ある医学図書館員の軌跡
日赤ライブラリアンニュース 6(2) 1999.11


レファレンス上達の秘訣

はじめに

病院図書室の大半は一人図書室です。また、病歴室や医局秘書との兼任も少なくありません。しかしながら一方で、病院の改築・増築に伴う図書室移転について書かれた記事を読むと、いずれも以前より広くなり、設備も充実した新図書室として紹介されています。情報の大切さを認識し、図書室の役割を正しく評価する病院経営者が次第に増えているようにも思います。

危機管理において正しい学術情報がいかに大切かは薬害エイズ、地下鉄サリン、毒入りカレーなどの事件が教えています。血液製剤の危険についての情報を医学雑誌から入手していた医師の患者たちからは被害者は出ませんでした。また、地下鉄サリン事件の時は、聖路加国際病院医学図書館の文献検索が威力を発揮しました。災害、臓器移植、院内感染、医療事故などにおいても医学学術情報が必須となります。

また、必要な情報を必要な時にすぐに入手できる手段を持つことは医師の生涯教育に必須の条件の一つです。彼らの情報要求に即座に対応できる病院図書室担当者は重要な医療スタッフの一員であると言えると思います。 ここでは私が日常業務の経験の中から得たレファレンス上達の秘訣のいくつかを紹介します。


1.コミュニケーションとPR

レファレンスという言葉はいかにももっともらしく図書館員の錦の御旗のごとく語られますが、利用者には耳慣れない言葉です。利用者が望んでいるのは必要な資料や情報をいち早く入手すること。その要求に応えることが図書館員の重要な仕事であり、これこそレファレンスと言われるものの真髄であるべきでしょう。

利用者に満足してもらうためには、要求の内容を的確に知らねばなりません。図書館員はもっぱら本相手の職業だと思われがちですがそうではありません。人が対象のサービス業であり、PRとコミュニケーション能力の有無が重要な鍵を握る職業の一つなのです。参考になるモデルが身近にあります。店員です。彼らは店を清掃し、商品と商品知識を仕入れ、効果を狙って表示し陳列し、客に説明し対応します。そして常に笑顔とPRを忘れません。店を図書室に、商品を資料(情報)に置き換えれば図書室担当者の仕事もこれと同じです。「満足を与える」という目的も同じです。もっとも店員の場合、お客の満足つまり売上で、はっきり結果が見えますが、図書室担当者が与える満足は目には見えません。

店員との大きな違いは扱う商品が情報であることです。しかもその情報は「医学・医療情報」で、対応する相手はその道の専門家・研究者です。そこで図書室担当者が専門家コンプレックスに陥っているかぎりコミュニケーションは不十分なものになり、彼らの要求に応えることはできないでしょう。この事態から抜け出るための方法は一つでも多く商品を売ること、言い換えれば利用者の要求に応えることです。利用者に与えた満足は「自信」という売上になって返ってきます。

コミュニケーションの秘訣は「知らないことを恥としない」こと。質問の内容が理解できないと一歩も先に進めません。ざっくばらんに聞く習慣を身につけると楽になります。恥をかいたとしてもそれは利用者に与えた満足で帳消しになります。「企業は人なり」と同様「図書室は担当者なり」です。図書室のPRというのは「担当者に何ができるか」を知ってもらうことに他なりません。個々の要求に応えることが即PRになります。良好なコミュニケーションがPRの効果を倍加します。コミュニケーションとPRはレファレンス技術の基本です。


2.利用者とのコミュニケーションから学ぶ

医学知識を得ようと「医学概論」といった類の本を読もうという私の試みは挫折の繰り返しでした。ある時きっぱりあきらめて「あたって砕けろ」方式に変更しました。理解できない質問や要求に対しては「それって何のことですか?」という間抜けな返答から開始することにしました。するとこれが医学知識習得&利用者とのコミュニケーションになって一挙両得。目の前の専門家を利用しない手はありません。商売の秘訣はお客を知ることです。同様に図書室担当者は利用者を知ることによって臨機応変できめの細かいサービスが可能になります。病院図書室は一定の利用者を対象にしているので、お得意様を獲得するには有利です。


3.相互貸借はレファレンスの宝庫

つい最近まで図書室の目玉商品は「コンピュータ検索」でした。ところがMEDLINEがインターネットで無料提供されて以来図書室での利用は減少の一途。2000年には医学中央雑誌ウェブ版の発売が予定されています。LANの普及に伴って利用者の減少にますます拍車がかかりそうです。電子ジャーナルの普及も図書室の存在を脅かしかねません。パソコン一台に図書室が担当者もろとも呑み込まれてしまうというマンガ的な事態が起こらないとは言い切れません。このような状況の中でも最後まで残るのが「相互貸借」という仕事ではないでしょうか。

電子ジャーナルや電子図書館が世界中の膨大な資料をカバーする日が実現するとしても、まだ先のことでしょう。文献提供・入手の窓口としての図書室の役割は現在もこれからも期待されていくだろうと思います。相互貸借はレファレンスの宝庫です。典拠不明の申込書の中には、書誌事項の不備・誤り・判読不能、参考文献の誤り、所蔵館が確認できない資料、国内にない資料、存在さえ確認できない資料、など面倒な申し込みが多数含まれます。これらを解決し入手にいたるまでの作業こそレファレンスの事例そのものです。目に見えないことが多いレファレンス業務の中にあって相互貸借は結果が見える仕事です。最大限に図書室の評価に繋げるべきです。省力化のために相互貸借を業務委託するのは残念なことだと思います。


4.ネットワークをフル活用

担当者が一人や兼任が大半の病院図書室にとってネットワークは命の綱と言えるほど重要です。医学図書館および病院図書室のネットワークとしては現在、日本医学図書館協会、日本病院会全国図書研究会、病院図書室研究会、近畿病院図書室協議会、日赤病院図書室担当者協議会、その他にも地域ごとや組織母体ごとの病院図書室ネットワークが活動しています。相互貸借業務の基盤であるのはもちろん、機関誌発行や研修会開催を通して、情報提供、相互交流、研修等の機会を提供し図書室担当者を支えてくれます。人と人との繋がりこそが強力で頼りになる究極のネットワークです。

一方で機械を使うネットワークがあります。インターネットです。それ自体が巨大な図書館ともいえるインターネットは今や図書室における最も重要なツールです。一押しのホームページは「病院図書館員のためのウェブページ・フォリオ http://www.hosplib.org/folio/ 」。文献検索、出版調査、所蔵調査、電子ジャーナルなど図書室業務に役立つ選りすぐりのサイトが収集されています。folio talkという掲示板に参加すれば全国の同じ仕事を持つ仲間に繋がることができます。ネットワークとインターネットは、レファレンスの場を世界にまで広げました。パソコンとファクシミリさえあれば準備は整うのです。


5.文献検索で学ぶ

図書室での文献検索が減少するにしても、検索指導やアドバイスは図書室担当者の役割として残ります。医学知識、コンピュータ操作、データベースの知識を動員する文献検索は担当者にとって一番の難関かもしれません。とはいえ情報収集の強力な手段ですから、時間をかけてでも習得したいものです。はじめに触れた、薬害エイズ関連のMEDLINE検索をしてみると厚生省がエイズ研究班を設置した1983年にすでに32件もの記事が発表されていたことがわかります。実際にはその後も被害は拡大していきました。治療の第一線にいた医師に、医学図書館員や病院図書室担当者がこれらの記事を提供していたら防げた被害もあったかもしれません。情報を自由に入手できる立場にいる図書館員にも危機管理における社会的な責任があるのではないでしょうか。文献検索に慣れるには、自分や家族の病気、または関心のあるテーマを選んで検索を試してみるのがよいと思います。検索結果を評価できるし、データベースの限界や検索システムの欠点に気づくことができます。習うより慣れるのが早道です。

6.医学・医療報道に関心を

仕事にしろ遊びにしろ、興味を持つのと持たないのとでは、上達の速度が違います。医学・医療報道に関心を持つことはレファレンス上達の近道です。日常業務の中で学ぶための具体的な方法としては、新聞切り抜きの掲示、和雑誌特集記事リストの作成、資料の受け入れや整理作業中のブラウジングなど。テーマに関心を持ったら、文献検索やインターネットで関連情報を探してみるのもいいと思います。キーワードがかすかに記憶に残っている程度でも後のレファレンスのヒントになるものです。

読売新聞で連載中の「医療ルネサンス」は最新の医療事情を知るのに役立ちます。医学関連の一般図書を読んで関心を深めるのもいい方法です。私の図書室では新聞、雑誌、インターネット等の書評から優良図書と思われるものを選んで購入するようにしています。利用者には専門図書だけでなく優れた一般書も薦めたいと思います。私が読んで感銘を受けた本、また考えたり論争したりする材料になった図書とホームページをあげておきました。また、機会を捕らえて病院内で開催される勉強会に思い切って参加してみるようにしたところ、新しい視界が開け、意識の上で医療スタッフに近づけたように思いました。


7.図書室ニュースの発行

公に機関誌を発行できて、しかも編集長になれるという、めったに持てない特権を行使しない手はありません。図書室のPRと情報提供という目的のほかにたくさんの副産物が得られます。たとえば、成果が目に見えるので評価を受けやすいこと。図書室業務の記録になること。利用者のエッセイや書評を掲載することによりコミュニケーションに役立つこと。レファレンス業務で得た情報が記事に利用できること。ネタ探しのためおのずと医療に関心を持つようになること。ワープロの上達に役立つこと。病院図書室担当者の仕事は明確なアイデンティティーを持ちにくい仕事であるだけに、目に見える証としての図書室ニュースは外に向けても、内に向けても重要な役割と可能性を持つのではないでしょうか。

おわりに

図書室担当者は自分や家族が病気になった時、必要な医学情報を容易に手に入れることができます。これは一般の人たちからみれば大変な特権であり技術です。インフォームド・コンセントだのカルテ開示だのと言っても、医学知識がさっぱりでは医療者と納得のいくコミュニケーションはできません。患者や家族がもっと情報を得たいと思う一方で、医療者の方でも一致協力して治療に取り組むために、患者に自分の病気についてもっと学んで欲しいと望むのが当然ではないでしょうか。このような要望を受けて患者・住民に向けて医学情報サービスを実施する医学図書館や病院が現れ始めています。図書室担当者の新たな役割として心に留めておきたいと思います。



推薦図書&ホームページ

1. 多田富雄.免疫の意味論.青土社.1993.\2,300
2. 浜六郎.薬害はなぜなくならないか.日本評論社.1996.\2,600
3. 中川米造.医学の不確実性.日本評論社.1996.\1,800
4. 名取春彦.インフォームド・コンセントは患者を救わない.洋泉社.1996.\1,800
5. 窪田輝蔵.科学を計る:ガーフィールドとインパクト・ファクター インターメディカル.1996.\2,000
6. 近藤誠.「がんと闘うな」論争集.日本アクセル・シュプリンガー.1997.\1,700
7. ノーマン・カズンズ゙.笑いと治癒力.岩波書店.1997.\900
8. クリフォード・ストール.インターネットはからっぽの洞窟.草思社.1997.\2,200
9. バーナード・ラウン.治せる医師・治せない医師.築地書館.1998.\2,000
10. ロバート・メンデルソン.医者が患者をだますとき.草思社.1999.\1,800
11. 「姉の日記」より http://www.asahi-net.or.jp/~jb8s-wtnb/index.htm
12. 医者にメス ホームページ http://www.sf.airnet.ne.jp/abe/

参考記事

下原康子.楽しんで文献検索.ほすぴたるらいぶらりあん 1996;21(3):160-161
下原康子.相互貸借は専門的業務.ほすぴたるらいぶらりあん 1997;22(3):104-105