ある医学図書館員の軌跡
ほすぴたるらいぶらりあん 22(3) 1997.10


相互貸借は専門的業務


1.文献複写申し込みの急増

相互貸借は、利用者と直接向かい合うことができ、ありがとうという言葉をかけてもらえるチャンスの多い仕事です。この仕事の多くを以前は(現在でもいくらかは)製薬会社MRが担っていました。医師が求める文献のコピーを医学図書館で集めて届けるというサービスを医薬品を売り込む営業活動の一環として行っていたのです。一人で年間500件も集めていたという話を1991年ごろ直接聞いた記憶があります。しかしながら、1993年、こうした過剰サービスや金銭提供を製薬業界が自ら規制しようという動きが生まれました。私の図書室でも文献申し込みが増加しはじめました。1992年度に年間2,280件だった申し込みが1993年度には3,924件、1994年度に4,666件に急増し、対応する職員は私一人なのでいささか脅威を感じた記憶があります。けれどその後の2年間はほぼ同数で推移しほっとしています。 


2.いかに対応するか−告白

病院図書室では業務における相互貸借の借の比重がとても大きいと思います。文献の自給率が低いので大半が文献複写申し込みになります。文献検索とセットの文献申し込みはいきおい多くなりがちです。大量の文献申し込みに対処するために頭をひねって考えた私の秘密の方法をここに初めて告白することにします。
従来の正式な申し込み方法から言えば、申し込み者は文献複写申込書に一件ごとに記入しなければなりません。これは申し込み者にとって大きな負担になりますし、乱暴な書き方をされた日には職員が泣きをみることになります。私は申し込み者にはなるべく記入してもらわないようにしています。記入のかわりに出力リストや参考文献欄に丸印を付けてもらい、それを切り取って(時には拡大コピーして)テープで申込書に貼り付けます。この方が典拠が明らかで安心できます。私の図書室は分室なので文献申し込みの60%は本館に依頼できます。本館への申し込み方法はたいへん簡略化されており、先の文献複写申込書をファックス送信すればいいだけなのでとても楽です。スタッフの皆さんありがとう。

さて問題は相互貸借(学外申し込み)です。JMLA相互貸借マニュアルの書式を使ってはいますが、実はここで私はルール違反と思われることをしています。先の文献申込書と同じく、手書き記入やタイピングのかわりに医学中央雑誌やMEDLINEの出力データを申込書にそのまま貼り付けて依頼(ファクシミリ送信)しているのです。マニュアルにある記入順序と異なるので、雑誌名、巻、号、頁、年の部分に下線を引きます。枠からあまりはみ出すような場合は縮小コピーして貼り付けます。この方法のおかげで私は借の業務をどうにかこなしています。いつもルール違反をしているという罪悪感に悩まされつつも、やぶへびになるのを恐れて今まで黙っていました。ここに日頃の感謝の気持ちと共に医学図書館の皆さんにお願い申しあげます。“どうか見逃してください”。


3.相互貸借は専門的業務

こうした事情を抱えてはいますが私は相互貸借という仕事に執着があり、手放したくないと思っています。業者に委託することには抵抗を感じずにはいられません。それは次の理由からです。@文献複写代金の値上げをしたくない。A文献到着速度を落としたくない。B自ら処理した到着文献を申込者に手渡す楽しみを大切にしたい。C医学図書館や病院図書室のネットワーク(仲間)に繋がり、支えられているという実感を日常業務の中で感じていたい。D文献検索や文献申し込みを通して申し込み者の研究テーマや現在直面している疾患(患者)をかいま見ることにより、医学や医療に対する関心を深めていきたい。私は相互貸借は優れて専門的業務と考えています。一見単純で量的な作業に見えるこの仕事をこなしていく過程で医学図書館員に必要な勘が養われたと感じています。図書館員の専門職性を「レベルの高い情報要求に答えられること」と単純に解釈し、すぐにインターネットに結びつける安易な傾向には疑問を感じます。


4.医学図書館員の専門職性

利用者を知ること。これが私の考えるリアルな専門職性というものです。モデルになるのはよく訓練されたデパートの店員。利用者にあいさつできなかったらもうそれだけで失格。自ら反省する毎日です。また店員は店の商品に精通しています。自分の図書室の資料はそっちのけで、直ぐに文献検索にとびつく図書館員(最近の私)も失格です。店員はお客を待つことが仕事の大半です。図書館員にとっても利用者を待つことが仕事のうちです。この待ち時間の使い方、ここでも専門職性が試されると思います。私は専門職性をまずは意識の問題だと考えていますから、自分の立場と役割をいかにとらえるかで各自異なった見解があって当然と思っています。私の場合,医学図書館員,医療関係者,患者,この3つの立場が日常仕事をする上での見方考え方に影響をおよぼしています。この3つの立場をバランスを保って維持していくことが社会の中で働く職業人としての私のアイデンティーだと感じています。


5.医学図書館員は医療関係者か

異論のある人と反対に当然と考える人があるでしょう。私は今まで医学図書館員の立場に固執気味で病院の中でアウトサイダー的スタンス(単に孤独ということ?)を取り、それが気に入ってもいたのですが、このごろクリニカルライブラリアンとしての新境地を開きたいのなら、自ら「医療関係者」の仲間入りをする覚悟が必要なのではないかと思い始めました。その方法を現在模索中です。図書室の存在が薬害や医療事故の防止に役立つというという印象を与えることができたら成功かなと思ったりしています。


6.Webcatとmedlib-j

最後に相互貸借業務の強力な新人助っ人をご紹介します。Webcatは学術情報センターのNACSIS-CAT(総合目録データベース)がWWWで検索できるサービスです。だだし現在は試行サービス中ということなので、NACSIS-CATのすべてをカバーしているかどうかには疑問が残りますが。URLはhttp://webcat.nacsis.ac.jp/ です。medlib-j は医学図書館、医学・医療情報について情報交換をする人を対象としたメーリングリストです。どうしても所蔵館や入手方法がみつからない時、所蔵照会をすると、たいてい一両日中に回答が届きます。もちろん、安易に所蔵照会を求めるのはつつしむべきですが。医学図書館 1996;43(4):424に紹介記事があります。インターネットは無限の可能性と危険を秘めながら刻一刻と増大・進化し続けています。まさに何でもありの世界、膨大な図書館です。図書館員が情報の水先案内人を自認するならば、この大海を泳ぐ術を利用者に教えるという役割は避けられないでしょう。この新たな、しかもさしせまった試練に耐えうる専門職性が求められていくことは必至でしょう。古典的図書館員は受難の時代を迎えています。