康子の小窓



  ことばの花束 2016.6開設



私は、友が無くては耐へられぬのです

しかし、私には、ありません

この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます

そして、私を、あなたの友にしてください


               八木重吉 『秋の瞳』序



心よ  八木重吉
しなう心 細川宏 
ラッキョウ  細川宏 
必要なら呼んでくれ ポーリーン・W・チェン
魂よ 高見順
老いの火 佐藤文夫
あーあ 天野忠
表札 石垣りん
明日戦争がはじまる 宮尾節子
癩者に 神谷美恵子
苦しみについて ハリール・ジブラーン 
最後の晩餐 茨木のり子 
倚(よ)りかからず  茨木のり子
兄弟よ、人生は楽し ジョージ・H・ボロウ
ありがとう 雪絵 
えらい人なんとかしたり  原田大助
火になろう 近藤益雄
アーチー(ゴキブリ)が蛾のことを歌った詩 ドン・マーキス
黒板絵の詩 熊谷元一先生に捧ぐ  しもはらとしひこ
わたしは みんなと ちょっとちがう  さきよ 
ココアのひと匙(さじ) 石川啄木 
妻の死  草野天平
「恐れ」の考えを避けるために  戸塚洋二 
 爆弾の直径 イェフダ・アミハイ
新しく植えた薔薇に戯れて言う  白居易 
楽園を目指す人 東田直樹
 「愛」 ジョージ・ハーバート 


                


心よ


八木重吉



こころよ

では いつておいで

しかし

また もどつておいでね

やつぱり

ここが いいのだに

こころよ

では 行つておいで





しなう心


細川宏



苦痛のはげしい時こそ

しなやかな心を失うまい

やわらかにしなう心である

ふりつむ雪の重さを静かに受けとり

軟らかく身を撓め(たわめ)つつ

春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて

じっと苦しみに耐えてみよう





ラッキョウ


細川宏



ラッキョウはうまいね

一粒ずつ箸につまんでカリッと咬むと

甘ずってだっぱい独特の味と香り


猿にラッキョウの実をやったら

一枚一枚皮をはいで

とうとう何んにも無くなってしまったとさ


しかしわれわれ人間だって

真理をあばき出そうとして

真理の皮をはいでは捨てはいでは捨て

いつか真理を見失っているのかも知れないよ


もう一度ラッキョウの甘ずっぱい味を

ゆっくり味わってみようや





必要なら呼んでくれ


ポーリーン・W・チェン




必要なら呼んでくれ

わたしはきみのそばに行く

見えないし ふれることもできない

それでも わたしはきみのそばにいる

心の耳を澄ませば そっと でもはっきりと

わたしの愛の言葉が聞こえることだろう

いつか きみにも ひとりでこの道をだどる日がやってくる

そのときわたしは ほほえみとともにきみを出迎えよう

そして こう言うんだ “おかえり”と





魂よ


高見順



魂よ

この際だからほんとうのことを言うが

おまえより食道のほうが私にとってはずっと貴重だったのだ

食道が失われた今それがはっきり分かった

今だったらどっちかを選べと言われたら

おまえ 魂を売り渡していたろう

第一 魂のほうがこの世間では高く売れる

食道はこっちから金をつけて人手に渡した


魂よ

生は爆発する火山の熔岩のごとくであれ

おまえはかねて私にそう言っていた

感動した私はおまえのその言葉にしたがった

おまえの言葉を今でも私は間違いだとは思わないが

あるときほんとうの熔岩の噴出にぶつかったら

おまえはすでに冷たく凝固した熔岩の

安全なすきまにその身を隠して

私がいくら呼んでも出てこなかった

私はひどい火傷を負った

おまえは私を助けに来てくれなかった

幾度かそうした眼に私は会ったものだ


魂よ

わが食道はおまえのように私を苦しめはしなかった

私の言うことに黙ってしたがってきた

おまえのようなやり方で私をあざむきはしなかった

卑怯とも違うがおまえは言うこととすることとが違うのだ

それを指摘するとおまえは肉体と違って魂は

言うことがすなわち行為なのであって

矛盾は元来ないのだとうまいことを言う

そう言うおまえは食道がガンになっても

ガンからも元来まぬかれている

魂とは全く結構な身分だ

食道は私を忠実に養ってくれたが

おまえは口先で生命を云々するだけだった


魂よ

おまえの言葉より食道のほうが私には貴重なのだ

くちさきばかりの魂をひとつひっとらえて

行為だけの世界に連れてきたい

そして魂をガンにして苦しめてやりたい

そのとき口の達者な魂ははたしてなんと言うだろう


高見順「死の淵より」(青空文庫)




老いの火


佐藤文夫



老いてなお ますますさかんに

燃えさかる 老いの火いうのが

あるそうな


老いさらばえて

われとわが身を けずって火をつけ

燃えたたせた 火のことじゃ


その火は 長年のがんじがらめ

くびきから放たれ鎖から解かれて

一気に燃えあがった 俺(おい)の火じゃ


押さえつけられていた この身が

いまいっせいに一気にはじけて

燃えひろがったんや


いいか うぬら

俺(おい)が ただだまって

老いさらばえると 思うな


老いの火は やがて死んでいく俺(おい)が

孫・子の幸せ想うて この身を

あつくあつく 燃やす火なんや

老いの火は 俺(おい)の火じゃ

誰のもんでもない 俺の火じゃ

いつまでも 死ぬるその日まで

燃やそうぞ





あーあ


天野忠



最後に

あーあというて人は死ぬ

生まれたときも

あーあというた

いろいろなことを覚えて

長いこと人はかけずりまわる

それから死ぬ


わたしも死ぬときは

あーあというであろう

あんまりなんにもしなかったので

はずかしそうに

あーあというであろう





表札


石垣りん



自分の住むところには

自分で表札を出すにかぎる


自分の寝泊まりする場所に

他人がかけてくれる表札は

いつもろくなことはない


病院へ入院したら

病室の名札には石垣りん様と

様がついた


旅館に泊まっても

部屋の外に名前は出ないが

やがて焼場のかまにはいると

とじた扉の上に

石垣りん殿と札が下がるだろう

そのとき私がこばめるか?


様も

殿も

付いてはいけない。


自分の住む所には

自分の手で表札をかけるに限る


精神の在り場所も

ハタから表札をかけられてはならない

石垣りん

それでよい





明日戦争がはじまる


宮尾節子



まいにち満員電車に乗って

人を人とも思わなくなった


インターネットの掲示板のカキコミで

心を心とも思わなくなった


虐待死や自殺のひんぱつに

命を命と思わなくなった


じゅんびはばっちりだ

戦争を戦争と思わなくなるために


いよいよ明日戦争がはじまる





癩者に


神谷美恵子



光りうしないたる眼うつろに

肢うしないたる体担われて

診察台にどさりと載せられたる癩者よ、

私はあなたの前に首を垂れる


あなたは黙っている

かすかに微笑んでさえいる

ああしかし、その沈黙は、微笑みは

長い戦いの後にかち得られたるものだ


運命とすれすれに生きているあなたよ、

のがれようとて放さぬその鉄の手に

朝も昼も夜もつかまえられて、

十年、二十年と生きて来たあなたよ。


何故私たちでなくてあなたが?

あなたは代って下さったのだ、

代って人としてあらゆるものを奪われ、

地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ


許して下さい、癩者よ

浅く、かろく、生の海の面に浮かび漂うて、

そこはかとなく神だの霊魂だのと

きこえよき言葉あやつる私たちを


かく心に叫びて首たるれば、

あなたはただ黙っている。

そして傷ましくも歪められたる顔に、

かすかなる微笑みさえ浮かべている






苦しみについて


ハリール・ジブラーン

神谷美恵子 訳



あなたの苦しみはあなたの心の中の

英知をとじこめている外皮[から]を破るもの

果物の核[たね]が割れると中身が陽を浴びるように

あなたも苦しみを知らなくてはならない

あなたの生命[いのち]に日々起る奇跡

その奇跡に驚きの心を抱きつづけられるならば

あなたの苦しみはよろこびと同じく

おどろくべきものに見えてくるだろう

そしてあなたの心のいろいろな季節をそのまま

受け入れられるだろう。ちょうど野の上に

過ぎゆく各季節を受け入れてきたように

あなたの悲しみの冬の日々をも

静かな心で眺められることだろう 





最後の晩餐


茨木のり子 
         



明日は入院という前の夜

あわただしく整えた献立を

なぜいつまでも覚えているのかしら

箸をとりながら

「退院してこうしてまたいっしょにごはん食べたいな」

子供のような台詞にぐっときて

泣き伏したいのをこらえ

「そうならないで どうしますか」

モレシャン口調で励ましながら

まじまじ眺めた食卓

昨夜の残りのけんちん汁

鳥の唐揚げ

ほーれん草のおひたし

我が家での

それが最後の晩餐になろうとは

つゆしらず

入院準備に気をとられての

あまりにもささやかだった三月のあの日の夕食





倚(よ)りかからず 


茨木のり子



もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくはない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目

じぶんの二本足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ






兄弟よ、人生は楽し


ジョージ・H・ボロウ

宮島靖子 訳



兄弟よ、人生は楽し

夜があり、昼があり、いずれも楽しいものだ

太陽や月、星たちも皆楽し

荒野に風がふきすさぶこともあるが

やはり人生はこの上なく楽し

兄弟よ 誰が死のうなどと思うものか





ありがとう


雪絵



ありがとう、

私決めていることがあるの

この目が物をうつさなくなったら目に、

そしてこの足が動かなくなったら、足に

「ありがとう」って言おうって決めているの

今まで見えにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、

私を喜ばせてくれたんだもん

いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた

夜の道も暗いのにがんばってくれた

足もそう

私のために信じられないほど歩いてくれた

一緒にいっぱいいろんなところへ行った

私を一日でも長く、喜ばせようとして目も足もがんばってくれた

なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき

「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う

今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか

だからちゃんと「ありがとう」って言うの。

大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから

「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの

たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うので……





えらい人なんとかしたり


原田大助




日本中のみんな悲しみで

いっぱいやから

俺、勉強も

ようできん


何でこんなに

心の中が

地震や戦争で

いっぱいになるんやろ

えらい人なんとかしたり


戦争は地震じゃないから

やめられるはずやろ


戦争に俺

行こうかな

戦争に行ったらな

えらい人に

「みんなどうして戦争やるんや?」って

きいたるわ

みんなきくの忘れとる

みたいやから





火になろう


近藤益雄



わたしは

ひとつの ちいさな おき火に なろう


けしずみのなかに その おき火は おいて

火をつくろう


この子たちが さむがっている

この子たちが さびしがっている

おやと とおく はなれて くらす

この子たちが


さむいよ さむいよ

火が ほしいよ と

ないている


そして

ずんずん ひぐれの雪が

ふりつんでくる


だから わたしは

この ちいさな おき火に なろう

わたし自身が 火になろう






アーチー(ゴキブリ)が蛾のことを歌った詩


ドン・マーキス



わたしは蛾に話しかけていた

この前の夕方のことだ

彼は電球に押し入って

われとわが身を

焼き焦がそうとしていた

まったくきみたちときたら

どうしてこんな無茶をするんだい、とわたしは訊いた


それがしきたりなんだ

われわれ蛾にとってはね

あれが電球ではなく

ろうそくの炎だったら

今ごろきみは

見苦しい燃えかすだぞ

分別というものがないのかね


あるとも、と彼は言った

でもときどき

使うのが嫌になるんだ

型どおりにやるのに飽きて

美に焦がれ

興奮に焦がれる

炎は美しい

わかってはいるんだ

近づきすぎれば命はないと

でもだからどうした

一瞬幸せを感じて

美とともに燃え尽きる

そのほうがましだ

生きながらえ

退屈しきって

自分の一生を

くるっと

小さく丸めて

放り出すよりは

人生なんてそんなもの

それよりはほんの一瞬でも

美とひとつになって

消え失せるほうが

美とひとつになることなく

だらだらと生きながらえるよりましだ

気楽に生きて気楽に逝く

それがわれわれの生き方さ

人間に似ているんだ

ひと昔前の

お上品になりすぎて楽しめなくなる前の人間に


わたしが反論する前に

彼は達観して

身を投げた

シガーライターのうえに

わたし自身の望みは

彼と違って

幸せは半分

寿命は二倍


そうはいっても

わたしも恋い焦がれるものはある

彼がその身を焼き尽くしたいと願ったのと同じくらいに





黒板絵の詩 熊谷元一先生に捧ぐ


しもはらとしひこ



わたしがこどもだったころ

エンピツもノートも貴重品だった

平らな地面が画用紙だった

小枝が絵筆のかわりだった


わたしがこどもだったころ

道路はあなぼこだらけだった

踏みならされた白い地面をさがして描いた

線を引くと黒い線がついた

かたい大地は上等のキャンバスだった


わたしは暗くなるまで土の上に落書きして遊んだ

まだチョークも黒板も知らなかった

七色のクレヨンは夢のまた夢


昭和二十八年

わたしは小学校に入学した

そしてはじめて黒板をみた

教室に入ったとき

いきなり目の前に広がっていた

それは誕生前の宇宙にみえた

新しい世界がはじまる

そんな気がした


わたしがこどもだったとき

黒板はあこがれだった

「さくら さくら」

となり組の先生がきて黒板に字を書いた

暗黒の宇宙に星ぼしが生まれた

あんな黒板がうちにあったら

どんなにかすてきだろう

消しても消しても生まれる銀河


黒板は魔法の画用紙だ

あたまに浮かんだことを

あそこに描いてみたい

わたしのあたまは

その思いでいっぱいだった

それはほかのこどもたちも同じだった


休み時間

こどもたちは黒板にむかった

だれかがこっそり白墨の粉を指先につけた

こわごわとおもいきって線を引いてみた

丸い頭と尾を残して消えた

オタマジャクシのようだ

流れ星のようにもみえた


わーこどもたちは歓声をあげた

おもしろそうだ

こどもたちはいっせいに黒板に向かった


あこがれの黒板が自分たちのものになった

こどもたちは押し合いへしあい並んで

指に白墨の粉をつけて手をのばす

黒板は夜空となった

白墨の線は流星の雨

こながなくなった

こどもたちはつばをつけて描いた

川のような黒い線ができた


チャイムが鳴った

大変だ!

みんな大あわて てんでに

小さい手のひらでこすって消した

よけいに汚くなった

机につくと白く汚れまくった黒板が目につく


叱られるぞ

こどもたちはちじこまった

わたしも落書き仲間だ

心臓がどきどきした

ガラっと戸があいた

男先生が入ってきた


先生はちらっと黒板をみた

ああカミナリが落ちる

わたしはふるえあがった

目をつむった


わんぱくたちもそうおもった

教室はシーンとした

しかしいつまでも静かなものだ

こっそりうす目をあけてみる

男先生はせっせと黒板ふきで

黒板をきれいにしていた


先生は窓の外に手を出して

パンパンと黒板ふきをはらった

へんだぞ

怒っていないようだ

たいしたことではないのかも

まてまて安心するのはまだはやい

そのうちドカンと大爆発が・・・


ところが男先生はこんなことをいいました

「みなさん、黒板に描いてみたいですか」

ちょっとのあいだみんなぽかんとしていました

「描いてみたいですか」

たしかにそういったのです

なんにんかがおそるおそる手をあげました

「黒板になにか描きたい人」

男先生はこんどは力強くいいました

とたんこどもたちは

いっせいに手をあげました

わたしもあわてて手をあげた


「では休み時間、黒板をかいほうします」

「せんせい、かいほうってなんですか」

おりこうそうなこがききました

「じゆうに描きたいものを描いていいということです」

みんないっせににとびあがってバンザイしました

「でも、やくそくしてください」

男先生は大きな声でいいました

「黒板は仲よくつかうこと。まもれないととりやめます」

「はーい」こどもたちは元気にへんじした


最初にならんだのはわんぱくやすばしっこいこどもたちです

おとなしいこ のろまなこはうしろに立った

わたしは興味ない顔をしてとおくからながめた


こどもはあきっぽい

元気なこはすぐに校庭にでていった

のこったわんぱくは廊下で遊びはじめた

黒板があいた

わたしはおそるおそる黒板にちかづいた


ちびた白墨があった

つまんで描いた

白い曲線

おもしろそうだ

まわりをみた

だれもわたしのことなんかみていない

おもいきって描いてみた


なんの絵か自分でもわからない

でもそんなことはどうでもいい

わたしは夢中になって描きなぐった

この日から黒板はわたしの無限のスケッチブックになった

黒板さんありがとう





わたしは みんなと ちょっとちがう


さきよ



わたしは みんなと ちょっとちがう

ちょっと しっぽが みじかいし

ちょっと ひげが ながい

でも ママが

「それでいいのよ」って いっていたの





ココアのひと匙(さじ)


石川啄木


われは知る、テロリストの

かなしき心を―

言葉とおこないとを分ちがたき

ただひとつの心を、

奪(うば)われたる言葉のかわりに

おこないをもて語らんとする心を、

われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を―

しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。

 



はてしなき議論の後の

冷(さ)めたるココアのひと匙(さじ)を啜(すす)りて、

そのうすにがき舌触したざわりに

われは知る、テロリストの

かなしき、かなしき心を。






妻の死


草野天平


糸巻の糸は切るところで切り

光った針が

並んで針刺に刺してある

そばに

小さなにっぽんの鋏(はさみ)が

そっとねせてあった

 

妻の針箱をあげて見たとき

涙がながれた






「恐れ」の考えを避けるために


戸塚洋二



よく人はしたり顔に、「残り少ない人生、日一日を充実して過ごすように」と、

すぐできるようなことを言います。

私のような平凡な人間にこのアドバイスを実行することは不可能です。

「恐れ」の考えを避けるため、できる限りスムーズに時間が過ぎるよう

普通の生活を送る努力をするくらいでしょうか。

「努力」とつい書いてしまいました。

ここにある私の「努力」は、見る、読む、聞く、書くに

今までよりももう少し注意を注ぐ、

見るときはちょっと凝視する、

読むときは少し遅く読む、

聞くときはもう少し注意を向ける、

書くときはよい文章になるように、と言う意味です。

これで案外時間がつぶれ、「恐れ」を排除することができます。

この習慣ができると、時間を過ごすことにかなり充実感を覚えることができます。





爆弾の直径


イェフダ・アミハイ



その爆弾の直径は三十センチ

有効範囲の直径は約七メートル

四人が死に、十一人が負傷した

痛みと時間の輪は

さらにその外側へと広がり

病院ふたつと墓地ひとつにおよんだ

しかし、爆弾で死んだ若い女性が

百キロ以上も離れた故郷の街に葬り去られたので

痛みの輪はさらに広がった

彼女の死を嘆き悲しむ孤独な男性は

遠い国の片隅にいたので

悲しみの輪は世界にまで広がった

さらに、泣きじゃくる孤児たちについては

何もいうまい

だがそのために

悲しみは神の御座にまでおよび

さらにその先へ、輪は際限もなく

神もなく、どこまでも広がっていくのだ





新しく植えた薔薇に戯れて言う


白居易

清岡卓行 訳


移植で土が替わっても元気を失くしちゃだめだよ

野原でも庭先でもまったく同じ春なんだから

妻のないわたしはその春がやたらと寂しい

花が咲いたらおまえを女房にするからね





楽園を目指す人



東田直樹


必ずあるという楽園を目指し

人は歩く

そこには差別や争いがなく

悲しみや怒りもない

誰もが望んでいるという楽園を目指し

人は歩く

そこには妬みや嫉妬もなく

苦しみや辛さもない

楽園にたどり着けば

幸せになれる

それは呪文なのか

あるいは魔法なのか

楽園にたどり着けた人は

まだいない

どこにあるのかもわからない楽園を目指し

今日も歩く人

楽園に幸せがないことを疑う人はいない

みんなが幸せになるために

立ち止まることを拒否する

一番大事な人を

残したまま





「愛」


ジョージ・ハーバート


「愛」がわたしに来いと命じたのにわたしのたましいはしりぞいた。

罪とけがれにまみれているので。

でも、「愛」はそれをいそいでさとり、わたしが躊躇しているのを見て、

わたしがはいって行くとすぐに、

わたしのそばに寄り、やさしくたずねてくれるのだった、

わたしに何が欠けているのかと。


わたしは答えた、わたしはここにいてもよい客でしょうかと。

「愛」は言った、おまえもそうされるだろうと。

わたしは恩知らずの悪者ではないのですか、ああ、愛するかた、

わたしはあなたの方へ目を上げることもできない者です。

「愛」はわたしの手をとって、ほほえみながら答えた、

その目をつくったのはだれだ、このわたしではないのか。


そのとおりです、主よ、わたしがその目をくもらせたのです、わたしの汚辱を、

行くにふさわしいところへ行くままにしてください。

しかし、おまえは知らないのかと「愛」は言う。その罪を負うた者がいることを。

愛するかた、わたしはこののち、あなたにお仕えいたします。

まあ腰をおろしなさいと「愛」は言う。わたしの食べ物を味わっておくれ。

そこでわたしは、腰をおろして、食べたのだった。