康子の小窓

 康子の小窓 読書日記 


2016.5 開設 闘病文学のページ より続く。 本読む人  更新のお知らせ

5  絶望読書 苦悩の時期、私を救った本  2018.8.29
中井久夫さんを読む  2018.1.26
3 司書 宝番か餌番か 2016.6.4 
2 ブラックジャック 第124話 六等星  2016.5.21
1  刑務所図書館の人びと ハーバードを出て司書になった男の日記 2016.5.15


2018.8.29
絶望読書 苦悩の時期、私を救った本
頭木弘樹 飛鳥新社 2016

次の3点で感服した本でした。

① “絶望読書”というコロンブスの卵とも言うべき清新なる発想 
② 実感のこもった豊かなことばとあたたかな表現
③ 独創的であるがゆえに効果的な古典文学へのすすめ

私は5年前までがん専門病院の患者図書室で7年間司書として働いていました。患者図書室の最大の役割が病気に関する情報提供であることはもちろんです。けれども一方で、訪れる患者さんたちの中には病気の情報以外の“なにか”を望んでいる人も多かったように思います。「病気の本は読みたくありません」という人も少なからずおられました。その“なにか”が「パスカル的気晴らしの時間」かもしれないと私は気づき始めていましたが、戸惑いが先立ち、情報サービスに逃げていたかもしれません。このたび『絶望図書』を読んで患者さんたちのつぶやきが次々思い出されました。

医学情報よりもまずはキモチを立てなおしたいです。
カラダの治療が一段落ついたころからココロがつらくなってきました。
治らないのはわかっているので「闘う闘病記」は読みたくありません。
昔から読書好き。とりわけ今は心を支える本が必要です。
病気の本より小説が読みたいねえ。
いい本がいっぱいあるね、生きている時間が少なくなって残念だよ。
自殺未遂を3回も繰り返したが、がんになって本を読む時間が欲しくなり、生きたくなった。
いい本を読んでいると死ぬのが前ほど怖くなくなってきました。
若いころ読んだ森鴎外が読みたい。
『出家とその弟子』を手にとって「若いころ感動した本です」
『死をみつめる心』(岸本英夫)、『生きがいについて』(神谷美恵子) を貸出されたお母さんに連れ添ってこられた娘さんの一言「こういう本を読む母の気持がわからない、ますます落ち込むのではないでしょうか

一人の女性から「受容の気持になれる本ありますか」と聞かれたときの困惑が忘れられません。一瞬虚をつかれて、私はひどく動揺しました。ターミナル関連の本やがん患者の闘病記、また「闘病文学」というコンセンプトで収集していた文学書などをそろえていたにもかかわらず、そういう質問を具体的に思い浮かべたことがなかったのです。文学好きの私ですが、『絶望読書』という発想の転換はできませんでした。結局、まともに答えられず「気が向いたらまたのぞいてくださいね」と言うのが精いっぱいでした。あのとき『絶望読書』があったらよかったのに、と思います。

本書の中にすてきなエピソードがあります。入院中に著者が読んでいた『カラマーゾフの兄弟』に同じ病室の患者さんの一人が興味を惹かれます。ビジネス本しか読んだことがない人でしたが、借りて読み始めるとたちまちのめり込みます。その熱は他の患者さんにも広がりました。やがて、同室の患者さん6人全員がドストエフスキーを読んでいるという状況になり、看護師さんをびっくりさせたというのです。私も何度か入院経験がありますが、あえて分厚い古典文学を選んで持っていったものです。生涯つきあいたい、そういう作家との出会いは大の親友を持つのと同じくらい得がたい幸運であることを本書が教えてくれています。





2018.1.26
中井久夫さんを読む

「高齢のため来年からは失礼いたします」数年前、ある知人(女性)の年賀状にそうあった。続けて「本も読まなくなりましたが、中井久夫さんだけ読んでいます」と記してあった。今になってその心境が理解できる。私自身も中井久夫さん(私もこう呼びたい)を熱心に読み始めている。何か書き留めたいと思う。雲を掴むような感想にすぎないが、中井さんを私の記憶に索引しておきたい。

最初に読んだ中井さんの本は『日本の医者』だった。楡林達夫という著者が2010年に書いたものとして読み進んでいたが、臨床研修医制度の記述にひっかかった。実は1963年から66年にかけて書かれたものと知り、三十余年の隔たりをまったく感じなかったことに仰天した。2011年、東日本大震災の直後、ノンフィクション作家の最相葉月さんの計らいで、中井久夫さんが阪神大震災のとき書かれた「災害がほんとうに襲ったとき」の全文がインターネット公開された。「花と書籍が行きわたることが被災地の正常化の目安の一つ」の一言にうなずいた。想像を絶する連日の映像で麻痺しかかっていた感覚が正常化したように感じた。当時、がん病院の患者図書室で働いていたので、全文を印刷・製本して蔵書に加えた。

『看護のための精神医学』(山口直彦共著、医学書院、2004)『こんなとき私はどうしてきたか』(医学書院、2007)『臨床瑣談』(みすず書房、2008)『続・臨床瑣談』(みすず書房、2009)も蔵書に加えた。病気になったときのバイブルは中井さんの本と決めた。『こんなとき私はどうしてきたか』(精神科病院で行われた連続講義)を読んで以来、中井さんの精神科の著作をいつかは読みたいと思い続けてきた。おりしも2017年からみすず書房で中井久夫選集(全11巻)の刊行が開始された。新刊書を買う余裕はないので、時には予約待ちをしながら、公共図書館で借りて一冊ずつ大切に読んでいる。

患者さんのことを語る中井さんのことばがどうしてこうも胸に響くのだろう。『こんなとき私はどうしてきたか』というタイトルが示すように、中井さんは「私」(まれに「私たち」)の視点で書かれている。多くは「精神科医の私」で、中井さんの視野には、亡くなった人たちも含めて、患者さん・ご家族をはじめ中井さんの周囲の大勢の人たち、見ず知らずの読者、未来の読者まで入っている。だから、私は、ある箇所では患者として、またべつの箇所では妻として、母として、娘として、また看護・介護者として中井さんのメッセージを受け取る。中井さんは言う。「証拠にもとずいた医学(EBM)」とともに「ダメでもともと医学(ダメもと医学)」があっていい、とにかくお金がかからず無害なことならなんでもいい」実にスカッとした。がん患者さんたちに、また医療者以上にEBMを信奉している医学図書館員に聞かせてあげたい。(誤解されたら困るけれど)

「中井さんならどう思われるだろう」しばしばそう思う。親身に相談にのってもらえそうな気がする。一方で、同じ時代、同じ国土に生きているのに、遥かかなたの星から世に棲む人々を観察しておられるような、中井さんにはそういう感じがある。近くて遠い不思議な方だ。でも、読んでいる時はたとえ理解できなくてもとても近しい。中井さんは「またか」というようなことは決して言わない。かといって意表をつくわけでもない。徴候はあったが、中井さんのように語った人がいなかったので気づかなかっただけかもしれない。中井さんの「プロ的エレガンス」たとえば「ifを使ったやわらかな言い方」「ハヒフヘホの合いの手」「興奮した(好意が持てない)相手に “きみも大変だね、本当はいい人なんだよね” と心につぶやく」など、ふだんのコミュニケーションでも実践できたらよいと思う。しかし、自分のよくないクセを自覚するのが先決のようだ。私にはきめつける傾向がある。「してあげる」「しなくっちゃ」を多用する。それが会話の調子を損ねつまらない雰囲気にしていた。中井さんに気づかせてもらったことだ。

「文は人なり」がこれほどピッタリする人を他に知らない。とにかく心地よい文章で、いつのまにか眠ってしまうことはあっても飽きることはまずない。中井さんが診察室に飾られていたクレーの絵の印象に似ている。読書がおのずと精神療法になっている。中井さんは「解説」や「まとめ」をしない。研究を体系化することもあえてされなかったという。「社会的発言」も少ない。あるのは、中井さんの心に宿る患者さんたちとの物語。ウィットに富んだ折々の対話。イメージ豊かな静逸な時間。ただし、震災のときの活動については精力的に書かれた。

臨床医、学者(理系文系問わず)、文筆家、詩人など、中井さんはどの職業を選んでも一級の仕事をされただろう。でも、精神科医になられて本当によかった。中井さんの本を読む前は精神科の患者さんのことを「妄想にとらわれたおかしい人」と思っていた。今は「不安であせっている人」「混乱し疲れて困っている人」というふうに感じる。自分と無縁とは思えなくなった。

かって一度精神科の患者だったことがある。正確な記憶は残っていないが、40代半ばのころ、不安神経症になった。きっかけは今では思い出せないくらい些細なことの積み重ねだったと思う。問題は身体症状だった。顔一面に湿疹が出て眠れなくなった。(3日間一睡もできなかったと記憶している)心臓がワクワクして身の置き所がなかった。一度夜間救急にかかった。精神科救急ではないので無理もないが、医師の対応は冷たかった。同じ医師が怪我をした子どもの手当てになると打って変わって優しいのが恨めしかった。無理やり仕事に出ていたが、とうとう心療内科の外来でパニック発作を起こした。「とにかく眠らせて。点滴で眠らせて」と騒いだらしい。その時のいきさつや状況はほとんど思い出せない。しかし、いくつかの断片的な記憶だけが鮮明に刻まれている。外来で待っているとき「ここでパッタリ倒れたら眠らせてくれるかな」と思ったこと。「お子さんがいらしゃるのだからしっかりしなくてはね」点滴の準備をする看護師さんの一言に対して「ばかみたい、私なんかいない方がいいのに」と白けていたこと。高層ビルから飛び降りるのは簡単なことのように思えたこと。

休みをもらって家で静養することになった。わがまま放題の私に夫は耐えてくれたが、二人の子どものまなざしがつらかった。狭い我が家には閉じこもる場所もない。入院しよう(閉じ込めてもらおう)と思った。近くの精神病院に行って「とにかく入院させて」と訴えた。その時かけられた医師の一言が奇跡を起こした。医師は言った。「どうしてもというなら入院してもいいけど、いいの?」少し間を置いて「風邪ていどで入院するの?」と言った。帰り道、もらった薬を一錠服用した私は回復していた。次の診察では医師を観察する余裕さえあった。医師はいらいらした様子で、投げ捨てるようにつぶやいた。「まったく、世間の奴らときたら何考えてるんだかさっぱりわからん、患者さんの方がよっぽどわかりやすい」今日は先生の方が患者さんみたい、と私は思った。

それにしても、どうして私はいとも簡単に回復したのだろう?中井さんの本に「これだ」という箇所をみつけた。中井さんはそろそろ保護室を出てもよいと思われる患者さんに何度も「いろいろあるよ。いいの?」と聞く。中井さんの「いろいろあるよ。いいの?」と「どうしてもというなら入院してもいいけど、いいの?」では相手も違えば状況も違う。それなのに、私は「これだ」と思った。たとえ勘違いでも思ったもの勝ちである。私の感想の中には他にも勘違いがあるかもしれないが、中井さんは気になさらないと思う。なにしろ中井さんは私の「バイブル」なのだから。




  2016.6.4
司書  宝番か餌番か 
ゴットフリート・ロスト/著 石丸昭二/訳 白水社 1994
Gottfried Rost: Der Bibliothekar ,1990
 司書<絵画>

ドイツのライプツィヒ社から「歴史的職業像」と銘うって刊行されたシリーズの中の一冊。著者は1931年生まれ。19歳の臨時職員から東西ドイツ統合を挟んで現在までの長い年月を図書館一筋で歩んできた司書である。「司書の仕事のデテールは世人の想像力には余るようだ」という、ややからかい気味な書き出しに惹かれて読み始めたら、これが実に楽しい本であった。

司書の仕事がわかりにくいのは万国共通らしい。薬剤師との共通点を比べるとそのわかりにくさの本質が見えるようだ。薬剤師と司書はどちらも容れ物(箱)のなかで行動する人である。容れ物とは薬局であり図書館である。容れ物の中身は薬であり本である。本は読むクスリともいうではないか。薬剤師は薬局にある薬を提供するのが仕事だ。しかし、薬剤師が薬を自分のおなかに入れていると思う世人はいない。一方、司書も本を貸し出せばいいだけなのだが、それとは別に司書は本を読む。しかし、よほどのお人よしでなければ、本を読むことを司書の仕事とは考えないだろう・・・。機知あふれる軽妙な筆致は翻訳でもよく伝わってくる。全体は3章から成っているが、図書館の歴史と司書の仕事の章はやや駆け足だ。圧巻は「宝番か餌番か」の章である。つい、引用したくなる文章がめじろ押しだ。

「司書の歴史は、もし書かれていれば、伝説にしばられ責任に苦しむ優柔不断な男から、その日その日の気分まかせの御仁まで、人類に喜びをなす芸術愛好家から形式的な手続きにこりかたまったお役人にまでおよぶ、多岐多様な行動パターンをあきらかにするだろう。」

古代から現在に至るまで雑多な群像が次々と登場する。とりわけ、ルネサンス期から19世紀後半まで、図書館が法制化される以前の司書たちの無軌道ぶりは笑える。一方で素晴らしい学者司書たちもいた。その筆頭がゲーテだ。私にとって司書ゲーテの発見が本書の最大の収穫だった。ゲーテは司書の性格についてこう述べている。
「保管することと利用することが別物であることは一般に認められ、経験によっても証明されている命題です。活動的な学者はよい司書ではなく、勤勉な画家は良い美術館監督官ではありません。」フォークト宛の書簡(1811年1月10日)

ゲーテは司書がよりよい仕事を行うために作業日誌を導入した。「なしたこと、体験したことを日々概観してこそ、自分のおこないに気づき、それを喜ぶことができるのです。そうして毎日ノートをつけていると、欠陥や誤りがおのずと明らかになります。過去にさかんに光が当てられるのは未来のためなのです。わたしたちは瞬間を、ただちに歴史的なものにすることによって学ぶのです」(ミュラー宰相との会話 1827年8月23日)

ゲーテは目録の記入法はもちろんその紙質にもこだわった。また、件名目録の考え方を強調した。図書館の環境に配慮し、利用者に対しては的を得た秩序感覚を要求した。返却にも厳しかったという。「真に偉大な精神の持ち主には、司書のデデールの意味がわかるのである」と著者は述べている。

めずらしい挿絵と欄外の名言の収集も本書の魅力だ。
「不細工な女司書はいない。美人の司書はどのみち美しい。だが一般的に見て美人でない司書は精神の魅力と品の良さを持っている フレッド・ロドリアン」女性司書に優しい名言である。

本書の最後には「もう一言」という一文がある。司書が銘記しておきたい素晴らしい内容なので、その全文を引用しておく。

「司書個々人が人類のためになすことは、ほかの人たちが各々の職業においてなすことより多くもなければ、それより少なくもない。司書という職業が歴史に書き入れる何か特別なものがあるとすれば、それは、人間として恥ずかしくない存続を確保するのに役立つ認識を手に入れるべく、人類の記憶をはぐくむ不断の努力であろう。司書は他の者たちが播いたものを刈り取り、それをよく吟味して納屋へ運び入れ、整理し、保管し、そして新たな種蒔きのためにそれを用意しておく。かれは「受ける」人であると同時に「与える」人である。彼が何を受け、何を与えるかというところにかれの能動性があり、かれがどのようにして受け、どのように与えるかというところにかれの創造性がある。かれなしには図書館は存在しないだろうし、文字文化の産物はどうの昔に消えてなくなってしまったろう。かれはいつの時代にも、過去が忘れられ、現代が静的な量としてとらえられるのを防いだ。司書は学問の良心であると同時に疾しさであり、かつまた一人の人間にほかならない。本書では図書館の歴史をかいつまんで述べ、司書の仕事の手段方法を同様にざっと見てまわるが、その間、関心をお持ちの世の方がたには、司書をかかるひとりの人間として見ていただきたと思う」

ちなみにこの本は「松岡正剛の千夜千冊」に収録されている。本書の書評というより松岡氏の図書館論・司書論だ。「ウェブの中には、司書は見当たらない。どこにもいない。むしろ検索エンジンやウェブユーザーやブロガーたち自身が司書であり、司書群そのものなのである。」
http://1000ya.isis.ne.jp/1214.html




2016.5.21
手塚治虫『ブラックジャック 第124話六等星』
秋田書店 1977

「私は血が嫌いで気が小さく医者には向かなかった」と手塚治虫は語っている。もちろん後世のためにはマンガ家になって幸いだったが、臨床医の手塚先生にも会ってみたいような気がする。そう思わせる話が「ブラックジャック」にはたくさんある。その一つが第124話『六等星』。私の一押しだ。この話では、ブラックジャックは語り部の役どころである。主役は大病院「真中病院」の目立たない一人の医師。言葉を連ねてもこの椎茸先生の造形において手塚の描写を越えるのはむずかしいだろう。

物語の導入が巧みだ。ブラックジャックとピノコが花火を見ての帰り道、星空を眺める場面から始まっている。ブラックジャックはピノコに語る。「一等星はあのでかい星だ、六等星はほとんど目に見えないくらいかすかな星のことだ。だがちっちゃな星に見えるけどあれは遠くにあるからだよ。じっさいは一等星よりももっと何十倍も大きな星かもしれないんだ」中島みゆきが歌った「地上の星」のメッセージに重なる。




手塚治虫『マンガ版 罪と罰』





2016.5.15
刑務所図書館の人びと ハーバードを出て司書になった男の日記
アヴィ・スタインバーグ著 金原瑞人・野沢佳織 訳 柏書房 2011
Running the Books: The Adventures of an Accidental Prison Librarian 2010

     
 

好奇心と想像を掻き立てられる本である。ジャンルから言えば文学だろう。著者(30歳前後か)が魅力的だ。エルサレムに生まれクリーブランドとボストンで正統派ユダヤ教徒として育った。ハーバード大学を出たころからユダヤ教に背を向けるようになる。クラスメートの多くが銀行家、医者、法律家、教授、ラビになりつつあるころ、彼はボストン・グローブ紙に死亡記事を書くバイトで食いつないでいた。そんなとき偶然目にした刑務所の図書室司書の求人広告。図書室と刑務所の取り合わせの妙に惹かれて応募。正規職員となる。「ぼくにはまだ学ぶべきことがたくさんあった。ロースクールか、刑務所か。迷うまでもなかった」。兆候はあった。シェイクスピアを読んでいるのを知った祖父母が心配していたこと、ハイスクールの卒業記念アルバムにクラスメートが書いた「アヴィの将来・・・ネゲヴ砂漠で羊飼いになる」という予言。一見アメリカ的なユーモアとアイロニー、その一方で詩的・隠喩的・内観的な謎めいた本書の魅力はユダヤ世界に源泉があるのかも。しかし、そのあたりに不案内な読者-リタイアした日本の司書である私は「ネゲヴ砂漠の羊飼い」から『ライ麦畑でつかまえて』の主人公、ニューヨーク育ちのホールデン少年が唯一なりたかった仕事「ライ麦畑のつかまえ役」を連想した。

さて、刑務所図書室は静かどころか、まるで禁酒法時代のもぐり酒場のような雰囲気の場所だ。30人が収容できる規模で蔵書は2万冊。司書の他に受刑者の図書係数名が交代で手伝っている。受刑者は各房ごとに決められた時間帯に利用する。制限時間は1時間だ。男女が行き会うことはない。群れをなして押し寄せる受刑者たちはやたらと騒がしい。彼らの多くは何かをさがしているらしいがそれが何なのかさえよくわかっていない。もっとも、何かをさがしているという点ではアヴィも受刑者も似たり寄ったりだ。

刑務所にとって図書室は保安上の頭痛の種だ。おおぜいの受刑者が行き来する上に書架が死角を作り監視するのがむずかしい。武器や禁制品の出所の多くは図書室からだという。たとえば、ハードカバーの本は防護服や武器になる。司書の要チエック事項である。本に挟み込まれた紙片の回収も司書のルーティンだ。紙片の多くは受刑者が書いたメモや手紙で、カイト(凧)と呼ばれている。長いのや短いの、宛名のあるものないもの、サイズもさまざま。大判の本が郵便箱に使われる。「カイトは図書室の読み物の中でも最高の部類に属する」とアヴィは言う。届くことのないカイトの運命がアヴィを捉えてこの本を書かせたのかもしれない。

本と向き合う時のプライバシーは受刑者に与えられた最高の自由だ。しかし、本は善き道への導きにもなるが悪しき道に進む方法を知る手段にもなる。両者をみわける方法はない。「面倒に巻き込まれないようにすること」賢明な刑務官や職員たちはアヴィにそう助言した。この本のアヴィは心優しい有能な司書だ。受刑者たちは彼をブッキーと呼んで愛した。しかし刑務所という場所ではアヴィは面倒に巻き込まれやすい人物という評価になる。実際、そうなって停職処分を受ける。

「刑務所図書館の人びと」の中でもっとも印象に残るのがジェシカだ。18歳のとき2歳の息子を教会に捨てた。その息子が18歳になり同じ刑務所に入ってくる。中庭でバスケットボールをする息子の姿を高層棟から食い入るようにみつめるジェシカ。出所が近づき息子に手紙と似顔絵を渡したいとアヴィに打ち明ける。精一杯のおしゃれをして図書室の奥で同じ房の友だちに似顔絵を描いてもらう。アヴィはこの規則違反の計画に熱中する。だが、映画のような展開にはならない。ジェシカは何も告げずに姿を消した。手紙と似顔絵は房のゴミ箱に破り捨てられていた。出所後まもなくジェシカは薬物大量摂取で死ぬ。手紙も似顔絵も息子に届かなかった。アヴィは時を同じくして死んだ祖母にジェシカを重ねる。アウシュビッツの時代を語ることを拒み続けて死んだ祖母。だが、親戚が集めた記録の中に祖母は声を残していた。息子に何も残さなかったジェシカは同じ房のヴェトナム女性にリボンのプレゼントをしていた。届かない手紙に対するアヴィの思いは深く遠く時代を超えて拡散する。

受刑者の図書係のエリアも忘れがたい。彼は図書室の騒ぎをよそに書架の奥でいつも静かに本を並べていた。そのしぐさは丁寧で愛がこもっており上品だった。これまで何百時間も果てしなく黙々と繰り返しているこの作業。この行為こそがエリアがよく使ったdoing time(刑期をつとめる)ということだった。エリアは身をもって刑務所図書室のあり方について教えていた。「秩序というものは大掛かりな計画によってではなく、ささやかな行為をていねいに何度も繰り返し、みがきあげていくことで形成されるのだ」題名の“Running the Books” と“doing time”は対になっている。

この本が映画化されればいいと思う。スカイライティングはもっとも美しい場面になるだろう。静まり返った刑務所の夜の闇の中で受刑者たちの沈黙の会話が交わされる。中庭は暗く房は明るい。男性受刑者たちは中庭をはさんだ高層棟にいる女性受刑者に向けて空に指で文字を書いて合図をするのだ。一方で同じ中庭でロマンティックとは対極の奇異な場面が演じられることもある。保護拘置ユニットの囚人たちによる真夜中の バスケットボール。刑務所版奇人変人ショー。スカイライティングの窓はたちまち受刑者専用の観客席にとって変わる。

以下は司書仲間に向けた個人的な感想である。

アヴィの刑務所図書室と私が7年間司書をしていたがん専門病院の患者図書室。両者には似たところがある。まず、刑務所と病院はどちらも自由を奪われた人びとが一定期間過ごす場所である。刑務官・職員・受刑者の関係と医療者・職員・患者の関係には類似点がある。いずれの場合でも3者は外見からもはっきりと見分けられる。その中で司書という職種はどこかあいまいだ。図書室に対する見解もあいまいだ。利用者からは「刑務所らしくない」また「病院らしくない」唯一の場所として歓迎されている。しかし、管理者にとっては無くても困らない、むしろ無くして節約を図りたい場所かもしれない。また、把握できにくい場所で交わされる人と本、人と人との交流や影響が気になることがあるかもしれない。

「刑務所図書室の役割って何?」アヴィはいろいろな人にこの疑問を投げかけた。その答の中には患者図書室にもあてはまるものが多い。

刑務所:図書室は百害あって一利なし。受刑者に犯罪を企てる場を提供するだけである。
病 院:患者に医学専門情報を提供しても理解できないだろう。混乱をまねき、かえって患者を苦しめるだけだ。(医師)

刑務所:受刑者の現実を忘れさせ神経を落ち着かせるために有効。刑務所がいくらか暮らしやすい場所になる。
病 院:「患者図書室は病院中のオアシスの役目を担っているようです。気持ちが暗くなりがちな入院生活の中でいろんな世界を教えてくれる本に出会うことができたら、もっと楽しくなれるでしょう。」(患者)

刑務所:見張られているとは思っていない受刑者から情報を引き出すのに格好の場所である。
病 院:ここ(患者図書室)では患者さんは本音で話している。(医療者)

刑務所:受刑者たちは法律関係の書物を閲覧する権利がある。
病 院:患者も医学専門情報にアクセスできるようにすべきである。(司書)

刑務所:受刑者が人生を変えたり、教養を深めたり、何か生産的なことができるようになるための場所である。
病 院:「退院まじかになって本に関する話ができて幸せだった。もっといたいような気がする。病院にいてもっといたいというのは妙なものだが、癒されるし落ち着く。生命がもっとあれば万巻の書が読みたい。」(患者)

刑務所:刑務所の図書室は99.9パーセントの受刑者にとっては無用の長物だが、マルコムXのような人間を再び輩出する可能性があるというだけで存在価値がある。
病 院:ある男性患者さんは患者図書室に通って「検査略語表」を作成した。

刑務所:受刑者は時間をもてあましている。本を読むのはいい暇つぶしになる。
病 院:「気晴らしになる本はありませんか」という患者さんは多い。

刑務所:シルヴィア・プラスの本は人気があったが、自殺を誘発させないかと不安だった。(アヴィ)
病 院:闘病記は総じて人気があるが、最後が死で終わるからと避ける人もいた。



アヴィが創作クラスで教えるとき教材に使ったイスラエルの詩人の詩

爆弾の直径
イェフダ・アミハイ

その爆弾の直径は三十センチ
有効範囲の直径は約七メートル
四人が死に、十一人が負傷した
痛みと時間の輪は
さらにその外側へと広がり
病院ふたつと墓地ひとつにおよんだ
しかし、爆弾で死んだ若い女性が
百キロ以上も離れた故郷の街に葬り去られたので
痛みの輪はさらに広がった
彼女の死を嘆き悲しむ孤独な男性は
遠い国の片隅にいたので
悲しみの輪は世界にまで広がった
さらに、泣きじゃくる孤児たちについては
何もいうまい
だがそのために
悲しみは神の御座にまでおよび
さらにその先へ、輪は際限もなく
神もなく、どこまでも広がっていくのだ

愛と勇気の刑務所図書館物語「ショーシャンクの空に」