある。文献検索はオンライン目録にまかせるとしても、Finding Listとしてのカード目録は依然として効力をもつ。しかしこの場合は従来のようにくわしい書誌データは必要としないだろう。発注リストをカード化したようなもので間にあわせられる。このていどの目録ならトータルシステム・プログラムに組み入れることは可能だ。オンライン目録の利用の仕方は大きな可能性を持つだけにむずかしい。自館の目録といかにうまく併用させるかが課題になる。

おわりに

目録の機械化は図書館全体の標準化をも推し進める。ソフトウェア産業の発達がそれを加速し、各図書館が同レベルに合理化できるようになる。情報的業務に関しても共用システムの利用で、機械化水準という点では各館同じレベルになれる。図書館の規模や図書館員の資質の違いはあるだろうが、おたがい似かよってくるといえる。ネットワークづくりにはたいへん便利である。しかし一方でそれぞれの図書館の個性が失われていくというさぴしさがある。標準化イコール質の向上といいかえてもよい機械化の体勢の中にあって、図書館の個性うんぬんするのはアナクロニズムかもしれない。しかしこうした体勢下にあるからこそ機械化・標準化に疑問を感じ、逆行したい気持がおこってくる。そう感じるのは私だけだろうか。

機械化はある時いちどきに襲いかかってくる。徐々に慣れるわけにはいかない。その時になっていっきに変化を余儀なくされるとしたら、現場の経験によってかろうじて専門性を維持してきたともいえる、古いタイプの図書館員にとっては人間疎外の危機である。現場の図書館員の再教育がもっと大きく叫ばれてしかるべきだ。機械化に関しては知識や技術の修得だけでは十分ではない。図書館の設置母体、利用者、図書館員この三つのサイドから図書館の本質が見きわめられ、コンピューターではなく、あくまで図書館員が主体となったサービスがおこなわれるようになるのであれば、図書館員の専門性は誰の目からも納得のいくものになるだろう。そしてそのとき図書館個性化への新しい道や開かれるのではないだろうか。