ある医学図書館員の軌跡
典拠:図書館総合展2016フォーラム資料


リタイアした医学図書館員が今、一市民として公共図書館に望むこと

下原 康子

図書館総合展2016フォーラム 
医中誌Webを公共図書館で使う 医中誌は公共図書館での医療情報提供を支援します。

11月09日10:00~11:30 第9会場  主催:NPO医学中央雑誌刊行会
詳細ページ:https://www.libraryfair.jp/forum/2016/4777
第一部:リタイアした医学図書館員が今、一市民として公共図書館に望むこと
講師:下原康子(元医学図書館員。東邦大学医学図書館、東邦大学医学部附属佐倉病院図書室、千葉県がんセンター患者図書室「にとな文庫」と、大学図書館・病院図書室・患者図書室での勤務経験を持つ。;参考URLhttp://shimohara.net/nitona/yasuko.htm

第二部:医中誌Webを導入している公共図書館における利用実態・ご要望から考える公共図書館での医中誌Webの有効な使い方、具体的な検索方法、複写サービス、医学図書館+公共図書館の連携事例など。


Ⅰ.図書館とは「知ること」に対する社会保障制度である。

我が国には「国民皆保険制度」があり、誰もが同じ医療を受けることができる。とはいえ、選択は患者・家族にゆだねられている。いまや「いい病院・いい医者選び」は、医療における国民の最大の関心事だ。しかし、医学・医療情報の入手はグルメ情報のように簡単にはいかない。インターネットの大海原でワラをもつかみかねない患者・家族に、公共図書館は今こそ手をさしのべるべきではないだろうか。


Ⅱ.患者の情報収集行動 その時々で欲しい情報は変化し、かつ重なっていく。

どこか悪いのでは? → 医院・病院 → 検査 → 診断 → 病気の情報 → 病院・医師の情報 → 治療 → インフォームド・コンセント → 費用・制度 → 副作用 → 病気の見通し・予後 → 仕事・家族・生活の心配 → 交流・患者会など 


Ⅲ.医学情報の特殊性 医学情報を探すということ─患者・家族の心理と願い

1.健康なときにはまったく関心がなかった分野の情報が、病気になったとたんに重要な情報に変わる。

2.信頼のできる、より詳しい情報を求める。一般的な情報では間に合わないことが多い。

3.欲しい情報は、病気の症状や治療の段階を経て、また、情報を得ていくにつれて変化する。

4.情報要求が強い一方で、知ることには恐怖が伴う。「情報は欲しい、でも知るのは怖い」

5.自分の場合より、家族の病気の情報についての情報を探す人が少なくない。

6.情報を探す場面を見られたくないと願う人は少なくない。

7.時間を気にせず納得するまで調べたいと願う人が多い。

8.先が見えず疑心暗鬼に陥りがちな患者に、情報との出会いは転機になりうる。たとえ解決に至らなくても、自力で得た知識は病気に向き合う勇気を与える。

9.経済的負担は病気の苦しみを倍加させる。情報は安価に入手したいと願う。


Ⅳ.公共図書館の「医学医療情報提供サービス」における課題

1. 医学分野の主要参考図書と各科の基本図書の選定・購入及び改訂版の差し替え
2. 国内医学雑誌論文データベース導入
3. データベース検索者の養成
4. 利用者の要求をいかにを聞きとり、かつ潜在的要求を引き出すかの問題
5. 守秘義務の問題(病名、患者名、診療情報など)
6. 論文入手方法(金銭授受が発生する)
7. 相互貸借ネットワークの開拓(医学図書館、病院図書室など)
8. 有益なインターネットページの紹介(リンク集の作成など)
9. 有益なパンフレットの収集
10. 利用者への情報リテラシー教育
11. その他


Ⅴ.患者・家族の視点から見た医中誌Webの強み

1.医療者が医療者に向けて発信した情報を共有できる。

2.検索語が医療の現場で使う医学専門用語であること。告げられた病名などで検索できる。

3.本・雑誌・インターネットなどでみつからない希少疾患がよく検索できる。

4.研究者・医師の名前で検索できる。主治医を確認したことで信頼が深まることがある。

5.症例数の多い病院をみつけることができる。病院探しの参考になる。

6.雑誌の特集号が検索できる。特集号は病気の基礎から臨床まで最新情報が雑誌1冊に収められている。出版社のHPから購入が可能な場合も多い。


7.看護雑誌の論文・特集記事がみつかる。医学論文に比べて読みやすい。

8.副作用の情報をみつけることができる。

9.診療ガイドラインをみつけることができる。治療が標準的なものかどうか確認できる。

10.雑誌名から各医学会の存在を知り、それを手がかりに各医学会のHPにアクセスして、一般向けの情報、専門医・認定医の名前などをを知ることができる。

11.検索結果の論文名や抄録にひととおり目をとおすことにより、その病気についての認識や理解が深まることもある。

*6、8、9、10に関してはこのテーマに特化して検索できるサイトがある。
 医学図書館員が選ぶ患者・家族のための医学情報ウェブサイト
 http://shimohara.net/nitona/kiseki/lisn.htm
 
Ⅵ.患者図書室における文献検索の記録(2009~2014)一部です。
  http://shimohara.net/nitona/ichigoichie/bunkenkensaku.html

・医師と今後の治療方針を話し合うために専門的な詳しい情報が欲しいという膵がんの患者さんと奥さんに専門書と医中誌Webの雑誌論文を数件コピー(スタッフ用図書室からとりよせた)。
・骨巨細胞腫(めずらしい)の患者さんに医中誌Webで検索した文献4件(解説記事)を渡す。
・勉強熱心な患者さんにIMRTに関する論文を医中誌Webから2件提供。
・車イスの男性、めずらしい腫瘍。医中誌Webの雑誌論文を提供。
・腹膜がんについて調べる家族。本、インターネットには少ない。医中誌Webの抄録を提供。
・自分の病気ではなく娘のことについて聞きたい、という男性「娘はプロのバイオリニストだが脳卒中で指が不自由になった。リハビリのできる病院を探している」ニューロリハビリに関して医中誌Web、インターネットページなどで探す。
・子宮原発の平滑筋肉腫(まれ)について知りたい。医中誌Webから抄録をいくつか提供。
・専門情報志向の卵巣がんの方、診察を終えて再入室。医中誌Webから電子ジャーナル2件提供。
・骨軟部腫瘍の青年、治療の選択(手術か放射線か)に悩む。医中誌Webから関連の総説論文とセンターHPの関連箇所のコピーを提供。
・19歳骨肉腫女性のおかあさん、くわしい情報が欲しい。医中誌Webから抄録と電子ジャーナル1件提供
・付き合っている彼が骨腫瘍。インターネット情報では不足という彼女に医中誌Webからがん患者の味覚障害についての文献を提供。
・胸腺カルチノイド(相談員の紹介で)医中誌Web検索。電子ジャーナルで取れた1件を提供。
・「軟部肉腫」の患者さん(薬剤師さん)。阪大で治験中の免疫療法について知りたい。医中誌Web とインターネット検索。
・術後の尿漏れの治療(手術)について主治医から聞いた。どういうものか。医中誌Web とインターネット検索
・軟骨肉腫の女性、主治医に免疫治療(阪大で治験中)の相談をした。もっと詳しく知りたい。医中誌Webから阪大の著者の関連論文を提供。
・膵がんの女性、最近の動向(専門的な)が知りたい。医中誌Web検索。センター医師が書いた総説論文を提供。
・60代の男性、奥様と。前立腺がん術後の尿漏れを改善する体操(絵入り)が載っている資料はありませんか、と。所蔵本になし。インターネットで探す。医中誌Webで1件(看護雑誌)を提供。居合わせた相談員からもアドバイスをもらう。
・闘病記、闘病文学関連の文献を医中誌Webで探してみる。少ない。
・NPOの方の依頼で、医中誌Webでケアフード関連の文献を検索。2件提供。
・副鼻腔腫瘍の40代の女性、良性だが手術する。麻痺のリスクが心配。希少がんの情報は本、雑誌では少ない。関連文献を医中誌Web で。
・夫がアニサキスアレルギー。有益情報や詳しい医師の情報が得たい。医中誌Web検索。論文数の多い開業医のHPのコピーを提供。
・事務局の女性、家族が希少疾患。本、雑誌でみつからず。医中誌Webとインターネット検索。病院探しの参考にします、と。
・胆管がん(父)の情報を求めて。30~40代の女性。現役のナースで雑誌論文を希望。医中誌Webの検索結果から選んでいただく。希望の1件は他大学から取れると伝える。看護学書を2冊貸出。
・腎がん摘出後の生活について知りたいという入院男性と看護実習生、指導教員とともに。医中誌Web検索。電子ジャーナル2件を提供。

Ⅶ.患者の気持 図書館員が患者・家族と向き合うときの参考に

「一期一会の人々 患者図書室の日々」より(一部です)
 http://shimohara.net/nitona/ichigoichie/ichigoichie.html

・ごちゃごちゃの知識でも無いよりうんとまし(医学専門書を貸し出した膀胱がんの男性)
・本をがんがん読んでいると少しだけがんが怖くなくなりました。(妻)
・日々変化する病状に対して自分なりの勉強ができるのは豊富な蔵書があればこそです。
・主治医の論文を読み「書かれたものを読むと安心します」。
・公共図書館の医学書は古くて、自分の病気のものがなく、がっかりしていました。インターネットは有益ですが、携帯できず、情報の質もばらばらで有効なものを手にするまでに時間と労力がかかります。
・前立腺がんに関する多くの資料を読ませていただき、一応の知識を得ることができました。このことにより、安心して治療を受けております。これからも更なる最新知識の提供を期待しております。
・「受容の気持になれる本ありますか」と泣かれる若いお母さん。答えもことばもみつからない。
・<医学情報>よりもまずは<キモチを立てなおすための知恵>が欲しい、という方が多い。
・「久しぶりに読み応えのある本(医療関連一般書)を読みました」と初老の男性。
・初老の肺がんの男性「退院まじかになってやっと本を読む気になれました」
・「主人は先生にまかせておけばいいと言うが・・・情報が乏しく気になることだらけ」という奥様。
・薬の副作用が気になる患者さん、症状の経緯をご主人の協力でエクセルの表にした。主治医に見せたら感心された、とうれしそう。
・「胃がんの手術をした。先生はいろいろ説明してくれたがよくわからない。勉強しなくては、と思った」という男性。
・退院まじかの患者・家族の質問に多いのが「がんにいい食事の本ありますか」「再発を防ぐ方法はありますか」「いい代替療法ありますか」
・乳がんの女性、「ここで借りた専門書のおかげで先生の説明が理解できました」とうれしい報告。
・乳がんの女性「遺伝子検査をしてから治療を選びたい」膵がんの男性「免疫細胞治療の実現に協力したい」患者は進化している。
・骨軟部腫瘍の若い男性「どの本を読んでもがんになった原因は書いてない、先生に聞いてもわからないという。わからないまま耐えるのは辛い」と言われる。
・「ここで勉強して医者になるぞ」と笑う70代の男性。
・貸出冊数ナンバーワンの乳がんの女性、治療前に医師に質問すると「そのとおりです」の返事が多く、転移してからの質問には「わからない」の返事が多い、と語られる。
・緩和に移られた乳がん転移の女性。「司書はあこがれの仕事でした」と言われた。
・「代替医療に関心はあるが、友人の様々なアドバイスに迷うことが多くて」という女性。(同様の発言多数)
・検査待ちの男性(70代)「貸出(専門書があるのも)がありがたい。家族にも病気について知っておいて欲しいので」
・居合わせた男性3人で、臨死体験の話になった。
・乳がんの骨転移の情報を探す女性。疑いを指摘され再検査の予定。情報は検査後でもいいのではと言うと「そうですね・・・」。情報収集のタイミングは人それぞれで悩ましい。
・代替療法への関心多し。考え方についてのレクチャーがあればよいと思う。
・何から読んでいいのか、という男性。ふだん本になじんでいない人は戸惑うようだ。情報入手の方法で多いのは①インターネット②本・雑誌だった。
・男性患者さん「何の本を読んだらいいのか、そもそも読みたいのか、読みたくないのかもわからない」

Ⅷ.参考サイト

康子の小窓 に以下のメニューがあります。

・医学図書館員が選ぶ 患者・家族のための 医学情報ウェブサイト  
・一般市民も使える医学図書館 (付:公共図書館の試み) 
・一般市民も使えるオープンアクセス 
・Yasukoのリンク集(がんに関するリンク集)
・がん関連 学会・研究会 
・患者図書室挑戦の記録 (図書・雑誌・文献検索など) 
・闘病文学のページ