康子の小窓


  詩の花束 2016.6開設


私は、友が無くては耐へられぬのです
しかし、私には、ありません
この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます
そして、私を、あなたの友にしてください
                    八木重吉 『秋の瞳』序

もし詩人が存在しなかったら問題というものも存在しなかったであろう。
なぜなら今日の無学な科学者たちが自分で問題を見つけられるはずがないからだ。
科学者連中にとっては、困難を感じることよりも困難を解決することの方が容易なのだ。
                   ウィリアム・ベイトソン(1891年)


コロナ秀歌 
(「朝日歌壇」から転載 )


心よ  八木重吉
しなう心 細川宏 
ラッキョウ  細川宏 
必要なら呼んでくれ ポーリーン・W・チェン
魂よ 高見順
老いの火 佐藤文夫
あーあ 天野忠
表札 石垣りん
明日戦争がはじまる   宮尾節子
癩者に 神谷美恵子
苦しみについて ハリール・ジブラーン 
わたしが一番きれいだったとき 茨木のり子 
最後の晩餐 茨木のり子 
倚(よ)りかからず  茨木のり子
兄弟よ、人生は楽し ジョージ・H・ボロウ
えらい人なんとかしたり   原田大助
火になろう 近藤益雄
アーチー(ゴキブリ)が蛾のことを歌った詩 ドン・マーキス
黒板絵の詩 熊谷元一先生に捧ぐ  しもはらとしひこ
わたしは みんなと ちょっとちがう  さきよ 
ココアのひと匙(さじ) 石川啄木 
妻の死  草野天平
「恐れ」の考えを避けるために  戸塚洋二 
新しく植えた薔薇に戯れて言う  白居易 
楽園を目指す人 東田直樹
立ちすくむ人  東田直樹 
「愛」 ジョージ・ハーバート 
病の善用を神に求める祈り  ブレーズ・パスカル  
さびしいとき 金子みすず
希望は羽の生えた生き物  エミリー・ディキンソン
苦痛には空白という要素があって  エミリー・ディキンソン 
苦痛にはただ一人の知人があって  エミリー・ディキンソン 
愛ってほんとうは何  W・H・オーデン 
あした あさはやく 起こしてね、おかあさん!  エセーニン
今夜 僕はなぜ笑ったか  ジョン・キーツ
病気 ヘルマン・ヘッセ 
霧の中 ヘルマン・ヘッセ
約束しないのに  小熊秀雄
新しい赦しの国  多田富雄 
お母さんがまっている わか(小二) 
博学な天文学者の講演を聞いたとき  ウォルト・ホイットマン
平安の祈り  ラインホルド・ニーバー
ぼくは裸で母親から出てきた ロバート・ブライ 
内なる時の笛  カピール/ ロバート・ブライによる英訳
焚書 ベルトルト・ブレヒト 
五月のように  竹内浩三
冬に死す  竹内浩三 
三ツ星さん    竹内浩三
兵営の桜  竹内浩三
いったい何のために、ぼくらは本を読むのか  フランツ・カフカ
私を本当の名前で呼んでください ティク・ナット・ハン
ヒューズを抜いてくれ  ティク・ナット・ハン 
人生に求めたものは 千葉敦子
ヤケになることもなく  千葉敦子
医師たちへ  柳原和子
春と修羅 序 宮沢賢治
眼にて云う   宮沢賢治
問いを生きる   ライナー・マリア・リルケ
自分と自分との間をとりもつもの ポール・ヴァレリー  
私の世界 岡田惠和
わたしを束ねないで  新川和江 
奇妙な出会い  ウィルフレッド・オーウェン
遺 言  タラス・シェフチェンコ 
爆弾の直径  イェフダ・アミハイ 
[エグザイル 故国喪失者]  アフムド・ダルウィシュ
身分証明書  アフムド・ダルウィシュ
ミメーシス(模倣)
ファデイ・ジュダー
もし、私は死ぬしかないのなら  リファアト・アル=アリイール
わたしを祖国の地へ  アブド・アル=ワッハーブ・バヤーティ 
イスラエルの母たちへ、そして父たちへ   宇城昇
孤独  エミリ・ブロンテ 
希望  エミリ・ブロンテ 
人間 エミリ・ブロンテ
ルバイヤート
オマル・ハイヤーム 
ゲーテ格言集 ゲーテ
この偉大な宇宙の中へ タゴール 
タゴール[私は眠り夢見る]  タゴール
ふたつにみえて世界はひとつ  ルーミー 
家は静かで、世界は穏やかだった
ウォレス・スティ−ヴンス 
うち 知ってんねん
島田陽子
ありがとう 笹田雪絵
天使 笹田雪絵
あかあかや
明恵上人
ふくらはぎ 谷川俊太郎 
水汲み 
田辺利宏
未確認飛行物体
入沢康夫 
長嶋茂雄選手を讃える詩                       
サトウハチロー
 『ことばのしっぽ』 「こどもの詩」50周年精選集  読売新聞生活部 監修

                



心よ


八木重吉


こころよ
では いつておいで
しかし
また もどつておいでね
やつぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行つておいで





しなう心

細川宏


苦痛のはげしい時こそ
しなやかな心を失うまい
やわらかにしなう心である
ふりつむ雪の重さを静かに受けとり
軟らかく身を撓め(たわめ)つつ
春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて
じっと苦しみに耐えてみよう





ラッキョウ

細川宏


ラッキョウはうまいね
一粒ずつ箸につまんでカリッと咬むと
甘ずっぱい独特の味と香り

猿にラッキョウの実をやったら
一枚一枚皮をはいで
とうとう何んにも無くなってしまったとさ

しかしわれわれ人間だって
真理をあばき出そうとして
真理の皮をはいでは捨てはいでは捨て
いつか真理を見失っているのかも知れないよ

もう一度ラッキョウの甘ずっぱい味を
ゆっくり味わってみようや





必要なら呼んでくれ

ポーリーン・W・チェン


必要なら呼んでくれ
わたしはきみのそばに行く
見えないし ふれることもできない
それでも わたしはきみのそばにいる
心の耳を澄ませば そっと でもはっきりと
わたしの愛の言葉が聞こえることだろう
いつか きみにも ひとりでこの道をだどる日がやってくる
そのときわたしは ほほえみとともにきみを出迎えよう
そして こう言うんだ “おかえり”と





魂よ

高見順


魂よ
この際だからほんとうのことを言うが
おまえより食道のほうが私にとってはずっと貴重だったのだ
食道が失われた今それがはっきり分かった
今だったらどっちかを選べと言われたら
おまえ 魂を売り渡していたろう
第一 魂のほうがこの世間では高く売れる
食道はこっちから金をつけて人手に渡した

魂よ
生は爆発する火山の熔岩のごとくであれ
おまえはかねて私にそう言っていた
感動した私はおまえのその言葉にしたがった
おまえの言葉を今でも私は間違いだとは思わないが
あるときほんとうの熔岩の噴出にぶつかったら
おまえはすでに冷たく凝固した熔岩の
安全なすきまにその身を隠して
私がいくら呼んでも出てこなかった
私はひどい火傷を負った
おまえは私を助けに来てくれなかった
幾度かそうした眼に私は会ったものだ

魂よ
わが食道はおまえのように私を苦しめはしなかった
私の言うことに黙ってしたがってきた
おまえのようなやり方で私をあざむきはしなかった
卑怯とも違うがおまえは言うこととすることとが違うのだ
それを指摘するとおまえは肉体と違って魂は
言うことがすなわち行為なのであって
矛盾は元来ないのだとうまいことを言う
そう言うおまえは食道がガンになっても
ガンからも元来まぬかれている
魂とは全く結構な身分だ
食道は私を忠実に養ってくれたが
おまえは口先で生命を云々するだけだった

魂よ
おまえの言葉より食道のほうが私には貴重なのだ
くちさきばかりの魂をひとつひっとらえて
行為だけの世界に連れてきたい
そして魂をガンにして苦しめてやりたい
そのとき口の達者な魂ははたしてなんと言うだろう
高見順「死の淵より」(青空文庫)





老いの火

佐藤文夫


老いてなお ますますさかんに
燃えさかる 老いの火いうのが
あるそうな

老いさらばえて
われとわが身を けずって火をつけ
燃えたたせた 火のことじゃ

その火は 長年のがんじがらめ
くびきから放たれ鎖から解かれて
一気に燃えあがった 俺(おい)の火じゃ

押さえつけられていた この身が
いまいっせいに一気にはじけて
燃えひろがったんや

いいか うぬら
俺(おい)が ただだまって
老いさらばえると 思うな

老いの火は やがて死んでいく俺(おい)が
孫・子の幸せ想うて この身を
あつくあつく 燃やす火なんや
老いの火は 俺(おい)の火じゃ
誰のもんでもない 俺の火じゃ
いつまでも 死ぬるその日まで
燃やそうぞ





あーあ

天野忠


最後に
あーあというて人は死ぬ
生まれたときも
あーあというた
いろいろなことを覚えて
長いこと人はかけずりまわる
それから死ぬ

わたしも死ぬときは
あーあというであろう
あんまりなんにもしなかったので
はずかしそうに
あーあというであろう





表札

石垣りん


自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる

自分の寝泊まりする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない

病院へ入院したら
病室の名札には石垣りん様と
様がついた

旅館に泊まっても
部屋の外に名前は出ないが
やがて焼場のかまにはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私がこばめるか?

様も
殿も
付いてはいけない

自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい





明日戦争がはじまる

宮尾節子


まいにち満員電車に乗って
人を人とも思わなくなった

インターネットの掲示板のカキコミで
心を心とも思わなくなった

虐待死や自殺のひんぱつに
命を命と思わなくなった

じゅんびはばっちりだ
戦争を戦争と思わなくなるために

いよいよ明日戦争がはじまる




癩者に

神谷美恵子


光りうしないたる眼うつろに
肢うしないたる体担われて
診察台にどさりと載せられたる癩者よ、
私はあなたの前に首を垂れる

あなたは黙っている
かすかに微笑んでさえいる
ああしかし、その沈黙は、微笑みは
長い戦いの後にかち得られたるものだ

運命とすれすれに生きているあなたよ、
のがれようとて放さぬその鉄の手に
朝も昼も夜もつかまえられて、
十年、二十年と生きて来たあなたよ

何故私たちでなくてあなたが?
あなたは代って下さったのだ、
代って人としてあらゆるものを奪われ、
地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ

許して下さい、癩者よ
浅く、かろく、生の海の面に浮かび漂うて、
そこはかとなく神だの霊魂だのと
きこえよき言葉あやつる私たちを

かく心に叫びて首たるれば、
あなたはただ黙っている
そして傷ましくも歪められたる顔に、
かすかなる微笑みさえ浮かべている





苦しみについて

ハリール・ジブラーン
神谷美恵子 訳


あなたの苦しみはあなたの心の中の
英知をとじこめている外皮[から]を破るもの
果物の核[たね]が割れると中身が陽を浴びるように
あなたも苦しみを知らなくてはならない
あなたの生命[いのち]に日々起る奇跡
その奇跡に驚きの心を抱きつづけられるならば
あなたの苦しみはよろこびと同じく
おどろくべきものに見えてくるだろう
そしてあなたの心のいろいろな季節をそのまま
受け入れられるだろう。ちょうど野の上に
過ぎゆく各季節を受け入れてきたように
あなたの悲しみの冬の日々をも
静かな心で眺められることだろう 





最後の晩餐

茨木のり子
 

明日は入院という前の夜
あわただしく整えた献立を
なぜいつまでも覚えているのかしら
箸をとりながら
「退院してこうしてまたいっしょにごはん食べたいな」
子供のような台詞にぐっときて
泣き伏したいのをこらえ
「そうならないで どうしますか」
モレシャン口調で励ましながら
まじまじ眺めた食卓
昨夜の残りのけんちん汁
鳥の唐揚げ
ほーれん草のおひたし
我が家での
それが最後の晩餐になろうとは
つゆしらず
入院準備に気をとられての
あまりにもささやかだった三月のあの日の夕食





わたしが一番きれいだったとき


茨木のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね






倚(よ)りかからず 

茨木のり子


もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ





兄弟よ、人生は楽し

ジョージ・H・ボロウ
宮島靖子 訳


兄弟よ、人生は楽し
夜があり、昼があり、いずれも楽しいものだ
太陽や月、星たちも皆楽し
荒野に風がふきすさぶこともあるが
やはり人生はこの上なく楽し
兄弟よ 誰が死のうなどと思うものか





えらい人なんとかしたり

原田大助


日本中のみんな悲しみで
いっぱいやから
俺、勉強も
ようできん

何でこんなに
心の中が
地震や戦争で
いっぱいになるんやろ
えらい人なんとかしたり

戦争は地震じゃないから
やめられるはずやろ

戦争に俺
行こうかな
戦争に行ったらな
えらい人に
「みんなどうして戦争やるんや?」って
きいたるわ
みんなきくの忘れとる
みたいやから





火になろう

近藤益雄


わたしは
ひとつの ちいさな おき火に なろう

けしずみのなかに その おき火は おいて
火をつくろう

この子たちが さむがっている
この子たちが さびしがっている
おやと とおく はなれて くらす

この子たちが
さむいよ さむいよ
火が ほしいよ と
ないている

そして
ずんずん ひぐれの雪が
ふりつんでくる

だから わたしは
この ちいさな おき火に なろう
わたし自身が 火になろう





アーチー(ゴキブリ)が蛾のことを歌った詩

ドン・マーキス


わたしは蛾に話しかけていた
この前の夕方のことだ
彼は電球に押し入って
われとわが身を
焼き焦がそうとしていた
まったくきみたちときたら
どうしてこんな無茶をするんだい、とわたしは訊いた

それがしきたりなんだ
われわれ蛾にとってはね
あれが電球ではなく
ろうそくの炎だったら
今ごろきみは
見苦しい燃えかすだぞ
分別というものがないのかね

あるとも、と彼は言った
でもときどき
使うのが嫌になるんだ
型どおりにやるのに飽きて
美に焦がれ
興奮に焦がれる
炎は美しい
わかってはいるんだ
近づきすぎれば命はないと
でもだからどうした
一瞬幸せを感じて
美とともに燃え尽きる
そのほうがましだ
生きながらえ
退屈しきって
自分の一生を
くるっと
小さく丸めて
放り出すよりは
人生なんてそんなもの
それよりはほんの一瞬でも
美とひとつになって
消え失せるほうが
美とひとつになることなく
だらだらと生きながらえるよりましだ
気楽に生きて気楽に逝く
それがわれわれの生き方さ
人間に似ているんだ
ひと昔前の
お上品になりすぎて楽しめなくなる前の人間に

わたしが反論する前に
彼は達観して
身を投げた
シガーライターのうえに
わたし自身の望みは
彼と違って
幸せは半分
寿命は二倍

そうはいっても
わたしも恋い焦がれるものはある
彼がその身を焼き尽くしたいと願ったのと同じくらいに





黒板絵の詩 熊谷元一先生に捧ぐ

しもはらとしひこ


わたしがこどもだったころ
エンピツもノートも貴重品だった
平らな地面が画用紙だった
小枝が絵筆のかわりだった

わたしがこどもだったころ
道路はあなぼこだらけだった
踏みならされた白い地面をさがして描いた
線を引くと黒い線がついた
かたい大地は上等のキャンバスだった

わたしは暗くなるまで土の上に落書きして遊んだ
まだチョークも黒板も知らなかった
七色のクレヨンは夢のまた夢

昭和二十八年
わたしは小学校に入学した
そしてはじめて黒板をみた
教室に入ったとき
いきなり目の前に広がっていた
それは誕生前の宇宙にみえた
新しい世界がはじまる
そんな気がした

わたしがこどもだったとき
黒板はあこがれだった
「さくら さくら」
となり組の先生がきて黒板に字を書いた
暗黒の宇宙に星ぼしが生まれた
あんな黒板がうちにあったら
どんなにかすてきだろう
消しても消しても生まれる銀河

黒板は魔法の画用紙だ
あたまに浮かんだことを
あそこに描いてみたい
わたしのあたまは
その思いでいっぱいだった
それはほかのこどもたちも同じだった

休み時間
こどもたちは黒板にむかった
だれかがこっそり白墨の粉を指先につけた
こわごわとおもいきって線を引いてみた
丸い頭と尾を残して消えた
オタマジャクシのようだ
流れ星のようにもみえた

わーこどもたちは歓声をあげた
おもしろそうだ
こどもたちはいっせいに黒板に向かった

あこがれの黒板が自分たちのものになった
こどもたちは押し合いへしあい並んで
指に白墨の粉をつけて手をのばす
黒板は夜空となった
白墨の線は流星の雨
こながなくなった
こどもたちはつばをつけて描いた
川のような黒い線ができた

チャイムが鳴った
大変だ!
みんな大あわて てんでに
小さい手のひらでこすって消した
よけいに汚くなった
机につくと白く汚れまくった黒板が目につく

叱られるぞ
こどもたちはちじこまった
わたしも落書き仲間だ
心臓がどきどきした
ガラっと戸があいた
男先生が入ってきた

先生はちらっと黒板をみた
ああカミナリが落ちる
わたしはふるえあがった
目をつむった

わんぱくたちもそうおもった
教室はシーンとした
しかしいつまでも静かなものだ
こっそりうす目をあけてみる
男先生はせっせと黒板ふきで
黒板をきれいにしていた

先生は窓の外に手を出して
パンパンと黒板ふきをはらった
へんだぞ
怒っていないようだ
たいしたことではないのかも
まてまて安心するのはまだはやい
そのうちドカンと大爆発が・・・

ところが男先生はこんなことをいいました
「みなさん、黒板に描いてみたいですか」
ちょっとのあいだみんなぽかんとしていました
「描いてみたいですか」
たしかにそういったのです
なんにんかがおそるおそる手をあげました
「黒板になにか描きたい人」
男先生はこんどは力強くいいました
とたんこどもたちは
いっせいに手をあげました
わたしもあわてて手をあげた

「では休み時間、黒板をかいほうします」
「せんせい、かいほうってなんですか」
おりこうそうなこがききました
「じゆうに描きたいものを描いていいということです」
みんないっせににとびあがってバンザイしました
「でも、やくそくしてください」
男先生は大きな声でいいました
「黒板は仲よくつかうこと。まもれないととりやめます」
「はーい」こどもたちは元気にへんじした

最初にならんだのはわんぱくやすばしっこいこどもたちです
おとなしいこ のろまなこはうしろに立った
わたしは興味ない顔をしてとおくからながめた

こどもはあきっぽい
元気なこはすぐに校庭にでていった
のこったわんぱくは廊下で遊びはじめた
黒板があいた
わたしはおそるおそる黒板にちかづいた

ちびた白墨があった
つまんで描いた
白い曲線
おもしろそうだ
まわりをみた
だれもわたしのことなんかみていない
おもいきって描いてみた

なんの絵か自分でもわからない
でもそんなことはどうでもいい
わたしは夢中になって描きなぐった
この日から黒板はわたしの無限のスケッチブックになった
黒板さんありがとう





わたしは みんなと ちょっとちがう

さきよ


わたしは みんなと ちょっとちがう
ちょっと しっぽが みじかいし
ちょっと ひげが ながい
でも ママが
「それでいいのよ」って いっていたの




ココアのひと匙(さじ)

石川啄木

われは知る、テロリストの
かなしき心を―
言葉とおこないとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪(うば)われたる言葉のかわりに
おこないをもて語らんとする心を、
われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を―
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり

はてしなき議論の後の
冷(さ)めたるココアのひと匙(さじ)を啜(すす)りて、
そのうすにがき舌触したざわりに
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を






妻の死

草野天平

糸巻の糸は切るところで切り
光った針が
並んで針刺に刺してある
そばに
小さなにっぽんの鋏(はさみ)が
そっとねせてあった
妻の針箱をあげて見たとき
涙がながれた





「恐れ」の考えを避けるために

戸塚洋二


よく人はしたり顔に、「残り少ない人生、日一日を充実して過ごすように」と、
すぐできるようなことを言います。
私のような平凡な人間にこのアドバイスを実行することは不可能です。
「恐れ」の考えを避けるため、できる限りスムーズに時間が過ぎるよう
普通の生活を送る努力をするくらいでしょうか。
「努力」とつい書いてしまいました。
ここにある私の「努力」は、見る、読む、聞く、書くに
今までよりももう少し注意を注ぐ、
見るときはちょっと凝視する、
読むときは少し遅く読む、
聞くときはもう少し注意を向ける、
書くときはよい文章になるように、と言う意味です。
これで案外時間がつぶれ、「恐れ」を排除することができます。
この習慣ができると、時間を過ごすことにかなり充実感を覚えることができます。





新しく植えた薔薇に戯れて言う

白居易
清岡卓行 訳


移植で土が替わっても元気を失くしちゃだめだよ
野原でも庭先でもまったく同じ春なんだから
妻のないわたしはその春がやたらと寂しい
花が咲いたらおまえを女房にするからね





楽園を目指す人

東田直樹


必ずあるという楽園を目指し
人は歩く
そこには差別や争いがなく
悲しみや怒りもない
誰もが望んでいるという楽園を目指し
人は歩く
そこには妬みや嫉妬もなく
苦しみや辛さもない
楽園にたどり着けば
幸せになれる
それは呪文なのか
あるいは魔法なのか
楽園にたどり着けた人は
まだいない
どこにあるのかもわからない楽園を目指し
今日も歩く人
楽園に幸せがないことを疑う人はいない
みんなが幸せになるために
立ち止まることを拒否する
一番大事な人を
残したまま





立ちすくむ人

東田直樹


夢で悲しいことがあっても、僕は泣いたりしません。
自分の中で夢と現実の区別が、ついているのだと思います。

夢が現実を壊すことはありません。
夢は夢、現実は現実、別のものだからです。

僕は本当に、この世界に存在しているのか、時々わからなくなることがあります。
現実の世界は、ありえないくらい不透明で、一瞬先のことも予想できません。

「ああ、困った困った」と頭を抱えているうちに、時は過ぎて行くのです。

起きたことは、みんな幻に感じて、自分がいつから、この場所に居たのかさえ、思い出せなくなることはありませんか。

この現実こそが夢ではないのか。
そう考え始めた時から、僕が自分のために涙を流すことはなくなりました。
人はこうして夢と現実をさまよいながら人生の終焉を迎えるのでしょう。

少しずつ確実に。
誰ひとり残らず。

それを恐怖と呼ぶなら、不幸でしかありませんが、それを奇跡と呼ぶなら、幸せでしかありません。

ここに自分が生きていることを、誰かの記憶にとどめてもらう。
今が夢でないことを、自分が自分に証明する。

夢と現実の狭間で、いつも人は立ちすくむのです。






「愛」


ジョージ・ハーバート


「愛」がわたしに来いと命じたのにわたしのたましいはしりぞいた。
罪とけがれにまみれているので。
でも、「愛」はそれをいそいでさとり、わたしが躊躇しているのを見て、
わたしがはいって行くとすぐに、
わたしのそばに寄り、やさしくたずねてくれるのだった、
わたしに何が欠けているのかと。

わたしは答えた、わたしはここにいてもよい客でしょうかと。
「愛」は言った、おまえもそうされるだろうと。
わたしは恩知らずの悪者ではないのですか、ああ、愛するかた、
わたしはあなたの方へ目を上げることもできない者です。
「愛」はわたしの手をとって、ほほえみながら答えた、
その目をつくったのはだれだ、このわたしではないのか。

そのとおりです、主よ、わたしがその目をくもらせたのです、わたしの汚辱を、
行くにふさわしいところへ行くままにしてください。
しかし、おまえは知らないのかと「愛」は言う。その罪を負うた者がいることを。
愛するかた、わたしはこののち、あなたにお仕えいたします。
まあ腰をおろしなさいと「愛」は言う。わたしの食べ物を味わっておくれ。
そこでわたしは、腰をおろして、食べたのだった。
(『シモーヌ・ヴェイユ その極限の愛の思想』 田辺 保 著 講談社現代新書より)





病の善用を神に求める祈り(断章14)

ブレーズ・パスカル 
前田陽一 訳


わたしの神よ、つねに等しい同様の精神をもって、あらゆる種類の出来事を受け
入れさせてください。なぜなら、わたしたちは何を求めるべきかを知らず、僭越
におちいることなしに、またあなたの知恵が正当にもわたしに隠すことを望まれ
た結果の審判者または責任者とみずからなることなしに、二つのうち一つを希望
することはできないからであります。主よ、わたしはただ一つのことを知ってい
るだけです。それはあなたに従うのは善で、あなたにさからうのは悪であるとい
うことであります。このほかには、すべてのことのうちどれが善く、どれが悪い
かを知りません。健康と病気、富と貧しさと、この世のあらゆることがらのうち
、どれが自分に有益であるかを知りません。それは人間と天使との力を超え、あ
なたの摂理の秘密のうちに隠されている分別であります。その摂理をわたしはあ
がめ、あえて探索しようとは思いません。





さびしいとき

金子みすず


私がさびしいときに、
よその人は知らないの

私がさびしいときに、
お友だちは笑うの

私がさびしいときに、
お母さんはやさしいの

私がさびしいときに、
仏さまはさびしいの





希望は羽の生えた生き物

エミリー・ディキンソン
壺齋散人 訳


止まるところは魂のなか
言葉のない調べを歌い
決してやめることがない
歌声は大風でも聞こえてくる
こんなにも大勢の人をあたためる
この小さな鳥をいじけさせるなら
それはよほどひどい嵐にちがいない
凍てついた土地でも歌声が聞こえる
見知らぬ海でも聞いたことがある
でもどんなときであっても
パン屑ひとつねだったことがない





苦痛には空白という要素があって


エミリー・ディキンソン
中島完 訳
 

苦痛には空白という要素があって
苦痛がいつ始まったとも
苦痛のない日が一日でもあったのかとも
思い出せないもの

苦痛に未来はない ただ「いまがある」だけ
だがその無限のひろがりは過去を含み
新しい苦痛の時代を見つけようと
あかあかとい輝いている





苦痛にはただ一人の知人があって

エミリー・ディキンソン
中島完 訳


苦痛にはただ一人の知人があって
それは「死」
二人にはそれだけで
十分な社会

苦痛は下級政党
二番目の権利しかないのだから──
「死」は苦痛をやさしく助け
視界からは姿を隠す





愛ってほんとうは何

W.H.オーデン
壺齋散人 訳


愛ってちいさな男の子みたいだとか
一羽の小鳥のようなものだとか
世界を丸くするものだとか
ばかげたことだとかいう人もいる
それで隣のご主人に聞いてみたの
だって知っていそうだったから
すると奥さんが不機嫌そうにいったわ
そんなことあるもんですかって

一着のパジャマみたいなのかしら
禁酒ホテルのハムみたいかしら
ラマの匂いがするのかしら
それともいい香りがするのかしら
アザミみたいな棘があるかしら
ダウンの綿毛みたいにフワフワかしら
脇のほうは尖ってるのか滑らかなのか
ねえ教えて 愛ってほんとうは何なのか

歴史の教科書の中にも
謎めいた小文字で書いているというし
大西洋航路の船の中では
珍しくもなく起こるというし
自殺者の調書の中にも
そんなことが書かれているし
旅行のガイドブックの背表紙にも
書かれているのを見たわ

腹ペコのシェパードみたいに吠えるかしら
軍楽隊の演奏みたいに賑やかかしら
スタインウェーのグランドピアノで 弾くことができるかしら
パーティで歌うと騒がしいかしら
クラシック音楽が似合ってるかしら
いやになったらやめてくれるかしら
ねえ教えて 愛ってほんとうは何なのか

サマーハウスの中をのぞいたけど
そこには見つからなかったわ
メイドンヘッドでテムズ下りの船に乗ったり
ブライトンで風を浴びたりしたけど
ブラックバードが何を歌っていたかも
チューリップが何をささやいていたのかもわからなかった
養鶏場の中にも
ベッドの下にも見つからなかったわ

ちゃめっけな顔ができるかしら
ブランコに乗ると酔うのかしら
いつも競馬場で暇をつぶしているのかしら
それともバイオリンを弾いてるのかしら
お金のことをどう考えているのかしら
愛国心があるのかしら
野蛮なのか 素敵なのか
ねえ教えて 愛ってほんとうは何なのか

来るときは突然来るのかしら
わたしが鼻をつまんでいるときにも
夜明けにドアをノックするかしら
それともバスの中でわたしの足を踏みつけるかしら
お天気の変わり目に来るのかしら
礼儀ただしくするかしら それとも乱暴ものかしら
わたしの人生を変えてくれるかしら
ねえ教えて 愛ってほんとうは何なのか





あした あさはやく 起こしてね、おかあさん!

エセーニン
内村剛介 訳


あした あさはやく 起こしてね、おかあさん!
なにごとにも辛抱づよいおかあさん
だいじなお客を迎えに行くのですから
街道沿いの石塚の あのむこうへ行くのです

きょう ぼくは 牧草のしげみのかげに
車のわだちの後のおおきいのをみつけました
人の気のないところにあったのです
金色の頸木に風が吹いています
空には 雲の天幕が かかっています

明けがたに その人は 駆け奔ることでしょう
帽子を抑えて さっと飛べば 灌木のしげみすれすれに 
お月さまが 寄ってきます
牝馬は さも遊びごとみたいに 赤いしっぽを振るでしょう
それはひろいひろい野原のどまんなかのことです

あした あさはやく 起こしてね
奥の間に灯明をつけてちょうだい
もうじきに ぼくは 名高いロシヤ詩人になると
いわれているのですら

ぼくはたかだかと謳います、おかあさん
あんたのこと そのお客のこと、
うちのかまどのこと、おんどりのこと、牛のこと・・・・・
赤茶色のあんたの牛の乳が ぼくのうたへ奔り、流れ入ることでしょう





今夜 僕はなぜ笑ったか

ジョン・キーツ
中村健二 訳


今夜 僕はなぜ笑ったか 誰も教えてくれないだろう。
 神も、厳しい答えを返す悪魔も、
天国や地獄から答えてはくれない。
 だからすぐに、僕は人間の心と向き合う──
心よ、おまえと僕は二人きり、寂しくここにいる。
 どうして笑ったのか言ってくれ。おお、この苦痛!
おお、闇よ、闇! 僕はいつまでも苦悩し、
 天国と地獄と心に空しく問いつづける。
僕はなぜ笑ったか? 貸しだされたこの命を、空想が
 幸福の極限まで広げてくれることを僕は知っている。
しかし、この真夜中に息絶え、俗世の煌びやかな
 旗じるしがずたずたに引き裂かれるのを見てみたい。
詩、名声、美は実に強烈だが、
死はさらに強烈──死は生の高価な報酬だ。





病気

ヘルマン・ヘッセ

尾崎喜八 訳

ようこそ、夜よ! ようこそ、星よ!
私は眠りに飢えている。私はもう目を醒
ましてはいられない。
もう考える事も、泣く事も、笑う事もできない。
ただただ眠りたい。
百年でも、千年でも、眠っていたい。
そうしたら私の上を星たちが通るのだ。
私の母は知っている、私がどんなに疲れているかを。
母はほほえみながら身をかがめる。その髪の中には星がある。

母よ、もう夜を明けさせないで下さい、
もう昼間を私のところへ入らせないで下さい!
その白い輝きがどんなに意地悪く、どんなに敵意を含んでいるか、
私には言うことができません。
たくさんの長い暑い国道を私は歩きました。
私の心臓はすっかり燃え尽きてしまいました。――
私を自由の身にして下さい、夜よ、死の国へ連れて行って下さい。
ほかに望みとてはありません。
もう一足
ひとあしも歩けません。
母なる死よ、手をかして下さい。
あなたの永遠の眼に見入らせて下さい!





霧の中

ヘルマン・ヘッセ

尾崎喜八 訳

霧の中をさすらうことのふしぎさよ!
茂みも石もそれぞれ孤独に、
どの木もほかの木を見ることなく、
すべての物がみなひとりだ。

まだ私に生活が明るかった頃、
私の世界は友達らに満ちていた。
しかし霧の立ちこめている今、
もう誰の姿も見えない。

すべてのものから、拒みがたく
かつひっそりと人間を引き離す
暗黒というものをほんとうに知らない者は、
賢くはない。

霧の中をさすらうことのふしぎさよ!
生きるということは孤独であるということだ。
どんな人も他人を知らず、
誰も彼もみなひとりだ。





約束しないのに

小熊秀雄


冬がやってきた
だが木炭がない煉炭がないで
市民はみんな寒がっている
でもあきらめよう
とにかくこうして
季節がくると冬がやってきてくれたのだから、
僕の郷里ではもっと寒い
冬には雄鶏のトサカが寒さで
こごえて無くなってしうこともあるのだ
それでも奴は春がやってくると
大きな声で歌うことを忘れないのだから
勇気を出せよ、
雄鶏よ、私の可愛いインキ壺よ、
ひねくれた隣の女中よ
そこいら辺りのすべての人間よ、
約束しないのに
すべてがやって来るということもあるのだから
なんてすばらしいことだ
約束しないのに
思いがけないことが
やってくるということがあると
いうことを信じよう






新しい赦しの国

多田富雄


おれは新しい言語で
新しい土地のことを語ろう
むかし赦せなかったことを
百万遍でも赦そう
老いて病を得たものには
その意味がわかるだろう
未来は過去の映った鏡だ
過去とは未来の記憶に過ぎない
そしてこの宇宙とは
おれが引き当てた運命なのだ





お母さんがまっている

わか (小二)


早く帰りたいな
早く 学校がおわらないかな
きょうはお母さんが家にいるんだ
お母さんがお休みなの
早く帰りのじかんになってほしい
家に帰ったらこういうんだ
「お母さん ただいま」





博学な天文学者の講演を聞いたとき

ウォルト・ホイットマン
河野 一郎 訳


博学な天文学者の講演を聞いたとき、
証明や数学がずらりとわたしの前に並べられたとき、
加え、割り、測るべくさまざまな図表や図解を見せられたとき、
講堂で大喝采を浴び講演する天文学者の話を聞いたとき、
わたしはたちまち、わけもなくうんざりして気がめいり、
とうとう立ち上がると、ただ一人外へさまよい出た──
そして神秘的なしっとりとした夜の空気の中で、時おり
じっと静かに夜空の星を見上げた





平安の祈り

ラインホルド・ニーバー


神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受けいれる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして二つのものを見分ける賢さを
今日一日を生き
この一瞬を享受し
苦しみを平和に至る道と受け入れますように。
この罪深い世界を、私ではなく、神さまの御業として
あるがままに受け止めますように。
神さまの意志にゆだねれば、すべてをあるべき姿に
してくれると信じられますように。
私はこの世を生きて幸せでしょう。神さまと共にある
ことに、このうえない幸せを感じることができますように。
永遠に。
アーメン





ぼくは裸で母親から出てきた
,Sleepers Joining Hands

ロバート・ブライ

ぼくは母の意識を書くときも、父の意識をたくさん使う。でも仕方ないのだ。父の意識をなくすことなんてできやしない。そんなことをしようとすれば、すべてをなくしてしまうだけだ、何とかできそうなことは、父のヴェールの向こうにあるものを感じとるために、父の意識と母の意識を結びつけることだ。

いま、ぼくらは父の意識は悪くて母の意識は良いと言いたいと思っている。でもそう言っているのは父の意識だということもぼくらは知っている。ものにラベルを貼りたがるのは父の意識なのだから。父も母もどちらも良い意識なのだ。ギリシャ人とユダヤ人が母を振り切って父の意識につき進んだのはまちがっていなかった。そうやって前に進んだおかげでどちらも素晴らしく輝かしい文化を作り上げたのだから。けれど、いままた転換の時がきているのだ・・・・・






内なる時の笛

カピール、15世紀 ロバート・ブライによる英訳
柴田元幸 訳


内なる時の笛は鳴る たとえ我々には聞こえなくても。
「愛」とはその音が入ってくること。
愛が果ての果てを打つとき それは叡智に達する。
その知識のかぐわしさ!
それは我々の分厚い体を貫き、
壁という壁を通り抜ける──
その旋律の網はまるで百万の太陽を組み合わせたかのようだ。
内に真理を宿している調べ。
いったい他にどこでこんな音が聞けるだろう?





焚書

ベルトルト・ブレヒト


政権が危険をはらんだ本を
公の場で燃やすことを命じたことで、
何頭もの雄牛が本を積んだ荷車を
ががり火へと引きずっていく。
だが迫害された詩人のひとりが、
目を凝らして焚書のリストを見直し
思わず驚愕する。
彼の本が忘れられ記載から漏れている。
怒りの翼で机まで飛んでいき、
すぐさま政府宛に手紙を書く。
私を燃やしてくれ!
断腸の思いで綴る。私を燃やしてくれ!
あんまりではないか!
私はいつでも自分の本で真実を語ってこなかったか?
なのにあなた方は今私を嘘つきのように扱っている!
あなた方に命じる。私を燃やしてくれ!





五月のように

竹内浩三

なんのために
ともかく 生きている
ともかく

どう生きるべきか
それは どえらい問題だ
それを一生考え 考えぬいてもはじまらん
考えれば 考えるほど理屈が多くなりこまる

こまる前に 次のことばを知ると得とくだ
歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ

理屈を言う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ
信ずることは めでたい
真を知りたければ信ぜよ
そこに真はいつでもある

弱い人よ
ボクも人一倍弱い
信を忘れ
そしてかなしくなる

信を忘れると
自分が空中にうき上がって
きわめてかなしい
信じよう
わけなしに信じよう
わるいことをすると
自分が一番かなしくなる
だから
誰でもいいことをしたがっている
でも 弱いので
ああ 弱いので
ついつい わるいことをしてしまう
すると たまらない
まったくたまらない

自分がかわいそうになって
えんえんと泣いてみるが
それもうそのような気がして
あゝ 神さん
ひとを信じよう
ひとを愛しよう
そしていいことをうんとしよう

青空のように
五月のように
みんなが
みんなで
愉快に生きよう






冬に死す

竹内浩三


蛾が
静かに障子の桟さんからおちたよ
死んだんだね

なにもしなかったぼくは
こうして
なにもせずに
死んでゆくよ
ひとりで
生殖もしなかったの
寒くってね

なんにもしたくなかったの
死んでゆくよ
ひとりで

なんにもしなかったから
ひとは すぐぼくのことを
忘れてしまうだろう
いいの ぼくは
死んでゆくよ
ひとりで

こごえた蛾みたいに





三ツ星さん

竹内浩三


私のすきな三ツ星さん
私はいつも元気です
いつでも私を見て下さい
私は諸君に見られても
はずかしくない生活を
力一ぱいやりまする
私のすきなカシオペヤ
私は諸君が大すきだ
いつでも三人きっちりと
ならんですゝむ星さんよ
生きることはたのしいね
ほんとに私は生きている





兵営の桜

竹内浩三


十月の兵営に
桜が咲いた
ちっぽけな樹に
ちっぽけな花だ
しかも 五つか六つだ
さむそうにしながら
咲いているのだ
ばか桜だ
おれは はらがたった






いったい何のために、ぼくらは本を読むのか

フランツ・カフカ


いったい何のために、ぼくらは本を読むのか?
君の言うように、
幸福になるためか?
やれやれ、本なんかなくても、ぼくたちは幸福になれるだろう

いいかい、必要な本とは、
苦しくてつらい不幸のように、
自分よりも愛していた人の死のように、
すべての人から引き離されて森に追放されたように、
自殺のように、
ぼくらに作用する本のことだ

本とは、
ぼくらの内の氷結した海を砕く
斧でなければならない

(友人のオスカー・ポラックへの手紙)





私を本当の名前で呼んでください

ティク・ナット・ハン
こころの時代 禅僧ティク・ナット・ハン(1)2022年2月27日)

明日彼はもう旅立ったなんていわないで
今日私はたどりつこうとしているのだから
深く見つめて
私は刻一刻とたどりついています

春の小枝の芽になって
新たな巣で泣きはじめたいまだかよわき羽の小鳥となって
花芯に安らぐ青虫となって
石にかくれた宝石となって

笑ったり泣いたり恐れたり望んだりするために
私は今もたどりつきつつある
私の心臓の鼓動は生きとし生けるものすべての生と死そのもの

私は川面で変身する蜻蛉
そして私は小鳥。春がくると蜻蛉を食べにくる
私は澄んだ池で幸せそうに泳ぐ蛙
そして私は草蛇。静かに近づき蛙を呑み込む

私はウガンダの子ども
骨と皮だけになって両足は細い竹のよう
そして私は武器商人
ウガンダに死の武器を売りにいく

私は十二歳の少女。小さな舟の難民
海賊におそわれ海に身を投げた
そして私は海賊
私の心は見ることも愛することもできません

私は共産主義の政治家で腕には強大な権力をもつ
そして私は一人の男
彼の血の負債を払わされ強制収容所でひっそり死んでいく

私の喜びは春のように暖かくすべての花を開かせる
私の痛みは涙の川のよう

四つの海を満たしている

私を本当の名前で呼んでください
すべての叫びとすべて笑い声が同時に聞こえてくるように
喜びも痛みもひとつになって見えるように

私を本当の名前で呼んでください
私が目覚めそして心の扉が開かれて
慈悲の扉が開かれるように





ヒューズを抜いてくれ 

ティク・ナット・ハン

島田啓介 訳

もしぼくが爆弾なら
いましも爆発しようとするところ
もしぼくが いま君のいのちを
脅かすなら
ぼくの取り扱いに気をつけるべき
君はぼくから逃げられると考える
でも どうやって?
ぼくはここ 君のど真ん中にいる
(人生からぼくだけを取り除くのは不可能)
おまけにぼくは
いつ爆発するかわからない
必要なのは君の気づかい
必要なのは君の時間
ぼくは君にかかっている
君は約束したのだから(ぼくは聞いていた)
愛することと 気づかうことを
 
ぼくの世話をするときに
必要なのは大きな忍耐
変わらぬ平静さ
ぼくは知っている
誰の中にもヒューズを抜くべき爆弾がある
だから 互いに助け合うほかないだろう?

どうかぼくの言葉を聞いてほしい
だれも耳を貸してくれなかった
だれもわからなかった この苦しみを
ぼくを愛すると言った人たちさえも
この心の痛みが
ぼくを絞めつける
爆弾の成分はTNT火薬
ぼくの言葉を聞こうとする者は
ひとりもいなかった
だからこそ 君に聞いてほしい
でも君は 逃げたがっているのだろうか
自分の身を守るため 走り去ろうとしているが
それで得られる安全なんて
どこにもありはしない

ぼくが勝手に作った爆弾ではなく
それは君だ
社会だ
家族だ
学校だ
伝統だ
だから ぼくを責めないで
そばに来て 助けてほしい
でないと 爆発してしまう
これは援助要請なのだ
ぼくも君をきっと助ける
いつかその立場になったなら





人生に求めたものは

千葉敦子


新聞記者になりたいと思った
新聞記者になった
経済記事を日本語で書いた
経済記事を英語で書いた
ニュースを書いた
コラムを書いた

世界を旅したいと思った
世界を旅した
プラハで恋をした
パリで恋を失った
リスボンでファドを聞いた
カルグリで金鉱の中を歩いた

本を書きたいと思った
本を書いた
若い女性のために書いた
病んでいる人のために書いた
笑いながら書いた
歯をくいしばって書いた

ニューヨークに住みたいと思った
ニューヨークに住んだ
毎晩劇場に通った
毎日曜日祭りを見て歩いた
作家や演出家や画家に会った
明白な説明を受けて癌と闘った

私が人生に求めたものは
みな得られたのだ
いつこの世を去ろうとも
悔いはひとつもない
ひとつも
(『死への準備日記』より)





ヤケになることもなく

千葉敦子


五回も六回も続けざま吐いたあとで
静かにお茶を飲みながら
ヤケになることもなく
何が口にはいるかを考える

スープもだめ
ヨーグルトもだめ
玄米粥もだめ

では
ナイフを入れると
どろりと流れる
新鮮なチーズなら?
ニューヨーク州の農家が
昨日売りに来た
黄色いりんご7なら?

りんごを薄切りにして
チーズを載せ
ゆっくりと口に運ぶ
どうぞ吐ませんように
とにかく生きなければならないのだから
(『死への準備日記』より)





医師たちへ

柳原和子


言葉にはしなかったが、わたしには伝えたかったことがある。
たくさんの時間を、あなた方との議論とも言えぬ議論についやしてきた。

わからないことだらけだった。
わからないことをわからないと言う難しさを知った。
自分がなにについてわからないかを相手に知らせる難しさ知った。
あなた方はそんなわたしに、真摯に答えようと努めてくれた。

そして今、わたしはここにいまだに、在る。
早ければ三ヶ月、六ヶ月、長くて二年、との診断から二年すぎた。必死だった。

今、救われた、と切々と、わたしは感じている。
あなた方が救い出してくれたのはからだだけではない。
救われたのは、からだ以上に、魂だった。

信頼とはなにか?それはいまだにわからない。
医師とはどういう存在で、患者とはなんなのか?いまだにわからない。
もっと簡単で単純なことであるような気もする。
ものすごい回り道を、わたしはしているような気もする。

だが、死ぬことを前提に、わたしたちは生きて関わり合う存在だ。
お互いがあまりにも未知で遠い存在であっていいはずがない。
あなた方の努力のおかげで、信頼とはそこに転がっているものではない、と知った。

医師と患者が共に、力を合わせて、努力して相互に関わり合って創造してゆくものと知った。
(『百万回の永訣 がん再発日記』より)





春と修羅

宮沢賢治





わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこれら新生代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも均しい明暗のうちに
  (あるいは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史 あるいは地史といふものも
それのいろいろの論料データといつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつたころは
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるいは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます






眼にて云ふ

宮沢賢治

だめでせう

とまりませんな

がぶがぶ湧いてゐるですからな

ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから

そこらは青くしんしんとして

どうも間もなく死にさうです

けれどもなんといゝ風でせう

もう清明(せいめい)が近いので

あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに

きれいな風が来るですな

もみぢの嫩芽(わかめ)と毛のやうな花に

秋草のやうな波をたて

焼痕のある藺草(いぐさ)のむしろも青いです

あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが

黒いフロックコートを召して

こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば

これで死んでもまづは文句もありません

血がでてゐるにかゝはらず

こんなにのんきで苦しくないのは

魂魄(こんぱく)なかばからだをはなれたのですかな

たゞどうも血のために

それを云へないがひどいです

あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが

わたくしから見えるのは

やっぱりきれいな青ぞらと

すきとほった風ばかりです






問いを生きる

ライナー・マリア・リルケ
高安国世訳


あなたはまだ本当にお若い。すべての物事がはじまる以前にいらしゃるのですから、私はできるだけあなたにお願いしておきたいのです。あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持たれることを。そうして問い自身を、たとえば閉ざされた部屋のように、あるいは非常に未知な言語で書かれた書物のように、愛されることを。今すぐ答えを捜さないでください。あなたはまだそれを自ら生きておいでにならないのだから、今与えられることはないのです。すべてを生きるということこそ、しかし大切なのです。今あなたは問いを生きてください。そうすれば、おそらくあなたは次第に、それと気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中へ生きて行かれることになりましょう。





自分と自分との間をとりもつもの

ポール・ヴァレリー (『カイエ』)

人は他者との伝達がはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない。それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである。かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にして ━ 自分自身に語りかけること ━ を覚えたのだ。自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である。

中井久夫「私が自分と折り合いをつけられる尺度は私が他者と折り合いをつけられる、その程度である」
(『アリアドネからの糸』)





私の世界

岡田惠和



世界じゅうの敵に降参さ
戦う意思はない
世界じゅうの人の幸せを 祈ります
世界の誰の邪魔もしません
静かにしてます
世界の中の小さな場所だけ あればいい
おかしいですか?
人はそれぞれ違うでしょ?
でしょ でしょ でしょ?
だからお願いかかわらないで
そっとしといてくださいな
だからお願いかかわらないで
私のことはほっといて





わたしを束ねないで

新川和江

わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂

わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音

わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩





奇妙な出会い


ウィルフレッド・オーウェン
壺齋散人訳


ぼくは戦場を逃げ出して
花崗岩を抉ってできた深くて暗い
トンネルの中を歩いているようだった
そこは横たわったものたちがうめき声をたてていた
考え事をしてるのか 断末魔のうめきか 身じろぎもしないで

様子を探っているとひとりの男が身を起こし
目を凝らしたまなざしでぼくを見る
まるでぼくを祝福するかのように手をのばして
男の微笑からぼくはここが恐ろしい広間だと
その死んだ微笑からここが地獄だと悟った
亡霊のような顔には無数の恐怖が刻まれている
だが地上からは血がしたたり落ちてくることはなく
地上の銃声も聞こえずうめき声も漏れてこない

“誰だか知らないけど” ぼくは言った “ここには嘆くべきことはない”
“そのとおりだ” 男は言った “過ぎ去ってしまった日々や
希望のないことは別だが 
君の希望がどんなものにせよ ぼくにも希望があった 
ぼくは野生の美を追い求めて 世界を飛び回った
それは人のまなざしの中に静かに映るようなものではなく
時間の歩みを打ち破るような烈しいものだった
嘆きがあるとすれば ここでの嘆きより強いものだった

ぼくは陽気になって人々を笑わせることもできた
また叫ぶこともできた だが何かを叫び忘れていた
その叫び忘れていたものとは 真実のことだ
戦争の悲哀 戦争がかもし出す悲惨のことだ

このおぞましいことにはもう満足してもよいだろう
なのに人々は満足せずに血を流し合い
トラのような敏捷さで戦場を駆け巡り
戦列を離れようとしない それだけ進歩から取り残されるのに

ぼくは勇気を持っている 不思議な勇気を
ぼくは知恵を持っている 大いなる知恵を
それでもって世界が壁のない城砦へと
退却していくことを阻止したいんだ

血の海ができて戦車が進めなくなったとき
ぼくは起き上がって兵士たちの血をきれいな泉で洗ってやろう
汚すことのできないほど深い真実で清めてやろう
ぼくは自分の魂を惜しみなく注いでやる
傷を癒すためではなく 戦争をやめさせるために

ぼくは君が殺した敵兵なんだ
この暗がりでもすぐ分った 君はそんなふうにしかめ面をしながら
昨日ぼくを剣で刺し殺したんだ
はらいのけようとしたけど 手がかじかんでできなかった
もう寝よう“





遺 言

タラス・シェフチェンコ
渋谷定輔・村井隆之 訳

わたしが死んだら
なつかしい ウクライナの
ひろい丘の上に
うめてくれ
かぎりない畑と ドニェプルと
けわしい岸辺が 見られるように
しずまらぬ流れが 聞けるように

ドニェプルが ウクライナから
すべての敵の血潮を
青い海へ 押し流すとき
わたしは 畑も 山も
すべてを捨てよう
神のみなもとに かけのぼり
祈りもしよう だがいまは
神の ありかを知らない

わたしを埋めたら
くさりを切って 立ち上がれ
暴虐な 敵の血潮と ひきかえに
ウクライナの自由を
かちとってくれ
そしてわたしを 偉大な 自由な
あたらしい家族の ひとりとして
忘れないでくれ
やさしい ことばをかけてくれ






爆弾の直径

イェフダ・アミハイ
(アヴィ・スタインバーグ『刑務所図書館の人びと』より) 

その爆弾の直径は三十センチ
有効範囲の直径は約七メートル
四人が死に、十一人が負傷した
痛みと時間の輪は
さらにその外側へと広がり
病院ふたつと墓地ひとつにおよんだ
しかし、爆弾で死んだ若い女性が
百キロ以上も離れた故郷の街に葬り去られたので
痛みの輪はさらに広がった
彼女の死を嘆き悲しむ孤独な男性は
遠い国の片隅にいたので
悲しみの輪は世界にまで広がった
さらに、泣きじゃくる孤児たちについては
何もいうまい
だがそのために
悲しみは神の御座にまでおよび
さらにその先へ、輪は際限もなく
神もなく、どこまでも広がっていくのだ






[エグザイル 故国喪失者]

アフムド・ダルウィシュ

(エドワード・W・サイード『故国喪失についての省察』より) 

しかし、わたしはエグザイルだ。
あなたの目でわたしを封印せよ。
あなたがいるところなら、どこへでもわたしを連れてゆけ──
あなたが何であれ、わたしを連れてゆけ。
わたしに顔の色合いを取り戻してくれ。
肉体の温かみを取り戻してくれ。
心と目に光を取り戻してくれ。
パンの味わいとリズムを取り戻してくれ。
地の味覚を・・・・・母なる地を取り戻してくれ。
あなたの目でわたしを守ってくれ。
わたしを、悲しみの舘からの遺品と受けとめてくれ。
わたしを悲劇から引用した詩文と受けとめてくれ。
わたしをおもちゃとして、家のおもちゃの積み木と受けとめてくれ。
そうすれば子どもたちが帰還することを忘れないだろうから。





身分証明書

アフムド・ダルウィシュ
(広河隆一『パレスチナ』より) 

書きとめてくれ
俺はアラブ
あんたがたは じいさん以来のブドウ畑と
おれたちが耕していた区割の土地を ふんだくった
おれと子供たちみんなで耕していた土地だ
あんたがたは おれと子供たちに また孫たちみんなに
この岩山のほか 何ものこしはしなかった
・・・・そうだ あんたがたの政府は
うわさできくように その岩山までとり上げるつもりなのか?
それならそれでけっこう

書きとめてくれ 最初のページの真っ先に
おれは民衆を憎まない
おれはだれからも盗まない
けれどもだ、
もしも おれが怒ったなら
おれは 略奪者の肉を食ってやる
気をつけろ おれの空きっ腹に
気をつけろ おれのむかっ腹に





ミメーシス(模倣)

ファデイ・ジュダー

宮田浩介 訳

私の娘は
自転車のハンドルに
巣をかけた蜘蛛を
傷つけはしなかった
二週間
娘は待ち続け
蜘蛛はみずからどこかへ行った

巣をはらってしまえば
蜘蛛もそこはおうちには
ならないんだってわかり
自転車にすぐ乗れるのにと言うと

娘は「そうやって人は
難民になるんでしょ?」と言った




もし、私は死ぬしかないのなら

リファアト・アル=アリイール


もし、私は死ぬしかないのなら
あなたは生きて、生きなければいけない

私のことを語り継いで
私の持ちものを売って
少しの布切れと凧糸を買って
それは白く、長くたなびく尾を引いて

このガザのどこかで、ひとり
空を見上げるこどもが
炎に包まれ亡くなった父親を
誰にも自分の体にも別れを告げられず
亡くなった父親の帰りを
ずっと待っているこどもが
その凧をみる

あなたの作ったその凧をみて
天に舞うその姿を
ほんの束の間
天使が来た と思うはず
どれだけ愛しているかと 伝えに来たと

もし私が死ぬのなら
それが希望となりますように
それが語り継がれますように


If I must die, let it be a tale

Refaat Alareer


If I must die,
you must live
to tell my story
to sell my things

to buy a piece of cloth
and some strings,
(make it white with a long tail)

so that a child, somewhere in Gaza
while looking heaven in the eye
awaiting his dad who left in a blaze--
and bid no one farewell
not even to his flesh
not even to himself--

sees the kite, my kite you made,
flying up above
and thinks for a moment an angel is there
bringing back love

If I must die
Let it bring hope
let it be a tale





わたしを祖国の地へ

アブド・アル=ワッハーブ・バヤーティ

関場理一 訳

ああ 主なる神よ
わたしを祖国の地に
つれもどして下さい
雲の風にのり 星の光の中で
ナイチンゲールがうたう
わたしの祖国へ
主よ わたしに返してほしいのです
春のふところに咲き誇る百合の花を
日の出をうたい 春をうたう丘を
祖国の霜を
悲しみの春が
鳥たちに向かって悲しくうたう
おお主よ
わたしは はかなき夢を
追う者ではありません
わたしをつれもどしてほしいのです
わたしの祖国
パレスチナへ





イスラエルの母たちへ、そして父たちへ

宇城昇

80年ほど前の事なのに
もう現実味の無い昔話になったのですか?
罪も無いし理由も理解できないまま
ぎゅうぎゅう詰めの貨物列車で
強制収容所に運ばれて
着いた直後に選別されて
沢山(たくさん)沢山の子どもが殺されました
その怒りと悲しみを
今も心に持ち続けているのなら
たった一人の子どもを殺すことさえ
決して許せないはずです

100万人の子どもを殺すことは許せないけれど
たった一人の子どもを殺すことは許せるのですか
10人でも許せるのですか
100人でも許せるのですか
1000人でも許せるのですか
たった一人でも
子どもを殺すことに正当性はありません

かつての母たちや父たちが
心に刻み込んだ怒りと悲しみを
今でもあなたたちが受け継いでいるのなら
イスラエルの母たち、そして父たちは
即時停戦を叫ぶべきです
たった一人でも
子どもを殺してはいけないのです





孤 独

エミリ・ブロンテ
工藤昭雄 訳

わたしはひとりぼっち その運命を
たずねてくれる者もなく 悲しんでくれる者もない
生まれてこのかたわたしは ひとの胸に
悲しい思いを呼びさましたことも 喜びのほほえみをさそったこともない

ひそかな喜び ひそかな涙のうちに
うつろいやすい人生はいつしか過ぎてきた
十八の年いらいひとりの友もなく
生まれた日のようにひとりぼっちだった

かくしおおせぬときはあった
わびしくてならないときはあった
わたしの悲しい魂が誇りをわすれて
この世でわたしを愛してくれる者を狂おしくもとめるときはあったのだ

けれど それはおさない感情の燃焼にすぎず
あとはくさぐさのわずらいによっておさえられた
それは遠くのむかしに消えてしまった
いまではそれがあったとさえ信じられない

まず青春の希望がとけて消え
ついで空想の虹もたちまち姿をかき消した
やがて経験は わたしに
人間に胸にはけっして真心が育たぬことをおしえた

人間はみなうつろで 卑屈で 不誠実だと
思うと胸はいたんだ
けれど わたし自身の心を信頼して
そこにも同じ腐敗を見出すのはなおさらやりきれない





希 望

エミリ・ブロンテ
工藤昭雄 訳

「希望」は小心な友にすぎなかった
彼女はわたしの牢格子の外にすわり
まさに身勝手な人間そのままに
わたしの運命のなりゆきを見まもっていた

彼女は恐れているため非情だった
ものさびしいある日 わたしは
格子のすきまから彼女の姿をのぞくと
彼女は顔をそむけた!

見せかけの見張りをしている 見せかけの番人のように
争いの中にあって なおも彼女は和平をささやく
わたしが涙にむせぶあいだ彼女はうたっていた
わたしが耳をすませると 彼女は歌をやめる

彼女は不実で無慈悲だった
わたしの最後の喜びが地に散り敷いたとき
「悲哀」でさえ まわりに散らばった痛ましい
そのなごりを くやしがりながら見ていた

「希望」は──ささやきかけてくれたら
あの荒れ狂う苦痛もいやされたのに──
翼をひろげ 天空に舞いあがった
飛び去り──ふたたびもどらなかった! 





人 間

エミリ・ブロンテ
工藤昭雄 訳

なぜどの時代 どの国かと問うのか?
そこにはわれわれとおなじ人間が住んでいた
とおい上古からの権力崇拝者たち
勝ちほこる罪悪の足に口づけする者
やるせない悲惨をもたらす圧制者
「正義」を踏みしだき「悪」をあがめる
正義が弱ければ 悪は強い

血を流す者 涙を流す者
悲嘆をむさぼる自虐者
しかも無慈悲な者への慈悲を願う
たわけた祈りで天を嘲弄する

時は秋であった
麦の穂は黄ばむ
来る日も来る日も 真昼には
八月の太陽が六月のように燦燦と輝いた

しかしわれわれはよそよそしい目で
あえぐ大地と燃える空を見ていた
どの手もとりいれの鎌をにぎらず
畑で稔りをたばねなかった

われわれの麦は幾月もまえに倉にしまわれ
脱穀され 血で練り上げられた
穂が乳のようにあまいときに
ひずめや足のはげしい労苦によって碾かれた
異郷で二重に呪われたわたしは
ふるさとのためにも神のためにも闘わなかった






ルバイヤート  RUBA'IYAT

オマル・ハイヤーム 'Umar Khaiyam
小川亮作訳


青空文庫 ルバイヤート



解き得ぬ謎

もともと無理やりつれ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために来きたり住みそして去るのやら
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!

この万象の海ほど不思議なものはない、
誰ひとりそのみなもとをつきとめた人はない。
あてずっぽうにめいめい勝手なことは言ったが、
真相を明らかにすることは誰にも出来ない。

生きのなやみ

思いどおりになったなら来はしなかった。
思いどおりになるものなら誰が行くものか?
このあばらやに来ず、行かず、住まずだったら、
ああ、それこそどんなによかったろうか!

神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、
そうしたらこんな宇宙は砕きすてたろうに。
何でも心のままになる自由な宇宙を
別に新しくつくり出したろうに。

太初のさだめ

ああ、むなしくもよわいをかさねたものよ、
いまに大空の利鎌(とがま)が首を掻かくよ。
いたましや、助けてくれ、この命を、
のぞみ一つかなわずに消えてしまうよ!

土を型に入れてつくられた身なのだ、
あらましの罪けがれは土から来たのだ。
これ以上よくなれとて出来ない相談だ、
自分をこんな風につくった主が悪いのだ。

万物流転

若き日の絵巻は早も閉じてしまった、
命の春はいつのまにか暮れてしまった。
青春という命の季節は、いつ来て
いつ去るともなしに、過ぎてしまった。

この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
帰って来て謎をあかしてくれる人はない。
気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、
出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。

無常の車

雲は垂れて草の葉末に涙ふる、
花の酒がなくてどうして生きておれる?
今日わが目をなぐさめるあの若草が
明日はまたわが身に生えて誰が見る?

壺つくりの仕事場へ来て見れば、
壺つくり朗らかにろくろをまわしては、
みかどの首もこじきの足もごっちゃに、
手に取ってつくるは壺の首と足だ。

ままよ、どうあろうと

わが宗旨はうんと酒のんでたのしむこと、
わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。
久遠の花嫁に欲しい形見は何かときいたら、
答えて言ったよ――君が心のよろこびをと。

死んだらおれの屍しかばねは野辺のべにすてて、
美酒うまざけを墓場の土にふりそそいで。
白骨が土と化したらその土から
瓦かわらを焼いて、あの酒甕さかがめの蓋ふたにして。

おれは有と無の現象あらわれを知った。
またかぎりない変転の本質を知った。
しかもそのさかしさのすべてをさげすむ、
酔いの彼方にはそれ以上の境地があった。

むなしさよ

九重の空のひろがりは虚無だ!
地の上の形もすべて虚無だ!
たのしもうよ、生滅の宿にいる身だ、
ああ、一瞬のこの命とて虚無だ!

とまどうわれらをのせてめぐる宇宙は、
たとえてみれば幻の走馬燈だ。
日の燈火ともしびを中にしてめぐるは空の輪台、
われらはその上を走りすぎる影絵だ。

一瞬をいかせ

迷いの門から正信までは、ただの一瞬ひととき、
懐疑の中から悟りに入るまでもただの一瞬。
かくも尊い一瞬をたのしくしよう、
命の実効しるしはわずかにこの一瞬。

もうわずらわしい学問はすてよう、
白髪の身のなぐさめに酒をのもう。
つみ重ねて来た七十のよわいの盃を
今この瞬間でなくいつの日にたのしみ得よう?




ゲーテ格言集
(『ゲーテ格言集』高橋健二編訳 新潮文庫)


人類ですって?そんなものは抽象名詞です。昔から存在していたのは人間だけです。将来も存在するのは人間だけでしょう(ルーデンへ)

人は一生のうちにしばしば述懐する。色々なことに手を出すのを避けなければならない。特に、年をとればとるほど新しい仕事につくことを避けなければならない、と。だが、そんなことを言ったって、自他を戒めたって、だめだ。年をとるということが既に、新しい仕事につくことなのだ。すべての事情は変わっていく。われわれは活動することを全然やめるか、進んで自覚をもって新しい役割を引き受けるか、どちらかを選ぶほかない。(「格言と反省」)

素材はだれの前にでもころがっている。内容を見いだすのは、それに働きかけようとする者だけだ。形式はたいていの者にとって一つの秘密だ。「格言と反省」)

人間の作品においても、自然の作品においても、本来特に注目に値するのは、その意図である。(「格言と反省」)

悪趣味な者に技術が結びつくと、これより恐ろしい芸術の敵はない。(「格言と反省」)

われわれは芸術によって最も確実に俗世間を避けることができる。同時に芸術によって最も確実に俗世間と結びつくことができる。
(「親和力」)

ディレッタントの誤り。それは、空想と技術を直接に結びつけようとするところにある。
(「格言と反省」)

上に向かって下から奉仕すること、それこそいたる処で必要だ。自分を一つの手のわざに極限すること、これが最善だ。平凡きわまる頭にとっても、それはまちがいなく一つの手のわざになるが、よりよいものにとっては一つの芸術になり、一ばんすぐれたものは、一つをすることによって一切をするのだ。
(「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」

多数というものよりしゃくにさわるものはない。なぜなら、多数を構成しているものは、少数の有力な先進者のほかには、大勢順応のならず者と、同化される弱者と、自分の欲することさえ全然わからないでくっついて来る大衆とであるから。
(「格言と反省」)

不正なことが、不正な方法で除かれるよりは、不正がおこなわれている方がまだいい。
(「格言と反省」)

われわれが歴史から得るところの最上のものはそれがひき起こす感激である。
(「格言と反省」)

生活はすべて次の二つから成り立っている。
したいけれど、できない。
できるけど、したくない。
(「格言と反省」)





この偉大な宇宙の中に

タゴール

(サイト「横浜インド文化交流会」より)

この偉大な宇宙の中に
巨大な苦痛の車輪が廻っている
星や遊星は砕け去り
白熱した砂塵の火花が遠く投げとばされて
すさまじい速力でとびちる
元初の網の目に
実在の苦悩を包みながら。
苦痛の武器庫の中では
意識の領野(りょうや)の上に広がって、赤熱した
責苦の道具が鳴りどよめき
血を流しつつ傷口が大きく口をあける
人間の身体は小さいが
彼の苦しむ力はいかにはてしないか
創造と混沌の大道において
いかなる目標に向かって、彼はおのれの火の飲物の杯をあげるのか
奇怪な神々の祝宴で
彼らの巨大な力に飲みこまれながら――おお、なぜに
彼の粘土のからだをみたして
狂乱した赤い涙の潮が突進するのか?
それぞれの瞬間に向かって、彼はその不屈の意志から
かぎりない価値を運んでゆく
人間の自己犠牲のささげもの
燃えるような彼の肉体的苦悩――
太陽や星のあらゆる火のようなささげものの中でも
何ものがこれにくらべられようか?
かかる敗北を知らぬ剛勇の富
恐れを知らぬ堅忍
死への無頓着――
何百となく
足の下に燃えさしを踏みつけ
悲しみのはてまで行く、このような勝利の行進――
どこにこのような、名もなき、光り輝く追求
路から路へと辿(たど)る共々の巡礼があろうか?
火成岩をつき破るこのように清らかな奉仕の水
このようにはてしない愛の貯えがあろうか?






タゴール [私は眠り夢見る]

(V.E.フランクル『それでも人生にイエスと言う』より」)


私は眠り夢みる。
生きることがよろこびだったらと。
私は目覚め気づく。
生きることは義務だと。
私は働く──すると、ごらん。
義務はよろこびだった。





ふたつにみえて世界はひとつ

ルーミー


典拠:(エハン・デラヴィ『スーフィーの賢者ルーミー─その友に出会う旅』西元啓子編集、愛知ソニア訳)


「ただひとつの息がある」
わたしはキリスト教徒ではない
ユダヤ教徒ではない
いいえ イスラム教徒でもない
わたしはヒンズー教徒ではない
スーフィーではない 禅の修行者ではない
いいえ どんな宗教にもどんな文化にも属していない

(中略)

わたしは
愛している
あの人のなかにいます
ふたつにみえて世界はひとつ
そのはじまりもその終りもその外側もその内側もただひとつにつながる
そのひとつの息が人間に息を吹き込んでいます





家は静かで、世界は穏やかだった

ウォレス・スティ−ヴンス


家は静かで、世界は穏やかだった。
読者は本になった。そして夏の夜は、
本が意識を持った存在のようだった。
家は静かで、世界は穏やかだった。
言葉は本など存在しないかのように語られていた。
読者はひたすらページの上にかがみこみ、
ページに近づき、できることなら、
本を体現したかのような学者になろうとし、この夏の夜が、
その思考の完成形だという人間になろうとしていた。
家が静かだったのは、そうでなければならないからだった。
その静けさは意味の一部、精神の一部だった。
べージの完成へと近づくための。






うち 知ってんねん

島田陽子


あの子 かなわんねん
かくれてて おどかしやるし
そうじは なまけやるし
わるさばっかし しやんねん
そやけど
よわい子ォには やさしいねん
うち 知ってんねん

あの子 かなわんねん
うちのくつ かくしやるし
ノートは のぞきやるし
わるさばっかし しやんねん
そやけど
ほかの子ォには せえへんねん
うち 知ってんねん

そやねん
うちのこと かまいたいねん
うち 知ってんねん





ありがとう

笹田雪絵


ありがとう、
私決めていることがあるの
この目が物をうつさなくなったら目に、
そしてこの足が動かなくなったら、足に
「ありがとう」って言おうって決めているの
今まで見えにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、
私を喜ばせてくれたんだもん
いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた
夜の道も暗いのにがんばってくれた
足もそう
私のために信じられないほど歩いてくれた
一緒にいっぱいいろんなところへ行った
私を一日でも長く、喜ばせようとして目も足もがんばってくれた
なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき
「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う
今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか
だからちゃんと「ありがとう」って言うの。
大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから
「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの
たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うので……





天使


笹田雪絵


私は天使に会った事があります。
入院中、私の隣にいた女の子は、とても可愛くて毎日笑ってる子でした。私と同じ薬を飲んでいたので、丸くなっていく顔や体に対して、全然文句を言わない子でした。小学2年生なのに、中学2年生の私の方が薬に対して、文句ばかり言っていました。私よりもずっと大人でした。その後、退院してからもお手紙を出したりしてました。家に来てくれたこともありました。「薬、嫌だよね」と言いながらも何故かいつも素敵な笑顔で笑っている子でした。今、彼女を思い出すと笑顔が思い出せます。私はどうしても彼女が天使だとしか思えないのです。一生のうちに、こんなにきれいで、素直で、可愛くて、笑顔の似合う澄んだ心の子にはもう会わないと思います。私の周りには素敵な人がたくさんいます。でも彼女は、何かがちょっと違うの。考えても考えても天使としか思えない。家の人にとって彼女の生きた13年というものは、短かったと思います。でも、もし「13年どうだった?」って聞いたら、きっと「楽しかった。嬉しかった。幸せだったよ。いっぱい笑ったよ。」って満足そうに言うと思います。彼女は、私の自慢の友達の一人です。本当に可愛い笑顔なの。想像つくでしょうか? 私の天使。





あかあかや


明恵上人


あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月





ふくらはぎ


谷川俊太郎


俺がおととい死んだので
友だちが黒い服を着こんで集まってきた
驚いたことにおいおい泣いているあいつは
生前俺が電話にも出なかった男
まっ白なベンツに乗ってやってきた

俺はおとつい死んだのに
世界は滅びる気配もない
坊主の袈裟はきらきらと冬の陽に輝いて
隣家の小五は俺のパソコンをいたずらしてる
おや線香ってこんなにいい匂いだったのか

俺はおとつい死んだから
もう今日に何の意味もない
おかげで意味じゃないものがよく分る
もっとしつこく触っておけばよかったなあ
あのひとのふくらはぎに





水汲み


田辺利宏
「きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)」より


はだしの少女は
髪に紅い野薔薇を挿し
夕日の坂を降りて来る。
石だたみの上に
少女の足は白くやわらかい。
夕餉の水を汲みに
彼女は城外の流れまでゆくのだ。
しずかな光のきらめく水をすくって
彼女はしばらく地平線の入日に見入る。
果てしもない緑の海の彼方に
彼女の幸福が消えてゆくように思う。
おおきな赤い大陸の太陽は
今日も五月の美しさを彼女に教えた。
揚柳の小枝に野鳩が鳴いている。
日が落ちても彼女はもう悲しまない。
太陽は明日を約束してわかれたからだ。
少女はしっかりと足を踏んで
夕ぐれに忙しい城内の町へ
美しい水を湛えてかえってゆくのだ。





未確認飛行物体

入沢康夫


薬罐だって
空を飛ばないとはかぎらない。
水のいっぱい入った薬罐が
夜ごと、こっそり台所をぬけ出し、
町の上を、
心もち身をかしげて、一生けんめいに飛んで行く。

天の河の下、渡りの雁の列の下、
人工衛星の弧の下を、
息せき切って、飛んで、飛んで、
(でももちろん、そんなに早かないんだ)
そのあげく、
砂漠のまん中に一輪咲いた淋しい花、
大好きなその白い花に、
水をみんなやって戻って来る





長嶋茂雄選手を讃える詩
                                                   

サトウハチロー


疲れきった時
どうしても筆が進まなくなった時
いらいらした時
すべてのものがいやになった時
ボクはいつでも
長嶋茂雄のことを思い浮かべる
長嶋茂雄はやっているのだ
長嶋茂雄はいつでもやっているのだ
どんな時でも
自分できりぬけ
自分でコンディションをととのえ
晴れやかな顔をして
微笑さえたたえて
グランドを走りまわっているのだ
ボクは長嶋茂雄のその姿に拍手をおくる
と同時に
「えらい奴だなァ」と心から想う
ひとにはやさしく
おのれにはきびしく
長嶋茂雄はこれなのだ
我が家でのんきそうに
愛児達とたわむれている時でも
長嶋茂雄は
いつでもからだのことを考えている
天気のいい日には青空に語りかけ
雨の日には
天からおりてくる細い糸に手をふり
自分をととのえているのだ
出来るかぎり立派に
長嶋茂雄はそれだけを思っている
その他のことは何も思わない
ボクは長嶋茂雄を心の底から愛している
自分をきたえあげて行く
長嶋茂雄のその日その日に
ボクは深く深く 頭をさげる





『ことばのしっぽ』より
「こどもの詩」50周年精選集 読売新聞生活部 監修



ピピ

私の家の鳥のピピ
昔の作文を見ると
いつもピピのことが書いてあった
でも
もう 書けないんです
節分の日から
もう 書けないんです
私の家の鳥の
ピピのこと



とけい

もうちょっと
ゆっくりの
とけい
かいたい



ゆうれい 

ぼくが、ゆうれいを
みたことがないと
いったら、
おじいちゃんと
おばあちゃんが
ひゃくさいまでいきて
しんだら、
でてあげるねといった。
ぼくは、
とてもたのしみだ。



何か言うとき

お母さん
かんじとか
かたかなは書けるけど
何かを言うときは
ぜんぶ
ひらがななんだね。



太陽

ねえ ママ
太陽って いくつあるの
ぼくのおうちでしょ
ほいくえんでしょ
おおさきでしょ
かまがやでしょ
まりちゃんのおうちでしょ
道を歩いてても あるしネ
やっぱり
八こは
あるんじゃない



おとうちゃん

おとうちゃんは
カッコイイなぁ
ぼく おとうちゃんに
にてるよね
大きくなると
もっとにてくる?
ぼくも
おとうちゃんみたいに
はげるといいなぁ



鮎子の用事

あゆこね
ママと
ぎんこうに いってくるの
何しに行くの(祖母)
おすわりしに いくの



みどりちゃんへ

天国での夏休みどうだった
天国がっこうで
たんぼの田ならった?
くものプール
ほしのこうえん
つきのすべりだいに ベッド
いろいろなものがあるのかな
かみのけ ながくなった?



はじめての給食当番

あのね
すごく どきどき
してたの
だって
みんなに給食を
つくってあげるのかと
おもってたから



お気に入り

お気に入りの
ふくがあります
大人になっても
きられるように
のばしておきました