ある医学図書館員の軌跡
初出:地域医療ジャーナル 2021年9月号


EBMって何?「エビデンス」ってどこにあるの?


下原康子

EBMには「つくる」「つかう」「おしえる」などの側面があって、それぞれの分野において、研究、実践、教育がすすんでいます。医学図書館司書もEBM情報支援という役割を担っています。私もその一人でしたが、EBMや「エビデンス」に対して、なにか言葉にならない、胸につかえたような感じがありました。そのモヤモヤを、ものの見事に吹き飛ばしてくれたのが、以下に紹介する、中田医師とサケット医師の言葉です。ストレートに胸に届く、的確でみごとな表現が説明抜きで腑に落ちました。

中田医師の言葉

「医療とは何でしょう?」ある若い新聞記者にそう聞かれて、中田医師は次のように答えました。

医療とは長い人生の中でたまたま歩き続けることができなくなった人が立ち寄って休む場所です。そして、すべての人はだれでもいつかは病気にかかる。だから、医療とは、自分が元気なときには他人を助け、自分が病気のときには遠慮せずに世話になる。みんなでいっしょにつくって、みんながいっしょに守る。みんなの場所なのでしょう。
(中田力「アメリカ臨床医物語」紀伊國屋出版 2005)

EBMの水先案内人サケット医師が残した言葉


私があなたの人生の優先事項と好みについてもっと知ることができるならば、私はあなたをもっと助けることができると思います。私には、あなたが可能な治療の選択肢についてどのくらいの情報を望んでいるかを知ることが必要なのです。もし、あなたが私の協力が十分ではないと思うならば、より多くの情報を提供するように私を促してください。または、情報はもう必要ないなら、遠慮なくそう伝えてください。私は決してあなたの率直な質問に対して嘘は言いません。また、答えを知らないならば、それを見つけるためにベストをつくします。
(Farewell and thanks to Dave Sackett, Cochrane's first pilot)


EBMは耳にタコの医学図書館司書でさえモヤモヤするのですから、一般の人が、EBMについて、説明や解説だけで理解(納得)するのは、むずかしいのではないでしょうか。人々が「医療」について抱く、また期待するイメージはそれこそさまざまです。


暇つぶしに以下のクイズを作ってみました。おもしろがっていただけると幸いです。

問題:以下からイービーエム(EBM)の正解をみつけてください。

Each Based Medicine 個別
Ears Based Medicine 傾聴
Easement Based Medicine 安楽
Ecology Based Medicine 生態学
Economy Based Medicine 経済
Education Based Medicine 教育
Effect Based Medicine 効目
Effort Based Medicine 努力
Egoism Based Medicine 利己主義
Either Based Medicine どちらか
Electronics Based Medicine 電子工学
Elite Based Medicine エリート
Emergency Based Medicine 救急
Empiricism Based Medicine 経験主義
Emotion Based Medicine 感情
Encouragement Based Medicine 励まし
Endurance Based Medicine 忍耐
Engagement Based Medicine 契約
Enjoyment Based Medicine 喜び
Enlightenment Based Medicine 啓発
Environment Based Medicine 環境
Episode Based Medicine エピソード
Equality Based Medicine 平等
Esprit Based Medicine ウイット
Estimation Based Medicine 推定
Ethics Based Medicine 倫理
Etiology Based Medicine 病因論
Evaluation Based Medicine 評価
Everyone Based Medicine だれでも
Evidence Based Medicine 根拠
Evolution Based Medicine 進化
Examination Based Medicine 検査
Example Based Medicine 症例
Exception Based Medicine 例外
Explanation Based Medicine 解説
Expectation Based Medicine 期待
Experience Based Medicine 経験
Experiment Based Medicine 実験
典拠:医学図書館員・病院図書館員のための図書館用語集 天邪鬼版


横文字が苦手な夫と私の問答です。


「EBMというのは信頼できる医療の在り方を表す言葉なのだけど、正解はこの中のどれだと思う?」

「イービーエム?そもそも初めて聞いた。(思案して)“経験”かな、“検査”も実感だけど。状況によっては“エコノミー”かも」

「正解は“エビデンス”。“エビデンスに基づく医療”って聞いたことない?」

「そういえば、その言葉、ニュースショーで、コメンテーターが言ってたなあ。(おもむろに)それにしても、エビデンスって何?」

「当然の質問よね。ところで、去年、西村大臣が『Go To トラベル事業が感染拡大の主要な要因であるとのエビデンスは現在のところ存在しない』と発言したけど、これ、どう思う?」

「単なるいいわけだろ」

「“エビデンスが存在しない”のエビデンスが、具体的に何を指しているのかわかる?」

「具体的に?いや、わからない」

「この発言“今のところ具体的なデータはない”または“そういう論文はない”という意味なのよ」

「ということは、“エビデンス”というのは、データとか論文のことなんだね」

「あたり。西村大臣の発言後、京都大学の西浦博教授たちが、Go Toトラベルが感染拡大に影響した可能性があるとした論文を発表したの。つまり、エビデンスが示されたわけ」

「エビデンスが論文にあることはわかったけれど、その論文そのものはどこにあるの? 町の本屋や図書館にはないよね」

「学術雑誌に掲載される論文だものね。医科系の学術雑誌は“医学図書館”にあるのよ」

「君が長年働いていた図書館だ」

「そう、読み物がなくてつまらないと思ったけど、“健康と命を守る情報の宝庫”だったの。私自身、ずいぶん活用させてもらいました」

「そういえば、そのことに関して新聞に書いたね」

「2004年に朝日新聞に掲載されて、やったー!と思ったわ。主張は今でも変わらないけど、残念なのは、データベース公開がいまだ実現していないことよ」

朝日新聞 私の視点ウィークエンド 2004.3.6 医学文献[データベース]の無料公開を


「医療とは?」と聞いた若い記者にこんどは中田医師が聞き返しました。

「それでは、ジャーナリズムは?」
若い記者は真顔で答えました。
「今の日本になくて、ぼくらが責任をもってつくらなければいけないのもの」