ある医学図書館員の軌跡
ほすぴたるらいぶらりあん 17巻1号 1992.3



私の図書室 -「病院図書室機能標準化マニュアル」で採点する



皆さん、こんにちは。私の報告のタイトルは「私の図書室」ですが、お話の順序からいきますと日本病院会・図書室部会が1989年7月に作成した「病院図書室機能標準化マニュアル」(案)に即して私の図書室を採点するはめになったようです。1991年9月にできたばかりの図書室ですので、まだ評価には早すぎると思いますが、設立当初、夢に描いたことがどのくらい実現できたかということでは、みなさんのご参考になるかもしれません。マニュアル(案)の評価項目を追ってお話いたします。

質的機能基準 −分室という事情

質的機能基準の評価項目の<図書室は病院の全職員が利用できますか>はクリアーしました。ただし実際の利用は限られた利用者のみです。<図書室の管理・運営は明確ですか>も一応OK。組織機構上、私の図書室は医学図書館の分室ですのでみなさま方の病院図書室とは事情が違うと思います。組織上病院には属しません。病院に医学部図書館から出張しているという格好になります。当初病院側では図書室を病院の事務部に位置づけていましたが、医学部図書館の意向をくんで今の形に落ちつきました。

東邦ではすでに第二病院として大橋病院があり、そこには病院図書室としては歴史の古い、かなりの規模と資料と機能を備えた大橋病院図書室があります。この図書室も当初から医学部図書館の中に位置づけられていました。大橋図書室はよくも悪くも佐倉図書室開設の基準になりました。もっとも20年かけて育った図書室を一気にまねるということはできませんが。医学部図書館に属することはJMLAにも属することでその恩恵は大きいものがあります。ただし、病院に属さないということで、具合の悪い点もあります。病院の中で仲間もなく一人ぼっちだということは心理的にやや居心地のよくないものがあります。おばさん司書の私でさえ時にさびしく心細く感じます。また図書室を運営していく上で欠かせない病院の事務系との関連がついおっくうで遠慮がちになるということもあります。今までいかに安定した豊かな図書館にいたかしみじみ思い知らされています。心理的な面は時が解決してくれるでしょうが、図書室の管理・運営や人事、予算等でこれからも不便や不都合がおきることが予想されます。一つ一つ対処して良い前例をつくっていくしかないと思います。組織の話が長く愚痴っぽくなりました。

<図書委員会>

病院内の図書室運営委員会と医学部図書館運営委員会があります。図書室運営委員会は医師5名(内1名が委員長)病理、薬剤、看護、事務、司書各1名計10名がメンバーです。この内委員長と司書が本館の医学部図書館運営委員会に出席します。

図書室独自の運営費用は医学部図書館予算に含めて計上できます。消耗品、複写経費等は病院から支出されます。この辺の割り振りは明確になっておらず、迷うこともあります。職員は専従の私一人です。今のところ業務量からいえば一人で大丈夫ですが休暇や出張など不在の時は困ります。現在は正規の開館時間内は職員不在でも開けっ放しにしています。鍵の開閉・保管は防災センター(守衛)にたのんでいます。

<施設について> 

最初から図書室としてつくられ、専従がいますので、会議室や談話室になる恐れはありません。医局フロアーに位置しているので利用には便利です。騒音、空調は問題ありませんが、スペース、照明は不満です。スペースは70u、マッチ箱を横にふたつ並べたような細長い部屋で、レイアウトの工夫の余地がなく、居心地のよさに欠けます。照明の向きは書架に直角でよくありません。通常書架が33連、閲覧テーブル1、閲覧用デスク1、事務用デスク2、複写機1、ファクシミリ1、パソコン2、電子タイプライター1、スライド作成機1、以上がおもな備品です。私が図書室の準備をまかされた時にはすでに設計図はできあがっていました。与えられた部屋のレイアウトを考え、備品をリストアップすることから始めました。たよりの電動書架が4階に位置するため重量オーバーで設置できないとわかった時は本当にがっかりしました。通常書架だと33連入れるのがやっとでした。これでは5〜6年分の収容能力しかありません。電話だけは内線のほかに専用回線を2本(ファクシミリとオンライン検索用)引いてもらいました。

<管理業務について> 

図書の管理は、データベースソフト桐を使い始めています。とは言っても開設年度の図書は100冊あまりしか入りませんでしたので次年度からが本番です。桐はとてもよくできたソフトで感激していますが、使いこなせるまでにはなかなかです。

<サービス業務について> 

資料の乏しい病院図書室でのサービスの柱は文献検索と相互貸借だろうと思います。文献検索ではCD-ROMのMEDLINEと医学中央雑誌のフルセットを入れました。これが図書室の一番の目玉といえるでしょう。オンライン検索はJICSTと学術情報センターに接続しました。JICSTの文献検索はCD-ROMのおかげで減少しましたが、業務用として使うことの多い学情センターのNACSIS-IRは今では欠かすことのできない調査手段です。どの病院図書室でもNACSISの利用ができるようになればよいと心から思います。調査手段の乏しい小さな図書室こそ必要だと思います。

<相互貸借> 

ファクシミリが威力を発揮しています。今では申込のほとんどがファクシミリで即座に行えます。申込の70パーセントは本館に頼っています。医学部と病院との間は今のところ週2回連絡便があります。ちなみに大橋と医学部の間は一日に3便です。せめて一日1便あれば文献の到着がかなりスピードアップされるのですが。もちろん急ぎの文献はファクシミリでとりよせます。

資料(現物)に期待できないのだから情報図書館に徴すればよいというのが当初からの私の考えでした。間違ってはいませんが、いささか単純で甘すぎたようです。利用者はそこまでわりきってはくれません。やはり、一番欲しいのは現物のようです。図書室としてもレファレンスの一番の助けになるのは現物ですし、その点、今までかなり十分な図書館にいたものですから、その場ですぐ解決できずじれったい思いすることがよくあります。病院図書室のみなさんのご苦労をしみじみ感じています。

<複写>

コピーカード方式にしましたが、誤算がありました。ほとんど使われないのです。そもそも資料が少ないというのも理由の一つですが、コピーの必要があった場合もほとんどの利用者が貸出をして医局の複写機でコピーするからです。

今後の計画としてはパソコンによる和雑誌特集記事検索や図書室ニュースの発行を考えています。それにつけてもパソコンは避けられなくなりました。正直なところ、現在一番心細く、頭の痛い思いをさせられているのが苦手のパソコンです。

<外部の諸機関との協力体制>

については、医学部図書館におんぶで、その恩恵に浴することができ、たいへん恵まれています。また、病院図書室ネットワークの仲間入りもさせていただいたので、病院図書室固有のいろいろな問題をご相談できると期待しています。

<教育と研修について> 

現状の一人の体制では不自由といわざるをえません。


量的基準

量的基準においては開設ホヤホヤの図書室ですから、不利ですが一応採点してみましょう。
<蔵書>は初年度は120冊、書架収容能力は5000冊でまったく落第。雑誌は和55、洋54タイトルです。図書は開設時は購入できず、次年度にみおくられました。次年度は特別多めに500万の予算を計上しています。同じく次年度からは図書室のほかに、各講座・研究室は大学からの研究費、また薬剤部・看護部等は病院からの予算で資料を購入できるはずです。これらの登録・整理は図書館でおこない保管はそれぞれになります。病院は近い将来は現在の300床から600床まで増え、研修病院になる予定です。その時には新しく広い図書室ができるものと勝手に期待しています。

雑誌は初年度からの受け入れのみで、バックナンバーは入りませんでした。和雑誌は商業雑誌がほとんど。洋雑誌はコア中のコアのみ。選定は診療科の規模を考慮しましたが、小さい診療科では和洋各一誌という状態です。和の学会誌は教室や個人で所蔵していることが多いので、除きました。図書は参考図書がちょっぴり入っただけですが、その選定にはJMLA関東地区発行の『参考図書リストー病院図書室にそなえておきたい情報源−』が参考になりました。二次資料は、CD-ROMが入りましたので、ペーパー版はカレントコンテンツのみです。収容できないというのが一番の理由です。CD-ROMのソフトの費用は両方で年間約70万です。

<単年度予算>では和雑誌が150万、洋雑誌が170万です。図書の来年度は開設年に購入できなかった分500万申請していますが、毎年こうはいきません。おそらく和洋併せて、200〜300万くらいになると思います。これでは各科の要望にとても応じきれないし、継続ものはあまり購入できませんが、スペースからいってもこれ以上購入できないというのが現実です。

以上、私の図書室を紹介させていただきましたが、どうみても及第点はいただけそうにありません。けれど、生まれたばかりの図書室なのですからすべてはこれからです。希望をもって元気よく、喜ばれる図書室作りを模索して行こうと思っております。とにかく病院図書室は規則やマニュアルどおりにはいかないというのが今の実感です。病院図書室では新米の私です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

追加注:1995年に「財団法人日本医療機能評価機構」が発足。以後、病院図書室の機能評価もこの事業に含まれることになった。

日本医療機能評価機構 設立の経緯

1976年(昭和51年) - 日本医師会内に病院委員会を設置し病院機能評価の手法について検討を開始
1985年(昭和60年) - 日本医師会と厚生省(当時)が合同で病院機能評価研究会を設置
1987年(昭和62年) - 同研究会が「病院機能評価マニュアル」を作成公表
1991年(平成3年) - 日本病院会が「病院機能標準化マニュアル」を発刊(同じく「病院図書室機能標準化マニュアル」発刊)
1993年(平成5年) - 日本医師会病院機能評価委員会が具体的な第三者評価基準を盛り込んだ報告書を発表
1995年(平成7年) - 「財団法人日本医療機能評価機構」が発足。2年間の運用調査開始1997年(平成9年) - 本審査開始