ある医学図書館員の軌跡
「船橋市図書館協議会」公募委員 応募小論文(2017.4.25送付)


船橋図書館に医学・医療情報提供の窓口としての役割を期待


下原康子

私にとって図書館はまず第一に「読みたい本をみつける場所」です。現在の船橋図書館は、蔵書の横断検索と予約・リクエスト制度によって一般図書に関するかぎり、私の要求はほぼ満たされています。一方で、私が30年間、司書として働いた医学図書館は「知りたいことを調べる場所」でした。医学専門情報を調べるのは医療関係者だけかと思っていましたが、私自身や家族が病気になり、知りたいこと調べたいことが次々と出てきました。その都度、医療者に提供するのと同じ方法で情報を入手しました。そして、患者・家族に対しても、医学学術情報の提供が必要という思いを強くしてきました。

医学図書館退職後、がん専門病院に開設された患者図書室で7年間、司書として働きました。まさしく患者・家族への医学情報提供の機会が与えられたのですが、ほどなく患者・家族の情報要求は医療関係者の特定されたリクエストとは大きく異なり、一筋縄ではいかないことがわかってきました。そもそも「何を知りたいのか」さえ明確ではないことが少なくないのです。また、私自身も乳がん経験者なので「情報は欲しい、でも知るのは怖い」というアンビバレントな心境も理解できました。一方で「医療意思決定」において情報がいかに重要な鍵になるかを実感せずにはいられませんでした。主治医からもたらされた情報に関して患者図書室を利用した人たちからは「手術方法について先生と話し合うのにここの本が役立っています」「主治医に質問しやすくなりました」「図書室の資料のおかげで医師の説明がよくわかり納得して治療を受けることができました」といった声が多く聞かれました。

現在、メディアやインターネットにおける医学・医療情報の氾濫がかえって人々が正しく知ることを困難にしています。「我々は、知恵に飢えると同時に情報に溺れている」と先人が述べたとおりの状況です。私は長年、国内医学雑誌論文データベースの公開と医学図書館の公開を主張し続けてきました。そして今は船橋図書館に期待しています。市民に正しい医学・医療情報を提供するための窓口に、その先進的モデルになるという試みに挑戦して欲しいと。公共図書館こそが敷居の低い市民みんなの場所なのですから。実現のためには、物・人・場所・システム・予算、などに関する様々な課題(以下のような)が予想されますが、全国には参考になる試みもいくつかあります。関係方面の知恵を集めれば克服できないことではないと考えています。

課 題

1. 医学分野の主要参考図書と各科の基本図書の購入及び改訂版の差し替え
2. 国内医学雑誌論文データベース導入
3. データベース検索者の養成
4. 利用者の要求をいかにを聞きとり、かつ潜在的要求を引き出すかの問題
5. 守秘義務の問題(病名、患者名、診療情報など)
6. 論文入手方法(金銭授受が発生する)
7. 相互貸借ネットワークの開拓(医学図書館、病院図書室など)
8. 有益なインターネットページの紹介(リンク集の作成など)
9. 有益なパンフレットの収集
10. 利用者への情報リテラシー教育
11. その他


参 考

医学文献の無料公開を
(朝日新聞 私の視点ウィークエンド 2004.3.6)
リタイアした医学図書館員が今、一市民として公共図書館に望むこと