ある医学図書館員の軌跡
佐倉図書室通信 No.141/2004.7
「私の視点」その反響&後日談
2004年3月6日の朝日新聞「私の視点」に佐倉図書室の下原が「国内医学文献データベース(医学中央雑誌)をMEDLINEのように無料公開しよう」と訴えた記事が掲載されました。その後日談&反響です。
★政府のe-Japan計画
(記事との因果関係は不明ですが、関係する会議のメンバーの人から依頼を受けて、PubMedや医中誌について情報を提供しました)
2004年4月5日に発表された、政府の「e-Japan計画」(世界最先端のIT国家になるという目標を掲げたプロジェクト)の「中間報告書」の中には「医療の情報公開」という項目が掲げられ、そこで「官民共同で医学文献データベースの整備を進め、国民に広く公開することが必要」と明記されていました。国内医学文献データベースの無料公開に繋がるという大きな期待を抱きました。
ところが、2004年6月15日に発表された最終報告書では中間報告書にあった情報公開の項目も医学文献データベースの文字も消えて、「診療ガイドラインおよび関連する文献等の情報提供」(Minds医療情報サービス)に置き換えられていました。Mindsの検証のためにも、まずは国内医学文献データベースを公開すべきではないかと考えます。
★SUNMEDIA臨床医学和雑誌特集記事データベース(通称:とくとくとぴっく)無料公開
特集名から検索できる無料データベースは今までにもありましたが、このサービスの画期的なのは論文名からも検索できることです。提供企業から朝日新聞の記事が無料公開のきっかけになったと聞きました。
★第2回朝日「図書館を考える」フォーラムで資料として配布
2004年5月23日、東京・有楽町朝日ホールで開かれた朝日新聞社主催のフォーラムの参加者約700名に「私の視点」の記事のコピーが配布されました。
★公共図書館でも医学文献データベース検索が可能に?
第21回医学情報サービス大会で、医学文献データベースJMEDPlusの提供元の参加者から「今後は一般市民の利用を視野にいれて公共図書館にも市場を広げる計画がある」という発言がありました。
関連する情報として(佐倉図書室通信 No.122 2002.11)より
★「診療ガイドラインの公開」に向けて願うこと
第三者的な立場に立って病院機能の評価を行う事業を展開している「日本医療機能評価機構」が来年度から新たに「EBM医療情報サービス事業」を開始します。主たる事業内容は医学的な根拠に基づいて開発された診療ガイドライン及びその基礎となる医学文献を評価した上でデータベースとして選択し整備しインターネットで一般公開することです。
その第一歩を踏み出すため計画された以下のフォーラムに図書室から下原が参加しました。
EBM研究フォーラム「診療ガイドラインの公開にむけて」
主催:日本医療機能評価機構(平成14年10月19日)
プログラムは基調講演「EBMの基本的な考え方と診療ガイドラインの位置づけ」、報告「EBM医療情報サービス事業の概要」の後、4名のパネリストの報告、2名の指定発言がありました。ディスカッションと質疑応答は時間がなく行われませんでした。
○メーリングリストでの質疑応答
フォーラムに参加後、あるメーリングリストに、この事業についての疑問点を書きこんだところ、思いがけず厚生労働省の担当者から回答が得られました。以下、質問の主旨にそってメールでの質疑応答の要旨をまとめたものです。
質問1:なぜ日本医療機能評価機構がこの事業を行うことになったのだろうか。病院の通信簿をつけている第三者機関が、こんどは自分のところで、EBMのデータベースを作るというのは、学校の先生が自分で作った虎の巻を一方的に生徒に押し付けるようなそんな違和感を感じるのだが。
回答:厚生労働省が行うのでは、制限診療にガイドラインが悪用されるとの懸念が示され、第三者の中立的な公益法人が行うのが望ましいとの判断であり、本来ならば、公益法人を新設するべきだが、必要のない公益法人を潰している状況では新設などできるはずもなく、既存の公益法人にその受け皿を求めたというのが実情。
また認定事業とEBM事業は独立した別の事業として行うことになっている。また現在の医療機能評価機構はEBMのガイドラインに沿った治療を行っているかどうかと言ったプロセス評価は行っておらず、ストラクチャー評価だけなので、質問の懸念にある様にはならない。将来EBMデータベース事業が本当に大きくなって、軌道に乗るようになれば、軒先を出て独自の財団で独立事業になるかもしれない。まだまだ、EBM自体が始まったばかりで、正しい理解を地道に進めながら少しずつ育てていきたい。
質問2:作成過程の透明性を確保するためにも、データベース作成における最大のソース「医学中央雑誌データベース」をPubMedのようにインターネットで無料公開して欲しい。それに、エビデンスのあるものだけが有益であるとは限らないと思う。
回答:医中誌の公開に関してはまさにそうありたいと思う。しかしながらNLMの予算や人員と日本の現在のEBMに対する取組みとを比較すると二桁ぐらい異なっており、まだまだ克服するべき課題が山積みである。PubMed
が実現した背景には、医学出版業界の努力や協力があったとも聞いており、日本の比較的小さな医学雑誌業界の環境整備も進めて行く必要がある。また、アメリカではただなのはいいが、一方で原著のコピーは一文献あたり数千円などという知的財産保護の権利の主張も強く公益と個人の権利のバランスがなかなか難しい。しかしながら、日本の医学情報サービスも、情報に対するニーズが高まれば、無料公開がいつかは可能になると思っている。